20話 「料理人エリカ」
魔王から保育園園児にジョブチェンジしたエリカちゃん。
今日も同じチューリップ組の先生と皆んなで狩りのお勉強中だ。
つーか物の例えで無くマジで、一からやり直しをやらされているエリカ。
《王様!下手っぴです!とっても、とおーても下手っぴです》
《ずびまぜん・・・シクシクシク》
ちょっとおっちょこちょいなエリカちゃんは、今日も失敗しちゃってお友達のコンちゃんに怒られてしまったのだ。
《旋回からの急降下の角度も悪いです!
それなのに途中で目標を変えるから余計に失敗するのです!》
《仰る通りでございます・・・》
なかなか難しい言葉を使う保育園児達である。
日課になった早朝狩りでエリカはグリフォンの女の子、「コン」に狩りの技量不足のダメ出しを食らっていた。
今までは食堂に行けば食事が出るのが当たり前の生活だったのが今は違う。
魔物にとって自分のご飯は自分で取るのが当然なのだ。
しかし狩りの経験などイリスの出会ってからほとんどやって来なかったエリカは、とにかく狩りが下手なのだ。
今も野生の鹿を見事に取り逃がしてしまっていた。
鷹の様に空から急降下して獲物を狩るのがグリフォンの狩りなのだが最後のシュバーン!の感覚が掴めない。
《何よりも王様はご飯を食べたいと言う執念が全然足りてません!》
《はい・・・その通りでございます~》
これも訓練の一環だと雇い主の魔王バルドルからエリカの早朝の狩りは義務化されており、指南役に選ばれたコンは出来の悪い生徒に苦労している。
《ふう・・・仕方ないです。今日もコンが狩った猪を王様にあげます。
その代わり王様は美味しく料理をして下さい》
コンの足には丸々太った見事な猪が鷲掴みにされて必死にもがいている。
《はい・・・精一杯勤めさせて頂きます》
「仕方ないですね」オーラを出しているがコンはエリカが作る料理が大好きなので内心凄くウキウキしている。
実はエリカは前世では料理を作るのが趣味でかなりの腕前を持っていたのである。
ネットで料理する様子を配信をして結構なフォロー数を持ち、山登り用の装備の資金を稼いでいたくらいなのだ。
そんなエリカだったのでイリスと野営すれば必ずイリスに料理のおねだりをされていた。
「私が作るモノと全然違う?!」無心でエリカの料理を貪り食うイリス。
イリスもそこそこの料理の腕を持っているがエリカの料理は一味違った。
「これって何が違うの?!」地球の料理はイリスにはカルチャーショックだった。
「そうだね~、こっちだと香草を使って肉に下味を付けるとかしないもんねぇ」
「素晴らしい・・・素晴らしい腕前ですエリカ料理長・・・」
「だから、私を変な感じに持ち上げるソレ止めてね?
まあ料理が得意なのは当たり前ね、それでお金稼いでいたから」
「やっぱりエリカ料理長じゃん」
こんな感じでイリスが食材調達→エリカが料理する、の流れが出来てエリカは益々狩りをしなくなって行ったのだ。
《ウインドカッター!》
「ピギー!!」猪の断末魔が森に響く。
長い間ラーデンブルグ軍で高級士官の生活を送っていたエリカは完全に野生味を失っている。
そんなエリカは血の滴る生肉を美味しいとは思えなくなっているので仕留めた猪を風を巻き上げて浮かしてウインドカッターでシュパパーンと綺麗なブロック肉に捌く。
捌いた肉も落とさず絶妙な風圧で空中に浮いてる。
《コンちゃんはレバー食べる?》
《食べます!大好物です!》
エリカはレバーやタンは苦手なグリフォンなので綺麗に切り取ったレバーをコンちゃんに「あーん」してあげる。
もっもっもっ、と美味しそうにレバーを頬張るコンちゃん。
骨や頭、食べられない臓器類は「せりゃ!」っと烈風砲で地面に穴を掘り埋めてパンパンする。
料理人エリカは美味しい所取りが上手いのだ。
そのままブロック肉を蔦を絡めて木の枝に連吊りして血抜きを行う。
その際にローレムを葉を一枚ずつ肉の間に挟む、これだけの作業を手を使わずに風魔法だけでやってしまう器用なエリカ。
《王様!王様!その葉っぱは、何で肉に挟むのですか?!》
好奇心旺盛なコンはエリカのやる事なす事に興味を示してくっ付いて来る。
《お肉を柔らかくする為と匂い消しね。
コンちゃんはお肉は柔らかくて良い匂いの方が良いでしょう?》
《はい!柔らかいお肉は大好物です!》
育ち盛りのコンはとても食いしん坊で何でも良く食べる。
グリフォンは雑食なので肉、魚、野菜、穀類、何でもござれなので料理人エリカも腕の振い甲斐があるのだ。
《私・・・このままグリフォン料理の料理人にジョブチェンジしようかしら・・・》
《王様は王様なのでダメです》
エリカのボケを問答無用でぶった斬るコンちゃん。
コンちゃんはとても頭が良く強い子供グリフォンなのだ。
身体も成獣のエリカより一回り大きく鉤爪も立派だ。
それもそのはずコンちゃんは「グリフォンロード」として生まれたのだ。
エリカには無いグリフォンロードの証の「金色のとさか」もしっかりと持っている。
エリカが神の特例措置で生まれたかなりイレギュラーな存在なだけで今代の真のグリフォンロードはコンちゃんなのだ。
いずれイリスの元に戻りグリフォン社会から居なくなるエリカはコンちゃんを自分の後継者に据えて色々な事を教えている。
《王様!王様!今日は何のお料理を作るのですか?》
《そうねえ・・・毎日焼肉では飽きるから・・・お肉は猪だし・・・定番の牡丹鍋かしら?》
《「ぼたんなべ」・・・それは何ですか?!》
早く教えて欲しいコンは翼をバッサバッサして催促をする。
《ふふふふ、お野菜と一緒煮込む料理よ》
《それは前に王様が作った「とんじる」とは違う物なのですか?》
《似てるけどちょっと違うわね》
エリカは空間魔法を使いイベントリー化された収納魔法からデケェ土鍋を取り出す。
龍騎士の面々がしょっちゅうエリカのモツ鍋料理を所望しまくって毎回500人分を作るのがメッチャ大変だったので「作って欲しかったら100人用のデケェ土鍋を作れ!」と冗談で言ったら本当に作ってしまった龍騎士隊の陶器職人達。
「マジか・・・」エリカは本当に冗談だったのに聞いただけで何でも作る魔法世界の陶器職人の技量に恐れ慄い。
最近は毎週土曜日は「鍋料理」の日に制定された龍騎士達の献立事情。
ちなみに金曜日は「カレーの日」だ・・・どこの海軍かな?
カレーの日の主食はお米かナンか自由に選べます。
順調に魔法世界の住人達の価値観を地球流に洗脳しているエリカだった。
エリカが空間を真空化してブロック肉の血抜きを早めていたら他のグリフォンの子供達がたくさんの焚き木を集めている。
《おなべ♪おなべ♪》《違うよ?とんじるだよ?》《王様!早く早く!》
グリフォン達への洗脳も順調そうで何よりです。
《はいはい、待っててね~》そう言ってエリカは白味噌、赤味噌を取り出す。
「何でこの世界に味噌があるねん?!」と言うとエルフ達が普通に保存食として作っていた。
味噌が有るなら大豆醤油、豆腐も普通に有って、挙げ句の果てには白米も流通していてエリカは別にホームシックとかにならずに済んだ。
「味噌がどこから伝わったか?・・・はて?どうだったじゃろうか?」
日本人の転生者がラーデンブルグに居る?と思ったエリカは師匠のクレアに味噌とかの出所を聞いて見たが残念ながらクレアも詳細は知らなかった。
どうやら50年ほど前には、保存食の味噌は既にあったらしい。
しかしエルフの味噌の使い方は大雑把でパンにダイレクトに塗るとかしていなかったのでエリカが正しい味噌の使い方を教えたら爆発的な勢いで国中に味噌汁や鍋料理が亜人達の間に広まった。
「・・・・・・鍋将軍エリカ」
「イリスはそう言う独特な単語をどこから仕入れて来るのかな?
ね?何か知らないイリス?」
やはり自分の他に日本からの転生者が国内に居るんじゃね?と疑っているエリカ。
「うーん?誰から聞いたんだっけ?」イリスも首を捻る。
ぶっちゃけると様々な日本食を南の大陸に広めていたのは、元東京在住の魔王バルドルなのだ。
そして真魔族の間では和風中華料理を広めている。
バルドルも食に関しては結構こだわるタイプなのだ。
《美味しい美味しい美味しい》
《王様!美味しいですぅ!ハフハフ》
《熱っ!熱っ!熱っ!》
出来上がった牡丹鍋を美味しそうに一生懸命に頬張るグリフォンの子供達を優しい瞳で見つめるエリカ・・・
《この子達の未来の為にも絶対に大戦は負けられないよねぇ》
こうして魔王エリカは熾烈さを増している世界大戦をその類稀なる戦略眼を持って本気で勝ちに行くのだった。