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楽園 空中庭園編  作者: 木野恵
異世界
13/20

季節とユグドラシル

 ジニアと旅に出る話をした日の夜は遠足前の気分でよく眠ることができなかったが、良い天候に恵まれたおかげか頭も体もすっきりしていてコンディションは抜群だった。

 明け方、ジニアは一人で女王様の元へ赴き、精霊を見せてもらう許可をとりつけてくれていた。

 そして約束通り出発前に領地を案内してくれるとのことで、どこから回るか、見て回るために使うエレベーターへ向かいながら話し合うことになった。

「空中庭園が木の上にあるのはご存知ですよね? 実はここが最上層で、下にあと四層ほどあります。名前がそれぞれの層についていて、最下層が『冬の層』そこから上に向かって順番に『秋の層』『春の層』そして『夏の層』ここだけ名前が特別で『天上の園』と呼ばれています。名前の通り、それぞれ季節にあった環境で植物が生活しています。ただ『天上の園』だけは特別でどの季節の植物も育つことができます。マナの恩恵でしょうか。まだ解明されていないんですよ」

 解明されていないという言葉が裕樹の好奇心を刺激した。

 知りたくてたまらない。

「季節が春から順番になっていないのは、日照時間と日当たりの影響で上から気温が高くなっているからです。『天上の園』は特殊で、その下が夏からになっているんですよ。なので次が春となっています。出発するために乗る予定の気球はここ『天上の園』で準備する予定ですよ。女王様が精霊を見せてくださるついでに、一緒にお見送りしてくれるそうです。精霊を連れて行くのに時間がかかるらしいので、その間を利用して周っていきましょう。どこから見ていきますか?」

 ううん、困ったぞ。全部見て回りたくてたまらない。

「全部見てから出発することってできますか?」

 自分の欲深さに恥じらいを感じ、顔を赤らめながらも聞いてみると、ジニアは優しく微笑みながらゆっくり首を縦に振ってくれた。

 それを見て思わず目を輝かせながらはしゃぎそうになる自分を制し、どこから見せてもらうかワクワクしながら歩みを進めていると、この世界の時間について何も知らないことに気が付いた。

 全部見て回れるということは一日の時間が長いということなのだろうか?

 とりあえず、上から下に向かった方がいいな。

 そのほうが、もし途中で時間がたりなくてもたくさん見て回れそうな気がする。

「上から順番に見て回らせていただいてもよろしいですか?」

 すると、やはりジニアは微笑みながら裕樹の意見を肯定し、提案したとおりに回ってくれるのだった。

 そう答えるのを知っていたかのようにも思えてきたが、恐ろしさはない。

 むしろ自分の存在を認められたような嬉しさがあった。

 ありのままの自分をさらけ出しても受け止めてくれるのではないかと思えるほどに。

 今思えば幼いころから否定され続けてきた気がする。

 何をするにもダメ、ダメ、ダメでいつも怒られていた。

 親からあれをするな、これをするな、友達はあの子と仲良くなれ、あの子はダメだ……たくさんある。

 こうやって肯定してもらえるだけで、自分が認められたような気持ちになれるなんて、今まで知りもしなかった。

 肯定されるか否定されるか、どちらか片方しか経験していなかったなら、知ることのできなかったことだろう。

 こうして肯定してもらうことがなければ、僕は一生この温かい気持ちを知らずに過ごしていたに違いない。

 しかし、なんでもかんでも肯定されたのなら、それはそれで不安を覚えそうだ。

 本当にそれでいいのかどうか、相手が無理してはいないかが気になるのはもちろん、自分の思い通りになることに慣れてしまうのではないかが不安で、恐ろしく感じた。

 このまま肯定してもらうのに慣れちゃいけないな。


 そんなことを思っていると、木肌の質感と色からユグドラシルの『枝』とわかるものが伸びている場所まで来ていた。

 最初に出てきたあの場所は恐らく『幹』だったのだ。太さも大きさもなにもかもが全く違っている。目の前にあるのは太めの木ほどの大きさだ。

「ここは下降専用のエレベーターです。上昇できるほど強く風が吹いているわけではないので、下降専用としてみんなが使っています。裕樹さんがこちらの世界にいらっしゃったとき、強い風が吹いてゆっくり降りれたと思いますが、そのときのように降りる予定です。上昇専用エレベーターの近くが気球で出発する予定の場所になっているので、ゆっくり見て回れる算段です」

 ジニアは説明をし終えると優しく微笑みかけてくれた。

 だめだ、慣れちゃいけない。

 そういう気持ちが少し距離を置かせようとする。

 今この居心地の良さに慣れてしまうことが正直に言うと怖かった。もう二度と孤独に耐えられなくなりそうで。

 そう思う半面、いっそのこと慣れてしまってもいいのではないかという思いがあるのも否定できなかった。

 もし自分のあり方を否定され、離れられてしまってもいつもと同じに戻るだけ。

 寂しさも悲しみもあるが、元に戻るだけなんだ。そんな気持ちが芽生え始めてきていた。

 振り切れたとでも言うべきなのだろうか。自分は誰にも受け入れられないと諦めがつくからだろうか。

 夢の中だから思い切って甘えちゃってもいいという思いがあるからなのだろうか。

 ジニアと出会ってから、少しずつ自分の中で何かが変わってきている気がする。

 始まりは真くんとの出会いだったのかもしれないけれど、少しずつ、少しずつ自分の気持ちに動きができ始めていた。

 今まで死んだように生きて、何もなかい空っぽの自分を動かしてくれたのはジニアと真の二人だ。

 いつものようにあれやこれや考えていると、ジニアはいつの間にか傘のような大きなものを取り出して、せっせせっせと組み立てていた。

「あっ。僕にもなにかできることはありますか」

 我に返った裕樹は慌ててジニアに問いかけたが、ジニアは笑顔で頭を振った。

「大丈夫ですよ、もう終わるので。ラフレシアの花に紐を通す簡単な作業です」

 ラフレシアといえば強烈な臭いがすると図鑑で読んだことがあったが、どうやらこの世界では違うらしい。教えてもらって直接見るまでラフレシアだと気づかなかったくらい臭いがしない。

「このラフレシアは臭いがしないんですね。確か腐卵臭がするとか図鑑で読んだことがあるのですが」

 ジニアは柔らかく微笑みながら肯定した。

「はい。本来のラフレシアは、受粉をハエに助けてもらっているので、ハエが寄りやすいような臭いを放っていますね。このラフレシアは少し特殊なんです。そちらの世界と違ってこっちにはマナがあるので、植物の特性を活かしつつ、我々が利用するのに都合よく進化させたんです。実はカグヤもそうなんですよ」

 説明しながら、ジニアはラフレシアの花弁にヒヤシンスの花を一つ飾りつけ、できた! と言いながら裕樹に一つ渡してくれるのだった。

「ヒモを持つだけでも、ラフレシアは浮くはずです。こんな風に……」

 ジニアがお手本として見せてくれたラフレシアの用途は不思議なものだった。

 ラフレシアの花がヘリウム入りの風船のようにふわふわ浮いているのだ。

 ジニアまで浮き上がったりしやしないかと様子を見ていたが、そんなことはなかったのでそっと胸を撫でおろす。

 何を思っていたのか察したようで、ジニアは一つ頷いて微笑んで見せると、その場で軽くジャンプした。

 すると、ジニアが飛び上がった高さからゆっくりゆっくり地面に舞い降りているではないか。

 目を丸くしつつも輝かせながら、このラフレシアは風船のような役割をしたパラシュートということを理解した。飛び降りるときが楽しみになってくる。

 手渡されたラフレシアには青色のヒヤシンス、ジニアが持っているものには黄色のヒヤシンスがついている。

「このラフレシアは微弱な風で浮くようになっています。これから使うエレベーターはそよ風の流れる空洞で、蓮のときのような板はありません。このラフレシアを使えばゆったり降りていけるようになるはずです。なくても急速に落下することはないと思うのですが、階層ごとに設けられている着地点へ安全に降りるために必要だと思ったので作りました。ヒヤシンスの花は言霊を込めてつけてあります。漢字で書くと、風信子、または飛信子って書くんですよ。日本での当て字なのですが、風を使った移動方法を取るときに僕たち花人は祈りを込めて飾り付ける習慣があるんです。一種のお守りのようなものなので、あまり気にしないでください」

 そう言いつつ、少し頬を赤くしながら、裕樹をちらりと見て照れくさそうにさらに続けた。

「馴々しいと思われるかも知れませんが、ヒロくんって、呼んでもいいですか」

 そういえば、二人でいることが多くてあまり会話に困らなかったが、名前で呼ばれることがほんの少ししかなかった。

 どう呼んでいいものか、悩んでいたのかもしれないし困っていたのかな。

 提案してもらうまで気が付かず、気が回っていなかったことを反省しつつも、本当はすごく嬉しくてたまらなかった。

 ジニアと出会ってから、嬉しい気持ちが溢れてくる。

 心が満たされ、笑顔になれるのがたまらなく嬉しい。

「もちろん! ものすごく嬉しい。僕からも、呼び方について提案してもいいですか。すごく普通なんですけどジニアくんって呼んでもいいですか」

 言ってから、顔が燃えているかのように熱くなるのを感じた。

 ジニアはというと、いつもよりも目を輝かせながら少し頬を赤らめている。

 なんだか嬉しそうというよりも、照れくさそうにしているので、恥ずかしさと後悔が薄らいでいくのがわかった。

「嬉しいなあ! でもね、ジニアでお願いしてもいいかな。僕、そうやって呼んでもらえたことが実はなくて」

 ジニアは嬉しいという気持ちを包み隠さず、その場でぴょんぴょんと跳ねて表現している。

 心から嬉しそうにしてくれているのを見ると、かえって照れてしまうのだった。

 こんなに喜んでもらえるのが嬉しくてたまらず、嬉しさを顔に思いっきりだして一緒に喜んだ。

「でも、なんだか呼び捨てって呼びづらいかもしれない」

 もじもじしながらそう言うと、ジニアは優しい笑顔をいっぱいに広げて許してくれた。

「しょうがないなあ」


 地面から伸びている枝の側面に扉があり、扉を開いて中を覗いてみる。

 奥深くまで続く空洞と、その壁からは亀裂が入っているのか柔らかな光が差し込んでいる。それとは別に、小さな光の粒があたりを漂っていた。

 ジニアの言っていたとおり、そよ風が吹き上がっているのを感じる。涼しく吹きあがる中に温かな風が混じっていてとても心地が良い。

 光っている粒は、カグヤとは違うなにかだとわかるほど小さかった。ほんの少しずつ動いているようで、それが風によるものか他のなにかか。

「ヒロくん、あの光っているものはなんだと思います?」

 少しウキウキしている様子でジニアが問いかけてきた。

「虫くらいの大きさに見えたからホタルかなって思ってたけど。この世界は少し不思議な植物が多いみたいだし、植物の種とか花粉だったりするのかな。他には思い浮かばないや」

 あれが何なのか気になり、正解を聞きたくてジニアの方を見るといつものような柔らかい笑みで受け止めてくれた。

「あれはおそらく妖精ですね。マナが濃いと言われている場所によく遊びにくるそうです。滅多に見られるわけじゃないので、今日見つけることができたのはとてもラッキーですよ! 薄緑色なので風の妖精だと思われます。シルフが実在する根拠となっているそうですよ。焦茶色が地の妖精、猩々緋色――赤色より穏やかな色が火の妖精、水縹色――水色よりも少しだけ薄い色が水の妖精、藤色が雷の妖精です。きっと、ヒロくんはマナに祝福されているんですよ。僕は初めて生で見ました」

 目をキラキラ輝かせながらそう言うジニアの言葉に、照れくささと複雑な気持ちを覚えながらも、素直に嬉しい気持ちになれた。

 こんな僕でも歓迎してくれているなんて。

 でも本当に歓迎してもらえているのだろうか。異物を排除する前のように僕のことを見定めに来たのではないか。

 ほんの少しでもポジティブに考えられたことに内心驚かされたが、ジニアのおかげに違いないという確信があった。

 こんなに優しく見守ってくれるだけでなく、ずっとそばにいてくれる人、いままでいなかった。

 ふいに真の顔が頭に浮かぶ。

 ここは夢だけど、現実でも真くんともっといられたなら、きっとこんな風になれる。

 いつものようにあれやこれや考えながら、それでいていつもと違って前向きになっていると、妖精のうちの一人がこちらに気づき、風に乗ってそばまで舞い上がってきた。

「はぁい。大きなお友達!」

 顔のそばまでよってきた妖精は眩しすぎず、優しく光っていたおかげで目が痛くなることなどひとつもなかった。

 それに、柔らかな挨拶が一気に打ち解けさせてくれて安心感をもたらしてくれた。

 遠くから見れば光の粒だった妖精は近くで見ると小さな女の子の姿をしていた。物語でみたような羽はなかったが、耳が少しとんがっていた。

「やあ、こんにちは」

 珍しく率先して挨拶を返すことができて嬉しかった。自分でも驚いてしまったくらいだ。



 裕樹と妖精がすぐに仲良くなる様子をじっと観察する。

 ユグドラシルの下で僕と会ってすぐのときはあんなに怯えていたのに、この違いはなんだろう?

 妖精にヤキモチをやきそうになりはしたが、裕樹が悩んだり躊躇していなさそうな様子がたまらなく嬉しくて素直に感謝した。

 それに、裕樹には内緒にしていたけれど妖精はこころの動きに敏感なのだ。

 妖精が自らこちらに来たあたり、裕樹はやはり純粋で繊細なんだな。

 いつも不安そうにしていたことから、やっぱりネガティブなことを考えていたのだろう。

 最近は少し前向きに考えているように思う節があった。

 様子を見ていて思ったが、本当に歓迎されているのか疑っていたけれど、声をかけてもらえたことで安心できて、素直に嬉しいという気持ちになれたのかな。

 裕樹には敵意がなく、むしろ仲良くなりたいけれど拒絶されるのが怖いと思って尻込みしているのを察して妖精が挨拶をしにきたといったところだろうか。

 裕樹を温かく見守りながら、妖精とのやりとりと裕樹の気持ちの変化を観察した。



「あたしたち、ここにくれば君に会えるって思って! 会えて良かったわ!」

 頬が赤く染まり、目が少し潤んでいくのを感じる。

 拒絶されなかっただけでなく、本当に歓迎されている以上に、会いに来てもらえたことが嬉しくてたまらなかった。

「すごく嬉しいな。僕、そんな風に言ってもらえたの初めてなんだ。どうして僕に会いに?」

 そう言うと妖精はほっぺにキスをし、ウィンクをしてくれた。

 嬉しさを通り越し、照れすぎて顔が真っ赤になってくる。

 そうすると妖精がクスクスと笑い、頭をなでてくれるのだから余計に照れてしまう。顔が熱くてたまらない。

 二人のやり取りを見てか、他に浮遊していた光がこちらに集まってきた。

 妖精はそれぞれ違う顔立ちと見た目――女の子の姿の他に男の子の姿、大人っぽい姿――をしており、話しかけてくれる内容にも個性があった。

 人とは能力も種族も特徴も違うけれど、心があるのも個性があるのも同じだった。

 夢の中かもしれないけれど、どんな見た目でも、どんな種族でも心や気持ちの動きはみんなあるもので、見た目で判断してはならないんだという考えが芽生え始めた。

 それはきっと名前も一緒だったんだ。

 笑われて酷く傷ついたんだろうな。でもだからってあそこまでしなくても……。

 少し悲しい気持ちに戻りかけていると、妖精たちとジニアがこのエレベーターを降りようと提案し始めた。

「ヒロくん。妖精たちと夏の層へそろそろ飛び降りましょう」

「飛び降りたらあたしも一緒にユグドラシルを見て回りたいわ! あなたたちの行く先に私のマナを運ぶべき場所がある気がするの」

「わたしは途中まで一緒にいくね。本当はずっといたいんだけど、約束があるからずっとはいられないの」

「ボクはこのエレベーターまでかな」

 妖精の中で一緒についてくるのは最初に寄ってきてくれた一人だけのようだ。

 どうやら、他の妖精は目的地とは別の場所へマナを運んで回っているらしい。

 今日会いにきていたのは、マナをユグドラシルの近辺に運んできたついでに『祝福』をしたかったかららしい。

 妖精たちから『マナの祝福』という名目で頬にたくさんキスをしてもらい、出迎えと見送りをしてもらえたのが照れくさかったけれどとてつもなく嬉しかった。

 頬を真っ赤に染めて照れながら妖精たちにお礼をいい、木の中をジニアたちと飛び降り、夏の層へ行ける場所に無事着地することができた。

 着地するまで風の妖精たちが周りを舞い、あたりを照らしながら風を起こして誘導してくれたおかげで不安なことなど一つもなかった。

 むしろ十分すぎるくらい安心していられる空中浮遊を楽しむことができた。

 夏の層への入り口は、外から光が差し込み緑の草が生い茂っているのがみえる場所に木の足場があったのでとてもわかりやすかった。

 三人は降り立ち、送ってくれた妖精たちにお礼をいって別れたあと夏の層へ踏み込んだ。

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