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なんか一人だけ世界観が違う  作者: 志生野柱
魔術学院編入
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 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』

 シナリオ3 『魔術学院編入』


 推奨技能は【魔術理論】と【現代魔術】、交渉系技能です。

 注意:【現代魔術】が実戦レベルでない場合、戦闘技能もしくは領域外魔術の習得が推奨されます。

 故郷の森で起きた騒動から2週間後。

 フィリップは魔術学院の寮へ入るまで丁稚を続ける代わり、宿泊費を無料にして貰った王都のタベールナへ戻っていた。


 既にナイ神父の魔術講義は中断されており、やたらと早起きする必要は無い。普通に起きて、普通に丁稚の仕事をして、普通に寝る。邪神の影も無く、神話生物のかたちも……いや、窓の外には触手で編まれた醜穢なカラスがいるが、あれは無害なので善し。普段なら拗ねてあっちから絡んでくるマザーも、どこか機嫌良さそうにしているので善し。ともかく、邪神に絡む必要のない素晴らしい生活だ。


 しかも、今日から三年間、それが続くのだ!


 魔術学院は、基本的に家族等の関係者の立ち入りも制限される。何かのトラブルがあった時などは流石に例外だが、ただ様子を見に来ました、なんて理由では門扉を潜れないだろう。監視の目は実質ゼロ。フィリップに無害で、世界に無害で、人に無害で、そしてフィリップに重圧を感じさせないヨグ=ソトースの監視など無いも同然!


 「早く来ないかな、迎えの人」


 フィリップが王都に戻ってすぐに届いた学院からの手紙には、10日後──配送時間を考えるに、今日か明日のどちらかに迎えが来るはずだ。

 必要なものは全てナイ神父がいつの間にか揃えておいてくれたし、何ならトランクに詰めてくれている。何も心配することは無い。


 新しい環境への恐れなど微塵も無く。友達出来るかな、という年相応の不安も無く。勉強が出来なかろうが、落ちこぼれと笑われようが構うものか。フィリップが赤点を取ったら人が死ぬのか? 発狂でもするのか? フィリップが落ちこぼれたら世界が滅ぶのか? 否、否だ! その気楽な世界の何と素晴らしいことか!


 年頃の少年らしく「学校」に夢を見れば良いモノを、フィリップはただ邪神のいない地への逃避だけを考え、その時を今か今かと待っていた。


 「…………」


 部屋で一人、今日来るのかも怪しい誰かを待っていると、嫌なことが頭に浮かぶ。

 人間を──人類をゴミ以下の認識しかしていない邪神たちは、別にいなくなるわけではないということ。むしろ目が届かない分、制止もできないのが怖い。まぁ制止したところで聞き入れてくれるかは非常に微妙だが。


 いや、フィリップが絡まない限り、人類を含めた大概に価値を感じない邪神たちだ。早々トラブルを引き起こしたりはすまい。よしんば何かしら問題があっても、狡猾さにおいて並ぶ者無きナイアーラトテップと、全にして一なるヨグ=ソトースがいる。何とかなるだろう。


 一つの懸念が払拭されると、次の懸念が浮かぶ。

 あの二人……何かの間違いで魔術学院に来たりしないだろうか。ここ最近やたらと機嫌のいいマザーはともかく、普段から何をしているか分からないナイ神父は、しれっと「今日からこのクラスの担任になりました、ナイ教授です」とか言いつつ教室に入ってくるような、嫌なビジョンが見える。


 なんせナイアーラトテップ、千なる無貌だ。「魔術学院ですか? 古巣ですよ」とか言われてもおかしくない。

 そんなことになったら……いや、そこまで悲観するようなことか? 確かにいない方が嬉しいが、どうせ逃げ切れないのは分かっていることだ。いるかもしれないな、くらいの心構えはしておかないと、あのナイ神父のことだ。フィリップが希望を持っているという理由だけで絶望を持ってくるかもしれない。いや、来る。


 「気付いてよかった……」


 他人の悪意に確信が持てるというのも嬉しくない話だが、これで一つの悲劇が防げたと拳を握る。


 フィリップがこれ以上悪い想像をするのを止めようとしたわけではないだろうが、そのタイミングで扉がノックされる。


 「フィリップ、迎えの人が来たわよ」

 「今行く。ありがとう、モニカ」


 呼びに来ただけではないのか、扉を開けるとモニカが待っていた。

 その顔には何故か楽しそうな表情が浮かんでいる。いつか見たような愉悦の表情を、何処で見たのかと想起する。


 「すっごい美人さんだったわよ。なんか親しげだったけど、どんな関係なの?」

 「魔術学院の先生じゃないの? 知り合いはいないけど……」


 まぁフレンドリーな人なら、フィリップが多少を物を知らなくても──或いは知り過ぎていても、即座にどうこうしようとはならないだろう。そんな打算込みの安心感を抱いて、迎えの待っているという応接室へ入る。


 どんな人なのだろうかという疑問には、モニカの言った「すごい美人」という言葉によって微かな期待も混じっている。

 フィリップは男性であればナイ神父、女性であればマザーという人外の美を日常的に見ているだけあって、人間レベルの美形には動じない疑惑がある。人間の枠で言えば間違いなく最高峰の美しさを持つルキアに初めて会ったときにすら、魅了ではなく安堵の溜息を吐いたくらいだ。


 だが、マザーを目にしているという意味ではモニカも同じだ。同性ということもあってフィリップよりも女性の美しさに敏感なはずのモニカが、それでもマザーと比することなく「美人だ」と言うのだから、相当なものだろう。


 果たして──


 「え? マザー……?」と。フィリップはいつかと同じ勘違いをした。




 ◇




 「改めて、お久しぶりです。サークリス様」


 応接室のソファに浅く掛け、居住まいを正したフィリップが頭を下げる。

 対面に座ったのは、故郷の森で知り合った少女、ルキアだ。


 「えぇ、久し振り。会いたかったわ、フィリップ」


 怜悧な相貌には親しげな微笑が浮かんでおり、出会った頃の警戒は一片も見られない。長い銀髪は変わらず艶やかで、アルビノの赤い瞳は確かな信頼の籠った光を湛えている。

 だが、その起伏に富んだ肢体を包む着衣は、以前の魔術学院の制服では無かった。まさか私服なのか、どこかの誰かを否応なく彷彿とさせる、黒いゴシック調のワンピースを着ている。


 アルビノの白い肌とのコントラストと、ルキア自身の纏う優雅な雰囲気との調和。彼女に最も相応しい装いを挙げるとすれば、そのワンピースは正解だと言える。非常によく似合っているのだが──銀髪に黒ゴス。フィリップの触れてほしくない部分、主に人間関係的な意味でのそこを的確に抉るようなコーディネートだった。喪服じゃないだけマシと取ればいいのだろうか。


 「何か御用ですか? 今日は少し予定がありまして……」


 なるべく首から下を目に入れないように意識しつつ、努めて冷静に問い掛ける。

 ルキアはいたずらっぽく微笑むと、ポケットから一通の封筒を取り出した。


 「魔術学院からお迎えに来ました。貴方のお時間を、私に頂けますか?」


 面食らったフィリップに親愛の籠った笑顔を向け、封筒を差し出す。受け取ったフィリップが封を切ると、中には一通の書類──職員が行うはずだった編入生向けオリエンテーションをルキアに一任する旨が書かれた委任状が入っていた。


 もう一度ルキアを見つめ、首を傾げる。


 フィリップの記憶が正しければ、彼女はまだ一年生、学校側が何かを任せるような学年ではない。それに、確か公爵家次女とかいう大きな肩書を持っていたはずだ。雑用を任せていいのだろうか。


 怪訝そうな表情から内心の疑問を読み取ったのか、ルキアは「貴方が来るって聞いて、立候補したの」とウインクする。

 確かに、フィリップより一足遅くヴィーラムの町を出ることになったルキアには別れ際、魔術学院に行くことを伝えた。だが、まさか学院に通う前に再会するとは。


 「それは……ありがとうございます。やっぱり知り合いの方が気楽ですから」


 制服なら……いや、黒ゴスでさえなければ、もはや言うことは無かったのだが。


 「奉公先というのは、ここの事よね? お別れと挨拶は済ませた?」

 「はい。昨日のうちに」


 フィリップに頷きを返し、立ち上がったルキアに続く。


 「じゃあ、荷物を持って。出発するわよ」

 「了解です」


 あらかじめ業者用の搬入口に置いてあったトランクを取りに行くと、ちょうど副料理長と料理人見習いの青年が作業をしていた。

 彼らはフィリップに気付くと、時間を確認するように窓の外を見る。


 「迎えが来たとは聞いたけど、もう行くのかい?」

 「はい。オリエンテーションとか、色々とあるみたいで」


 金曜日の昼下がり。宿の仕事は一段落する頃だろうが、月曜日から授業の始まるフィリップには、オリエンテーション以外にも魔術適性検査が予定されている。

 そう長々と時間を取るものではないらしいが、あまり遅くなるのもよろしくないだろう。


 「そうか。元気でな! 夏休みには戻って来いよ!」


 副料理長にばんばんと背中を叩かれ、「戻って来い」という言葉に深く感謝する。

 短い間だったし、然して有能な人材だったわけでもないが、それでもフィリップを高く買ってくれる──こうして声を掛けてくれることの有難みを、「普通」に飢え始めたフィリップはよく理解していた。


 「はい、必ず」


 サムズアップして返し、ハイタッチを交わす。


 玄関先で待っていたルキアに合流すると、その後ろには豪華な造りの馬車が停まっていた。


 しっかりした造りと精緻な細工はまるで貴族の使う馬車だが、フィリップでも知っている魔術学院の校章が刻まれており、ルキアの私物──公爵家の所有物ではないと分かる。それを牽引する二頭の馬もまた、軍馬のように大きく強靭そうな種類だ。

 国内最高の教育機関というだけあって、予算は潤沢らしい。編入生とはいえ平民一人の迎えにこんな高い馬車を使うとは。


 「すごい……」


 その馬車の使用許可が下りた主な要因である公爵家の次女は、目を輝かせるフィリップに嬉しそうな笑顔を浮かべた。



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