VOL104 「トラップ!! 前編」
テレビ番組で無人島から知恵、
経験、体力、行動力のみで
脱出するのを観ると
感心してしまう。
あなたにはできますか?
お腹がすいてもその辺りに
マクドやコンビニが
あるわけではない。
食べるためには道具を作って
魚を釣ったり、突いたりして、
原始的な方法で火を起こして
焼いたり、果物を探したり
しなければいけない。
何よりもまずは飲める水の確保が
かなり難しいかもしれない。
そして雨、寒さを避けて眠れる
環境作り。
ここまでは基本で、海を何キロも
越えて陸地を目指すための
しっかりしたイカダやボートを
周りにある木などを使って
作りあげなければいけないし、
最後に実際にそれを漕いで
風や潮に逆らって何時間も
進んでいけるものなのか?
テレビの中の話だ、
と気楽に観ているだけだけど、
自分自身には「脱出」できる
能力が備わっているのだろうか?
芸能人ではないし、
イケメンでもない俺は
悩ましい(羨ましい?)
ハニートラップという罠に
かけられることはないけど、
自力では脱出困難、
あるいは絶対不可能な状況に陥る
罠にハマったことは何回もある。
「トラップ1」
4歳くらいの時に時々隣の
4、5階建ての家具センターに
勝手に入り込んで探検、散歩を
楽しんでいた。
騒ぐわけでなく、ただ広く、
ほとんどひとがいない店内で
好奇心に突き動かされて
いろんな大きな箪笥や三面鏡などを
眺めてウロウロするだけだから
お隣さんは優しい目で
許してくれていたのだろうか。
ある時、家具を運ぶための
エレベーター型リフトに気付いて
中に入ってみた。
ボタンを押しているうちに
リフトがゆっくり動きだした。
不安になったのかどうか、
扉を手で開けようとしたら
停止してしまった。
隙間から外を覗くとそこは
1階と2階の中間だった。
外には誰も歩いていない。
どうしたら出れるんやろ?
助けを求めて叫んだのか、
ただじっと座っていたのか
覚えていないけど、2、30分?
ほどして店のひとに救出された。
閉じ込められた!
本能がザワついた経験だった。
「トラップ2」
小1くらいの時にウチの裏の
いつも遊んでいる通りの端に
内径50センチ、長さ1.5mくらいの
コンクリート製の土管が
何本か立てかけられていた。
友達4、5人でいたうちの1人が
荒い網目のフェンスに掴まって
ふざけてなぜか片脚を折り曲げた
姿勢で土管の中へ脚から入った。
彼はフェンスにぶら下がったまま
腕の力だけでは上がれなくなり、
パニックになって泣き叫んだ。
慌ててすぐ前の家から
彼のお父さんを呼んでくる。
お父さんに両手首を掴まれて
土管からスッポリと引き上げられた
彼はみんなから見上げられて
泣き顔で恥ずかしそうな
表情をしていた。
あ〜あ、アホな子どもやなあ、
と思うでしょ?
ところがこの話は
これで終わりではないのです。
騒ぎに気付いてやってきた友達に
状況を伝えようとして、
俺はフェンスを掴んで片脚を曲げて
「こんな風に入ったんよ。」
と少しだけ脚を土管に入れる
マネをする。
するとやはり腕だけの力では
体重を支えきれずにズルズルと
体が下がっていって
「あ、ああ〜〜っ!」
と肩まで土管に入ってしまった。
え? ええっ???
あ、いや、そんなハズではっ!
今のはナシ! ナシっ!
片脚を曲げた姿勢で
全く身動きできない。
このまま力尽きて手を
離してしまったらどうなるの?
自力で動けない恐怖!
再びまさかの登場となった
お父さんにスッポおーん!と
土管から引き抜かれてアホな俺は
この日いろいろと学んだのだった。
「トラップ3」
20代の時によく兵庫県の竹野など
日本海に高校の同級生グループで
海水浴に行っていた。
大阪湾の二色浜や須磨といった
海の家や店が立ち並んでいて、
ひとでごった返していて
水も汚いのとは別世界だ。
外洋の水は感動するほどに
透明度が高く、水深10mほどの
底で海藻が揺らめく光景まで
くっきり見えた。
飽きることなくシュノーケリングを
楽しんでいると、遠くの方から
50センチ以上もある真っ白な魚が
こっちへゆっくり近づいてくるのが
リアルで不気味に感じられて
なんだか少し怖くなって
水中で慌てたりもした。
日によって波が高い時は
その圧倒的な物理エネルギーに
畏怖の念を抱いた。
やっぱり湾の中の海とは
全然違うものなんやなあ。
しかもひとが少なくてありがたい。
浜辺に立てられている看板に
離岸流についての注意書きが
イラスト入りで書かれていた。
浜の中央あたりに陸から沖へと
向かう潮流があるという。
みんなで岩場の水溜りでタコや
魚を見つけたりしたあと、
ひとりでゆっくり平泳ぎで
沖の方へと行ってみた。
途中で浜辺を振り返ってみると
すでにけっこう離れている。
あれ?
立ち泳ぎしていると沖の方へと
流されていることに気付いた。
忘れてたっ! これが離岸流か?
クロールで浜へ向かって1分ほど
泳いで顔を上げると
なんということだ。
全く進んでいないのだ。
ちょ、ちょっと待ってくれよっ。
まるで川のように後ろへと
潮が流れているのがわかった。
これで前へ進めるわけがない。
周りにはひとりもいない。
すでに浜辺のひと達が
小さく見えるほど沖まで来ていた。
いきなり脱出に向けての
タタカイのゴングが鳴らされた。
落ち着け! 大丈夫やっ!
看板のイラストを思い出すんや。
確か浜の中央部の離岸流は
大きく渦を巻いて浜の両端では
浜へと向かう流れになっていたぞ。
平泳ぎで浜と平行に進み始める。
かなりの距離を泳いで
やっと端の方まで近づいてきて
そこから浜へと向きを変えた。
しばらくすると急に流れに乗って
スピードが上がった。
まるでリバーブールだあ。
浅瀬に辿り着いて脚が届いた時は
心底ホッとした。
30分くらい漂っていたんやろか?
砂浜に上がると体がすごく重い。
さっきまでと変わらず親子連れや
若者グループが楽しんでいる
平和な風景を眺めながら、
まるで自分だけが別の空間から
送られてきたように感じていた。
砂の上を歩いて歩いて
ずいぶん久しぶりに同級生がいる
場所まで戻ってきた気がする。
「あれ? おまえ、
なんであっちから戻ってきたん?」
「はあしんどっ。
もお〜タイヘンやってんよ〜。」
ちょっとヤバかったなあ。
もし、離岸流についての看板に
気付いていなかったら?
俺が元スイミングクラブの
コーチでなくてあまり泳力、
体力がなかったら?
冷静さを無くしてパニックになる
性格だったら?
ー「トラップ!! 後編」に続くー