11話 「魔王エリカ降臨」
イリスは坑道を歩きながらイースターリリーから詳細な報告内容を聞くと、
「スケイヴンにゴーストスパイダーですって?!?!」
イリスは想像していたより遥かに強力な魔物の名前が出て来たので驚く。
「はい!スケイヴンに気を取られていた所を死角からゴーストスパイダーにスパッとやられたらしいです!」
お気楽キャッキャッウフフのデート予定から一変、表情が戦闘モードに変わるイリス。
スケイヴンは鼠の魔物、体長2mを超える大型かつ人型をしているが特異変質した魔物で知性は高いが人間に対して協調性は無く凶暴な魔物だ。
ゴーストスパイダーは保護色を使いつつ得物に近づき不意打ちで得物に襲い掛かり捕食を行う、こちらも大型(体長1m弱)の蜘蛛の魔物だ。
どちらも冒険者基準でAランクに属する危険な魔物だ。
「イースターリリー!サグファー!槍は使用せずに小回りの効く剣を装備!」
「「了解!」」
龍騎士特有の長槍はダンジョン戦では不利なので剣を装備する2人。
腰に装備している空間魔法を施してある収納鞄から剣を取り出して槍を収納する。
これは軍から支給されている標準装備品なので収納量は少ないが予備の武器を3つ収納して置けるのだ。
「隊長!参謀達の居場所は?」
「大丈夫!位置は掴んでいるわ」
戦いの前に魔力消費が激しい念話は使用しない方が良いとの判断で探索魔法を使いエリカの反応が有るポイントまで歩いて行く龍騎士の3人。
エリカもイリス達を探知したのか早い速度でこちらに接近して来る。
そして3分後にはエリカとの合流を無事に果たす。
「イリス?!どうしたの?!何か有ったのね?」
「先行していた探索班がAランクの魔物の襲撃を受けて1名が自力歩行不能の重傷よ!
毒を受けた可能性も有るから全員で待機して様子を見ている状況よ!
軍令部からも正式に救助命令が出ているわ!」
「もしかして負傷者はローラン?」エリカが不安そうに尋ねると、
「違います!負傷者は30代男性との事です!」イースターリリーが答える。
ローランは23歳との事なので負傷者では無い。
「そっか・・・」
「エリカ?大丈夫?戦える?」いつもと反応が違うエリカにイリスが敢えて詰問をする。
緊急事態なので不安要素は即座に排除する必要が有るからだ。
「え?うふふ、大丈夫よ?もしローランが負傷していたらと思うと・・・うふふ・・・ここを・・魔物諸共ここを全て破壊しそうだったから逆に安心しただけよ?うふふふ~、大丈夫よ~」
「ひゃああああ?!?!参謀?!漏れてます!魔力が漏れてますよーー!!」
いきなりエリカが高位魔物の魔力を垂れ流すのでビビるイースターリリー。
「うふふふ・・・Aランクの分際でSSランクの私の恋人を襲うなんてねぇ・・・」
あまりにもエリカが普段から人間っぽいので完全に忘れがちだがエリカは「SSランクの魔物、エクセル・グリフォン・ロード」だ。
魔物の絶対的な習性で弱い者が強い者に害を成したら上位の者は徹底的に相手を追い詰めて叩くのだ。
なので自分より高位の魔物が出現すると周辺に居る低位の魔物達が一斉に逃げ出してスタンピードが発生するのだね。
これは食物連鎖による自然の掟なので自分に害を成した見なしたスケイヴンとゴーストスパイダーに対してエリカも本能的に戦闘態勢になる。
「うふふふふ~・・・さぁ~てと、どうしてくれようかしらん?」
だんだんと人間らしさが失われて行き高位の魔物の思考に変わるエリカ。
「あ・・・襲って来た魔物達・・・終わったわコレ・・・」
イリスもその魔物の習性の事を思い出して遠い目になった。
「さすが参謀!やったりましょう!」
「おお!つーか俺達の膝元でよくもやってくれたな!許せねぇ!」
「そうですよ!私達の駐屯地の目の前で何をしてくれてるんですか!」
「うふふふ~、じゃあ行きましょうね~」
トリスタンとサグファーもイースターリリーも気合い充分だ。
完全に自分達の縄張りを荒らされた龍騎士達も猛獣達の群れと化している。
「ま・・・魔物たちの群れ・・・」イリスが引き攣りながら呟いた・・・
一方その頃。
Aランクの魔物から思わぬ襲撃を受けたトレジャーハンター達は負傷者と戦闘力の無い岩盤職人達を守る為に壁を背にして半方円陣を敷き動きが取れないでいた。
「す・・・すまねぇ、俺のせいだ」
やはり「毒」を貰っていた負傷者した戦士の男性、傷と毒は魔道士から応急処置を受けて生命には別状は無いが熱を出して苦しそうだ。
「しゃーねぇよ、アレは誰だって攻撃貰っちまうって」
正面の敵に集中していたら保護色を持っている別の敵に暗がりから太腿をスパーーーンだ。
一応坑道内は申し訳程度の魔石ランプで灯りが有るがとにかく薄暗い。
ドワーフ王国が存在していた頃は別の照明設備が有ったとの事。
しかしその設備も新居の方に移設してしまって現在残るのは非常灯らしい。
「それでも・・・いい加減慣れて来たぜ!!」ガギィーーン!!ヒュン!
戦士系のトレジャーハンターがゴーストスパイダーの攻撃を剣で受け止め反撃するが連中は一撃離脱を繰り返すので中々攻撃が当たらない。
「くそ!・・・それにアイツだよ!」
スケイヴンがトレジャーハンターの陣より300mほど離れた所に居てニヤニヤしながら様子を伺っている。
「多分アイツ、召喚士よ!アイスアロー!!」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ガギン!ギキィーン!!
魔道士の女性がスケイヴンを「氷矢」で攻撃するも射程ギリギリで狙いが甘くなって命中しない。
本当は獣系の魔物の弱点「火炎系」で攻撃したいが酸欠の恐れが有る坑道内では使えない。
「アイツがゴーストスパイダーを召喚したってか?同じAランクなのに?」
「多分・・・同盟契約よ」
「あっ・・・なるほど」
同盟契約・・・その名の通り「共同戦線を張りましょう」と言う契約だ。
高位の魔物同士がお互い協力し合って獲物を狩るのだ。
「じゃあ仲間割れは期待出来ない?」
「そう言う事ね」
「完全に救援待ちだなこりゃ、防御の密度を上げるぜ!「プロテクト!」
そう言って別の魔道士が救援隊に期待して物理障壁の強度を上げる。
冒険者と違いトレジャーハンターには慎重な人物が多い、なのでスケイヴンもゴーストスパイダーも中々防御陣を崩せず攻めあぐねている。
{ぎゃ!ぎゃ!ぎゃ!}するとスケイヴンが不気味な笑い声を上げる。
「オメーらは亀か何かか?情けねぇなぁ」と言いだけな腹が立つ笑いだ。
「アレは?」
「挑発よ、私達が怒って陣から飛び出すのを待っているの」
「へぇ~?魔物も考えてんなぁ!!」キィーーンン!!
冷静にゴーストスパイダーの攻撃を捌き続けるトレジャーハンター達。
スケイヴンの思惑に反して彼らは冒険者では無くトレジャーハンターだ。
今まで冒険者には通用していた挑発も慎重かつ思慮深い彼らには通用しない。
これくらい慎重でないとトレジャーハンターは絶対に務まらないのだ。
だって直ぐにダンジョンで迷子になって死んじゃうからね。
{ぎぃいいい}防御を崩さないトレジャーハンター達に対して悔しそうに唸るスケイヴン。
お互いに進退極まった膠着状況になっている。
そして更に30分睨み合いをしていると状況に変化が出る。
タシーン・・・・
タシーン・・・・
タシーン・・・・
坑道の奥の方からどこからとも無く・・・大型生物の足音が聞こえて来たのだ。
「まさか魔物の増援?勘弁してくれよ~」
「しっ!見て?何か様子がおかしいわ・・・」
魔道士の女性に言われて戦士の男性がゴーストスパイダーを見ると、保護色を解除してちょこまかと無秩序に動き回っているのだ。
「1,2,3,4・・・アイツら7匹も居たのかよ・・・」
「凄く・・・怯えている??」
「と・・・なると足音の主って・・・」
Aランクの魔物が酷く怯えている・・・それはつまり・・・・・・そう言う事だ。
トレジャーハンター達の背中に汗が流れ出した・・・
そして・・・奴が来た・・・
タシーン・・・
《・・・・わ・・・い・・・が~・・・》足音の主は何かを喋っている?
タシーン・・・
タシーン・・・
《わるい・・・いねが~》
徐々に何を言っているのかハッキリと聞こえて来る様になって来る。
タシーン・・・
タシーン・・・
《わるいごはいねが~・・・わるいごはどこさ~・・・・》
タシーン・・・タシーン・・・タシーン
右前方の坑道の奥の暗がりから不気味な声と足音が聞こえる・・・
「な・・・何だ?」
タシーン・・・タシーン・・・
「!!!!あっ・・・ごめん!これ俺の彼女の声だわ、あはははは」
自分の彼女の声を聞き間違える訳が無いローランがいきなり笑い出す。
「はあああああ?!?!」
彼女って何?!全然意味が分かんねぇよ!と混乱する他のトレジャーハンター達。
《わるいごはいねが~》タシーン・・・タシーン、だんだんと近づく足音・・・
そして暗がりから現れたのは龍騎士達を引き連れ、自分は元鹿児島県民なのに秋田県の「ナマハゲ」と化している「エクセル・グリフォン・ロード」のエリカだった・・・
怒りで身体から魔力が溢れて光を放ち緑色に光っているエリカ。
エリカに従っているイリスは無表情だ!
イリスの無表情がエリカの光で暗闇の中で照らし出されて・・・これがまたおっかねぇ!!
「ぐ・・・グリフォン・・・だと??」
「しかも・・・多分・・・ロードよ」
「ロードぉおおお?!ウッソだろう?最低でもSランク??」
「え?!あの時のグリフォン?いや違う個体かな??」
とんでもない大物出現に唖然とするエリカ初見のトレジャーハンター達。
エリカに存在感が有り過ぎて龍騎士達に目が行かない。
ちなみにあの時霊峰シルバニアに居たトレジャーハンターもここに居るのだが、あの時のエリカは怒っていなかったので威圧感が全然無かったのだ。
どちらかと言うと「なんか可愛いグリフォン」と思ったくらいだ。
しかし現れたグリフォンは全然違う。
正しくSSランクの魔物・・・有体に言えば「魔王降臨」なのだ。
冒険者ギルドにおいてエリカの扱いは「手出し厳禁の友好的な魔王」である。
{キュイ?!}エリカを見て不気味な容姿に似合わず可愛い声で鳴いたスケイヴン。
周囲のゴーストスパイダー達もカクカクと震え出している。
彼らは出現したグリフォンと自分達との圧倒的な力の差を本能で感じているのだ。
《ねえ君たち?君たちが襲っているのって私の仲間なのよ?分かっているの?》
そして圧倒的な強者感を放つ体長5mの立派なグリフォンから可愛い声が聞こえて来たのだった。