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マニアックなレオ  作者: レオ
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VOL10 「スズカ8耐スタッフの夏 後編」

ー前回からの続きー


2003年夏、スズカ8耐に初めて

スタッフとして参加した俺はいきなり

まさかの事態に追い込まれたのだ!

ピットインしてきたマシンの

ガソリンタンクの下の部品から

チョロチョロと火が出ている。

もし、引火したら、、、?

消火器など今まで一度も使った経験がない

俺が今、この瞬間、適切に対処しないと

タイヘンなことになってしまうかも

しれないのだ。

汗だくで耐火仕様のツナギ、グラブ、

目出し帽、ゴーグルで全身を防御

しているのはこのためだ。

「早く!!! 消火器!!!」

怒号が飛び交う中、メカニック達の

間を割って、出火している部分に

ホースを向けて右手の引き金を弾く。

シュバババーーっ!

俺の不安をよそにほんの1、2秒で

無事に火は消えた。

「よし! 消えたぞ!」

しかし。

コレってどうやって止めるのだ?

止め方までは教えてもらっていない。

「止めろお!」

ど、ど、どうやってえー!

ものすごい勢いでホースから薄いピンクの

消火の粉が出続ける。

誰かが叫んだ。

「上に向けろおーっ!」

ホースを上に向けたら止まる

仕組みになってるのか?

「こうかあーっ!」

夏空に向かってホースを向けるとパドックの

上の2階観覧席から何事かとこちらを

覗き込んでいた一般の観客が一斉にのけぞる。

「うわあーーっ!」

「きゃあーっ! 何コレえ!」

止まれへんやんか、、、。

誰かが走り寄ってきて俺の手から

消火器を奪い取る。

ついに止まった。

「これねえ。

出し切るまで止まらないんですわ。」

無理矢理止めるためにはホースを

折り曲げるしかないらしい。

ウチのパドックだけでなく、左右の隣の

スペースまで、そして2階観覧席までが

一面ピンクの世界と化していた。

喉を刺激して咳こむ。

うわあーたまらん。


大混乱の中、ピット作業開始。

メカニック2人が前後タイヤを

自家製作のガン型の

ハイパワーラチェットで数秒で外す。

ギュイイーン! ガチャガチャっ!

両脚の間から後ろへタイヤを

サッと転がすと、後ろで構えている

メカニックが受け取り、

代わりの新しいタイヤを差し出す。

スムーズに装着するための

これも自家製作の道具を使って完了。

前後のスタンドを外して、交代した

ライダーが跨がってマシンを支える。

給油係がロケットと呼ばれる道具を

抱えてタンクに特別に混合した燃料を

強制的に短時間で注入。

その間にカウリングのスクリーンの

虫の死骸や汚れは拭き取られる。

今ピットインしてきたライダーは

路面の状況やマシンの状態、

注意点を交代するライダーに伝える。

給油完了。

タンクにこぼれた燃料を拭き取り、

ピットアウト。

この一連の作業にどれくらい

時間がかかるのかは忘れたけど、

ライダーだけではなく、

ピットクルーも時間との戦いなのだ。

ライダーが1周につき1秒を削る

必死のライディングを続けても

ピット作業で時間がかかると

台無しになるから皆もう必死だ。


もうもうとピンクの煙に包まれて

皆でタオルで口を覆って

目をしかめて涙を流しながら

掃除器とホウキでパドックを清掃。

世界中でテレビ中継される8耐。

観客席まで巻き込んでピンクの空間に

染まったこの騒動はもしかしたら

注目されたかも?しれない。


次のピットインまでの50分ほどは

エアコンが効いたパドックの内側の

スペースで過ごす。

耐火ツナギの上半身を脱いで

ポカリスエットや缶コーヒーを飲む。

順位やコース映像が映し出される

モニターを見ながらヘルパーが

用意してくれた軽食をつまむ。

急に故障や転倒で突然ピットイン

してくることがあるから

トイレとか以外はあまり遠くまで

ウロウロ出かけられない。

それでも様子を見て特別なパスを

持っている特権で他のパドックなど

貴重な風景を観て廻る。

超有名ライダーも見かける。


7、8回参加させてもらったけど、

ある年はチームオーナー兼ライダーの

竹見と俺が座っている間に後ろから

突然ヒョコっとあの平忠彦が顔を

出してきて驚いた!!!

映画「汚れた英雄」の草刈正雄の

レースシーン代役やCM出演で話題

となった日本を代表するライダーの1人だ。

「竹見さん、隣のパドックなんで

よろしくお願いしますね。」

丁寧に頭を下げて名刺まで渡されて

竹見は恐縮しまくる。

握手をして、平が去ると

「た、た、平さんが

俺に挨拶しに来てくれたっ!

握手してくれたっ!」

とカンゲキに浸る。

コーフンして集まるスタッフ達に

「ええーいっ!

寄るな、この亡者どもがあ!

おまえらとは握手なんかせーへんわ!

ああー、今日は手洗われへんわー。」

竹見はこの平忠彦に憧れて

レースを始めたのだった。


暑い暑い夏のスズカ。

長い8時間のレースが終盤に近づき、

夕闇が迫ってくる。

何かトラブルがない限りもう

ピットインはない。

30人以上のチームスタッフは

コーフンしてパドックを飛び出し、

メインストレートの前まで行く。

ライト点灯したマシンが轟音を

響かせて300キロ近いスピードで

次々と数m先を吹っ飛んでゆく。

他のチームのスタッフも皆

それぞれ自分のチームシャツを

着ていてすごくカラフルな光景だ。

「あ! あれや!」

薄暗い中で自分のチームのマシンを

なんとか確認すると手を振って大声で叫ぶ。

そしてついにゴール!

スタッフが拍手と歓声で称える。

観客席では数万人の観客も

立ち上がって拍手している。

おおーーっ! 

背筋がゾクゾクするう!!!

無事完走してゆっくり一周流して

戻ってきたライダーが皆と次々と

手をタッチしながらマシンを

ゆっくり進めてゆく。

夜遅くまでのピット作業の練習、

大ケガから復帰してのライディング。

それぞれの想いを乗せたレース。


パドックではビールかけが始まる。

冷たいビールが背中に伝わると

痺れるほどのシゲキだ。

さらにエスカレートして

長あ〜いホースから様子を眺めにきた

観客にまで向かって放水して大騒ぎ!

全身ずぶ濡れ。

セクシーなハイレグコスチュームの

レースクイーン達にも容赦なく

背中からビールをブッかける。


弁当を食べる俺の目の前に

さっきまで走っていたマシンがある。

熱で溶けて変形しているタイヤに

触るとまだ熱い。

なんてリアルな8耐体験なんだ。

暑い、熱い、スズカの夏。


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