歌。あと、僕の始まり。
全ては彼女の歌から始まった。
彼女と知り合ったのはバイト先。僕がいる飲食店に客としてやってきたからだ。非常に美味しそうに食べ物を頬張り、よく食べる。不意に目が合うと明るく微笑む彼女。そんな彼女に僕は気がつけば魅了されていた。すると体が勝手に動き出し、彼女に声をかけ連絡先を交換していた。どうやら同じ大学の同級生らしい。
バイトが終わり、家に帰ると一件の通知が入っていた。彼女からだ。すかさず僕は返信をした。会話の中で彼女は音楽をやっており、いくつか歌を書いているから聞いてほしいと言ってきた。「いいよ。」と一つ返事で彼女の歌を聞くことにした。
全ては彼女の歌から始まった。
お世辞にも才能があるとは思えない歌詞。僕が魅了された彼女の人間性とは乖離した暗い歌詞。そんな歌が何曲か続いた。しかし、そこには彼女の全てが詰まっていた。なぜなのか全くを持ってわからない。たかが大学生。にもかかわらず、そこにはリアルが存在しており、彼女の魂の歌であった。
満足気に歌い終えた彼女は僕に歌手を目指しているということを伝えた。それを聞いた僕は申し訳なさを感じながらも、本当に歌を仕事にする気なのかと尋ねてしまった。彼女は怒った。彼女にとってその発言は今まで周りの脇役達に言われ続けた禁句だったからである。その瞬間、僕は脇役になってしまった。怒った彼女は僕に本気であることを伝えた。だからその発言だけはしないでほしいと。歌には彼女の今までが込められていると。なるほど、なら納得がいく。なぜ彼女の歌には彼女の全てが詰まっていふと感じさせられたのかを。
その瞬間、僕にある衝動が芽生えた。この衝動は芽生えさせてはいけないはずのものである。歳をとり、現実と向き合うことで押し殺してきてしまった自分の創作意欲、フラストレーションである。
「あぁ、ペンを握りたい。」
小説を書きたかった僕はこの衝動に身を任せペンを握ってみた。無我夢中に文脈なんぞ気にせずおもむろに物語を作る。今までの僕は死んでいた。ようやく生きることができる。そう錯覚させられた。今までの人生から一転。自分の見ていた世界が文字で構築され出した。なんて心地よいのだろうか。こうやって彼女は歌に全てをこめていたのだろう。彼女の歌が1人の殺していた衝動を生き返らせた。ここから僕が始まるのだろう。
全ては彼女の歌から始まった。