32話 「帰って来ました!ラーデンブルク」その7
ラーデンブルク公爵家の正門を通り過ぎる馬車。
公爵家とは言え国家の中枢になる建物なので堅牢な作りになっている。
コンクリート製の建物は大小20戸数ほどあり全て3階建てに統一され八角状に作られている。
外装は至ってシンプルなタイル張りでキラキラ物は一切付いていない。
「敵にここに居ますと宣言してどうするのじゃ?」
最初は豪華絢爛な外装にしようとしたがクレアが反対してこうなった。
その建物全てに二重の堀があり水路は全ての建物と繋がっている。
平面式の軍事要塞だな。
戦争時に公爵邸に攻め込まれると無数の水路が敵の進撃を阻止して状況次第で橋を降ろしたり上げたりして自軍部隊を敵の後方に送ったりするのだ。
そして似た様な作りの建物が多いので公爵邸の土地感が無いと、どれが本邸なのか全然分からない様になっている。
更に全ての建物が防衛軍の指揮所としての機能を有しており仮に現在の指揮所の建物が敵軍に包囲されて劣勢になる前に次々と別の建物に指揮所を移して敵戦力の分散も狙える様にもなっている。
初めて公爵邸に訪れた時に好奇心旺盛なイリスは1人で公爵邸内を探検しに行って案の定迷子になり迷子センターのお世話になったのだ。
「ホントいつ来ても解りずらいわー」
当時のクッソ恥ずかしい黒歴史を思い出して渋い顔のイリス。
「帰り道を教えてくれるだけで良いですからー!」
そんなイリスの悲痛な訴えも無視されて、「こっちですよお嬢ちゃん」と迷子センターのお兄さんに手を繋がれて帰還したのだ。
あの時の皆んなの微笑ましい笑顔は未だに忘れられない・・・
「イリス様・・・「解りずらいですわ」です」
淑女教育の手を緩める気は全く無いゴブリナさん。
「あっ、はい。そうですわね、すみません」
そんな事をしていたら馬車は、一つの建物の前に停車する。
どうやら最近はこの建物がクレアの所在地な様だ。
玄関先には懐かしの師匠クレアが10人ほどの側近を連れて出迎えてくれている。
イリスが馬車から降りて近づくと・・・
「うむ、良くぞ戻ったイリスよ。
ふふふふ、これはまた随分と美しくなったモノじゃ、妾も嬉しいぞ」
クレアは義理の娘の成長を素で喜んでいた。
「お久しぶりです師匠・・・お母様。
ただいまラーデンブルクへ帰還致しました」
今日から義理の親子関係になるので今後イリスはクレアを「お母様」と呼ぶ。
実の母親は「お母さん」と別に呼び方は変わらない。
「さてお主も色々と妾に質問があろうが今夜はお主の御披露目の舞踏会がある。
それまでに色々と準備せねばならぬ、疲れておろうがもう少し頑張ってくれ」
クレアが建物内に入るのでイリスもそれに続く。
《うへぇ》どうやらまたお色直しがある様子、また着せ替え人形である。
「もうこの格好で良いじゃないですか?」と言ったら怒られそうなので大人しくクレアについて行くイリス、沈黙は金である。
建物の内部は外観のシンプルさに比べてエルフらしい木調を重視した落ち着いた雰囲気の内装だった。
何よりも広い!おかしい!外観と内部が全然一致しないのだ。
なぜ建物内に林があるのだ?!
「ふふふふ・・・最近導入された「拡張空間魔法」の半永久型魔法陣による物じゃ」
そんなイリスの心境を察してクレアがカラクリを教えてくれる。
「ふわー???凄い、全然術式が解りません」
所々に魔法陣が描かれているのだがイリスには解析が出来ない。
「コイツは10人の魔道士で行う「集団魔法」じゃからな。魔道術式開発部門が頑張って作り上げおった。
妾にも少し解らない部分もあってのう・・・なかなか面白いじゃろ?」
「はい!これの動力って何ですか?」
好奇心旺盛のイリスは謎の魔法陣に興味津々だ、座り込んで見ている。
「動力は地下のマグマらしいのう・・・ホワイトの全面協力だそうだ。
面白い研究に最近は妾は除け者にされて寂しい・・・」
世界的な動乱のせいで国主のクレアは研究業務に全然参加出来ていない。
クレアはイリスの隣に座り子供の様に不貞腐れながら魔法陣を指で突いている。
「クレア様、イリス様、時間がありませんから・・・」
このままだと何時間でも座り込みそうな勢いの二人に苦笑いしながら準備を急ぐ様に催促する銀狼族の男性文官さん。
クレアの側近にも他種族も大分増えて来た。
そのせいで現在エルフ達が行っているクレアが主導していたはずの研究にもハブられてしまっている。
「のう・・・イリスよ。妾の代わりに女王をやらぬか?」
「それは無理ですねぇ」
クレアの嘆願を超アッサリと拒否するイリス。
「私が女王なんてやったら国滅ぶよ?!」と、マジで思った未来の女王イリス。
「はいはい、クレア様行きますよ?」
ゴブリナから背中を押されてイヤイヤと歩き出すクレア。
それからクレアの私室で舞踏会の準備をする。
浴場でイリスの髪をせっせと洗うクレア、いつもの事なので誰も何も言わない。
国主自らお姫様の髪を洗う事に新米の獣人メイドさんだけは驚いてる。
「イリスよ・・・枝毛があるぞ?それに魔力闘法で髪が少し燃えておる。
それに打撲痕なんて作りよって・・・ブツブツブツブツ」
「あう・・・すみません・・・」
クレアもハイエルフらしく「美」を追求している。
大人になりつつあるのにいつまで経っても身嗜みに無頓着なイリスに延々と説教をしている。
お風呂から上がるとゴブリナ得意のエステをされる。
うつ伏せになり全身マッサージを受けてイリスは、
「あー・・・」
「イリス様?」
「あっはい、すみません」
気持ち良くて親父見たいな声を出すイリスを叱るゴブリナ。
そして気持ち良いのは残念ながらここまで。
「ふぐええええええ」
「我慢して下さい!イリス様!次は右ですよ!抑えて下さい!」
「はい!」
「むうえええええ??」
イリスにとって恐怖の「コルセット」の装着である。
細身のイリスにはコルセット要らなくね?とも思うが容赦はされないのだ!
こんな感じで舞踏会の準備は進むのだった。