23話 「魔族(スペクター)の軍議 その1」
躍進を続ける魔王エリカ・・・
ギリメカラ族討伐は北の大陸に住む知恵有る魔物に対して絶大な影響力が有り、大まかに分けると臣従する種族と中立の立場になった種族の2通りに分かれ北の大陸に関しては敵対する種族は表面上では居なくなり当初の予定通りに作戦は進められている。
そして現在の魔王エリカの最優先目的が2つ。
一つ目は北極圏に住む引き篭もりのフェンリル王に種族の再度の統率、もしくは魔王バルドルに種族としてのフェンリル族の統率権を移譲する様に交渉する事。
フェンリル族はユグドラシルと同時にこの魔法世界に誕生した生え抜きの種族で影響力の低下は非常によろしく無いのだ。
言うなれば土地神的な存在なのだ。
これは早急に取り掛かる必要性が大で既にフェンリル王に会える様に他のフェンリル達と渡りを付けている最中だ。
手応え的には会っては貰えそうなのでフェンリル側の解答待ちの状態だ。
フェンリル族側全体でも現状にかなり危機感を持っているので自分達に友好的な魔王バルドル側を無下にはしていない。
場合によっては魔王バルドル傘下になる事もやぶさかでは無いとの事。
じゃあ魔王バルドルが直接交渉すれば良いじゃん?と言われるとフェンリル達も魔王バルドルの見解通りに、
「出来れば交渉は可愛い女の子で・・・」とフェンリル達も恐縮そうだった。
《え・・・エロ親父・・・もといエロフェンリル・・・》
どこか香ばしい匂いを放っているフェンリル王に貞操の危機を感じているエリカだった・・・
二つ目は北の大陸に住んでいる魔族の西の大陸への侵攻の妨害工作だ。
これは武力で攻め込んでスペクターを滅ぼせば勝ちとかの単純な話しでは無く世界同士の存亡に関わる問題でも有るので慎重に事を進めている。
何せスペクターの本国の人口は「15億人」居るとの事、スペクターの拠点に居る20万人を滅ぼした所で次のスペクターが来るだけだ。
その話しを聞いたエリカは戦略を大幅に変更して武力統一路線から融和戦略へと移行する。
具体的には「魔族のヴィグル帝国への侵攻は不当」との類いのプロパガンダ情報を世界各国に飛ばして魔族へのヘイトを集める。
意外とやる事が地味である。
それからスペクターの支配領域線ギリギリで魔王エリカ軍団による大規模演習を行っている。
当然、スペクターもこの演習の監視警戒に人手を取られて軍事行動抑制に効果的なのでしょっちゅうやっている。
これもまたやっている事が随分と地味である。
次はスペクターの軍事的な動きをグリフォンを始めとした空中戦力を使って監視してヴィグル帝国へとチクッている。
これもマジで地味なやがらせだが地味な分、確実な効果が出ている。
つまりエリカは冷戦期のアメリカとソ連のやった戦略をそのまま踏襲しているのだ。
《王様!セコいです!とっても、とぉーてもセコいです!》
エリカの一連の戦略変更はグリフォンロードのコンちゃんには不評の様子だ。
コンちゃんは「魔物らしく正面から殴り合え!と言っているのだ。
案外と好戦的なお子様グルフォンである。
《いい?コンちゃん、種族間、民族間の戦争は一度始めると終結させるのが大変です。
今一番大切なのは戦争を起こさない事、起こさせない事です。
地味な嫌がらせで相手の隙を狙うのが最善手です》
《うう?!でも敵を全部やっつければ戦いは終わります!》
《それは「絶滅戦争」と言われるモノで戦略的には下策も下策、自ら勝利を放棄をしたも同然の愚かな行為です》
《でも王様はギリメカラを滅ぼしました!》
《あれは確実に勝てる見込みが有ったし今後の戦略を有利に進める為の「生贄」です。
何よりも「世界的な犯罪者を処刑した」と言う意味合いの方が強いです。
結果として第3勢力の支持も受けれたでしょう?
そして生贄の効果が有るの最初だけ、これが2回目、3回目と続けば効果は薄くなって第3勢力から余計なヘイトを買うだけ結果になります。
魔族には何もせず何もさせずに御退場を願います》
《ぶうー・・・》
理路整然のエリカに反論出来なくなり不満そうに不貞腐れるコンちゃん。
エリカはこうして未来のグリフォンの王、コンに地球の近代戦略を教え込んでいる。
「いやはやエリカ様の話しは大変勉強になりますなぁ」
今や魔王エリカ軍の中核の存在となったミノタウルス王のミノタンも今までの魔物には無かった概念に感心している。
ちなみに今の魔王エリカ軍の構成は「軍閥編成」と言っても良く、各種族の王はそのまま変わらずに王として君臨している。
エリカはグリフォンの王として連合軍の代表を務めていると言った方が正解だ。
魔王エリカの呼称が形骸化するが、こうした形式の方が各種族の王の立場は常に保障されておりこれからも魔王エリカに中立姿勢の各種族が従い易くなるからだ。
それと最初から魔王エリカ軍団は目的達成と同時に解散する予定なので、
「主たる魔王エリカを失って勢力の全てが混乱する」などの事も無くなる。
現在の各種族の兵士達の主は今までと変わらず自分達の王だから、魔王エリカが居なくなってもただ昔に戻るだけなので。
完全なる統率は無理だが、この方が効率は良いとエリカは考えた結果だ。
実際に敵対して来ない中立姿勢の種族にちょっかいなど一切かけていない。
「私達の邪魔さえしなければ協力とかしなくでも良いし、これまで通りに好きにしてて良いよ~」とのスタンスだ。
この点は今回の戦争を「武力による魔物の統一戦争」と位置付けていた魔王バルドルの戦略に全力で反発した形となっている。
「作戦の展開が予定よりも遅れるが、お主がそう思うなら仕方あるまい」
と魔王バルドルも融和戦略を渋々承諾している。
雇われ魔王のエリカだが全てをバルドルの指示通りにしか動けないボンクラでは断じてない。
この融和戦略はスペクターの「武力ゴリ押し馬鹿」と思っていた魔王エリカへの対処方法に混乱を起こさせる結果となる。
スペクターの戦略としては現在中立化している勢力を魔王エリカにぶつけるつもりだったのだが融和戦略によってスペクターの調略が全然上手く行かないのだ。
その癖に魔王エリカ軍団による境界線のそばでの嫌がらせは収まる所か激しくなって来ているのだ。
「やる気ならいつでもお気軽に掛かって来いやぁああ!!」との融和戦略とはダブルスタンダードな武力馬鹿姿勢も隠していない。
これには指揮官達の頭痛も治らないだろう。
今日も魔族軍の総括軍議は紛糾している。
「では各軍団長よ・・・報告を聞こうか・・・」
魔族の支配者、「魔王ディアブラーダ」は、かなり疲れた様子で集まった3人の将軍に対して発言を促す。
魔王ディアブラーダの正体はアトランティス帝国、第3方面軍総司令官のエルネスト大将だ。
本国より「食糧調達」の命令を受け魔法世界へと異界門を抜けて派遣されている。
魔法世界に合わせた便宜上の通名で魔王ディアブラーダと名乗っている。
「魔王様・・・お疲れの様子ですね」
第6軍司令官のブレスト中将が気の毒そうに魔王を慰める。
「うむ・・・本国から変わらず「食糧を早く送れ」との催促が激しくてな・・・」
「奴等は現場の苦労を知りませんからね、あのボンクラ共は」
第2軍司令官のエル中将が忌々しそうに吐き捨てる。
「エル軍団長・・・言葉は慎まれた方がよろしいかと・・・」
「事実なので仕方ありますまい」
エル中将の暴言に第3軍司令官のロルヒロ中将がエル中将を嗜める。
魔法世界に現在まで派遣されている魔族軍は8軍編成、10万人規模と大規模な編成だ。
他の5人の軍団司令官は任務の為に世界各地に出払っていて軍議には3人しか参加出来ていない。
こちらも便宜上の通名で軍団司令官ではなく軍団長と名乗っている。
なぜ通名かと言うと彼等は表向きは「移民」として龍種と契約して魔法世界へ入植して北の大陸に居るからだ。
食糧調達の調達の為に異世界より派遣された軍団だと龍種に認識されると少々不味い。
無論、入植自体が食糧調達目的だと龍種には最初からバレバレなのだが体裁も必要な訳だ。
「魔法世界の魔族領の軍人」なので「異世界のアトランティス帝国の軍人」の呼称や実名を避けているのだ。
細かい事だが龍種の監視も有るから仕方ない。
以下、アトランティス帝国の名前は出ずにスペクターの魔王と軍団長として話しを進めます。
軍議の主題は勿論、魔王エリカへの対応だ。
「とにかく奴等の空中戦力の監視の目が鬱陶しいです。
あれだけ組織的に24時間体制で高高度から常に監視されるとどうにも・・・」
ちょっと軍を動かしただけで速攻で上空で数十体のグリフォンが上空旋回を始めるのだ。
明らかに地上から見える様に旋回するのが嫌らしい。
そして当然地上から攻撃範囲外で行動する。
この世界で「領空」との概念が無いのを最大限に利用しているエリカだった。