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 フィリップの挙げた200人という数字は、199人の枢機卿と1人の教皇を足し合わせた数だ。


 ところで、一般に『彼が教皇だ』とされている人物が、実は教皇ではないかもしれないというのは周知の事実だ。

 これも暗殺対策の一環なのだろうが、本物の教皇はただの枢機卿のふりをして199人の中に潜み、枢機卿の一人が教皇の影武者をしているのだという。なお、教皇が“本物”である可能性もあるが、投票式で決定される教皇とは違い影武者役はサイコロで決めるため、その確率は200分の1、0.5パーセントとなる。


 教皇が単なるシンボルではなく、儀式の実行役などの実務面で役割を持っているからこその対策だろう。


 暫定カルトのフィクサーを殺すために200人の枢機卿を皆殺しにすると、どこかで教皇まで殺してしまうことになる。

 そうなると、教皇庁のみならず一神教全体が大荒れするのは想像に難くない。その後に訪れるのは、派閥争いによる大量のセクト派生とカルトの活発化。フィリップにとっては望ましからぬ展開だった。


 珍しく自分の思考だけでそれに思い至ったフィリップは、


 「いえ、駄目ですね」


 と自分の提案を取り下げた。


 理由は他にもある。


 今までだって、カルトを殺すという理由でも、善良な他人を巻き込むことは避けてきた。ここでそれを捨てるのは将来の大破滅に繋がる。

 この思想の終着点は、「カルトを生じる可能性のある世界は滅ぼすべき」だ。人類がどうの、地球がどうの、宇宙がどうのではなく、三次元世界そのものの否定。外神たちのいる上位次元への逃避──フィリップ自身の外神化。フィリップの人類レベルでしかない脳が導き出すことのできる、最悪の結末。


 これは、これだけは避けるべきだ。


 カルトは殺す。なるべく惨たらしく。

 だが、そこに他人が巻き込まれるのは極力避けるべきだ。少なくとも何も知らない人々を纏めて吹き飛ばすのではなく、警告くらいはすべきだろう。


 特に、相手はカルトと確定したわけではない現状では。

 相手はカルト()()()だけだ。それでも殺すには十分だが、本物のカルトに対するほどの激情はない。


 「一先ず、犯人捜し……いや、その前に、この毒ワインが他にも無いか確かめるべきですね。明日は一日自由行動ですし、教皇庁のワインセラーにでも行ってみます。二人は──」

 「一緒に行くわ」

 「あぁ。またさっきのウェイトレスみたいな……邪神の奴隷が現れても、カーター一人では対処できないだろう? それに、捜索なら私たちの目や感知力は使えるぞ?」


 二人は宿で待っててください、と言われると思ったのだろう、二人が異口同音に同行を申し出る。フィリップは「二人はどうしますか?」と聞こうとしていたので、図らずも意を汲んだ答えのような形だった。


 「了解です。例のワインの原産元の邪神は……あー、なるべく見て欲しくないんですけど、最悪の場合はルキアの『明けの明星』が十分に通じる相手です。発狂のリスクも物理的な強さも……殿下はご存知の以前のアレより低いですね」


 以前のあれとは、フィリップが召喚したハスターではなく、ナイアーラトテップのテストで敵役として配置されていたクトゥルフの兵、ゾス星系よりのものの兵士個体のことだ。

 ルキアにもなにか安心させるようなことを言ってあげたいが、彼女の知る邪神はシュブ=ニグラスのみ。あれと比べて弱いなんて、何の安心材料にもならない。


 「教皇庁にはマイ──レイアール卿の伝手で入れると思いますけど、もしかして二人は顔パスだったりしますか?」


 サムズアップなどする頼もしい二人に、フィリップは一手間省けたぞとニヤリと笑う。

 

 「あとは、そうですね……ワインを焼くことになっても殿下が、ワインセラーが暗くてもルキアが居るので……何か要るものありますか? あ! これ持って行って犯人に飲ませましょう! 無限に殺せますよ!」

 「お前はカルト相手だと人が変わったように残酷になるな……」


 まだ瓶に半分以上残っているサイメイギの隷属ワインを取り上げ、「くっさ!」とけらけら笑うフィリップに、ステラは苦い笑いを浮かべる。

 フィリップの反応とステラの言葉で二人の認識を確認して、ルキアは軽く首を傾げた。


 「カルト? 枢機卿が犯人なのでしょう? カルトというより、その邪神を利用しているだけじゃないの?」

 「唯一神を信仰している奴が、私達を狙うか? ……いや、カーターを狙ったという線は捨てきれないが」


 ナイ神父の意図が介在しないのであれば、ワインの──悪意の宛先がフィリップであったとしても、何ら不思議はない。既に幾度も「聖下のお傍にこんな奴が」みたいな言説に晒されているのだし。

 教皇領に来てからだって、嫉妬の籠った視線を受けたことは何度もある。このお祭りムードと先日の牛追い祭りでの活躍もあって、実害に発展する気配は全くと言っていいほど無かったが。


 真面目な顔になった二人に、フィリップは何の話だろうとワインに栓をして真面目な顔を作る。が、その悲しげな視線は戦闘のどさくさで倒れたキッチンワゴンからこぼれた、スープとパンに向けられていた。床面は『煉獄』の万物を燃やす概念の炎に巻かれておらず、零れたスープをパンが吸ってふやけていた。


 「──いや、しかし、カーターがこういう反応をするからには、何かカルトだと仮定する根拠があるんじゃないか?」

 「……そうなの、フィリップ?」


 お腹減ったなぁ、とぼんやり考えていたフィリップは、名前を呼ばれて視線を上げる。

 「なんですか?」と問い返すと、話を聞いていなかったのかと呆れた視線を頂いた。


 「そもそも敵はカルトなのか? それとも、単に邪神の力を使っている一神教徒か?」

 「さぁ? その辺りも含めて明日調べるつもりですけど……そもそもその二つって何が違うんですか?」

 「え? いや、信仰の所在が違うだろう? 邪神を信仰しているのがカルト……だと思っていたんだが。お前は“カルト”をどう定義しているんだ?」


 ステラの問いに、沈黙が返される。


 沈黙。

 黙考──ではない。


 それは驚愕から来る思考停止、衝撃のあまり空白化した意識の発露だった。


 言われて初めて、フィリップは自分の中に“これがカルトだ”という確固たる基準が無いことに気が付いた。


 「……フィリップ?」

 「どうした? そんなに悩むようなことか?」


 ルキアとステラの困惑の声が、耳の上を滑っていく。


 カルトとは何か。

 一神教の定義に則るのなら、“正統派および公認分派以外を信仰する者”だ。


 だが、フィリップにとって信仰の所在は然したる問題ではない。

 「一神教徒ではないから殺そう」なんて思ったことは一度も無いし、それだとシュブ=ニグラスを信仰するルキアも、無信仰のステラも対象になる。フィリップ自身もだ。


 では“邪神の力を利用している者”という定義はというと、これも違う。

 これもフィリップ自身が含まれるし、その所業が人類社会を汚染しないのなら、そしてフィリップとその近辺に害が及ばないのなら好きにすればいいと思っている。


 “群れた邪神信仰者”? “犯罪行為を行う宗教集団”? “宗教的理由によって他者を害する者”?

 どれも正しそうではあるが、そのどれにもピンと来ない。


 おそらく、フィリップは明確な基準を以てカルトを認定していない。これまでも、今この時も。


 だから、強いて言うのなら、


 「僕がカルトだと思ったら、でしょうか」


 それが答えだ。


 自分の価値判断が全て。

 自分が嫌いなら悪であり、滅ぼすべき対象になる。


 何とも傲慢で、自己中心的な思考だ。同じロジックで動く人間が居たら、フィリップは指を差して嘲笑うだろう。非人間的だ、と。


 いや、そもそもこんなものは論理(ロジック)ではない。ただの感情だ。

 事実、フィリップがカルトを狩るのは感情のため、徹頭徹尾、自己満足だ。誰かのためなどと嘯くつもりは毛頭ない。


 フィリップが後生大事に抱いている人間性の残滓──それが未だ完全であった最後の瞬間まで抱いていた、甚大な恐怖心。そして砕け散ったあと、最初に抱いた膨大な憎悪。

 一年を超えてなお持続する、根深い感情。フィリップの行動原理は、それだけだ。勿論、ルキアやステラを害するというのならそれも殺す理由の一つになるが、根幹にあるのはエゴだった。


 それを悪であると断じることは簡単だ。

 だが、無意味だ。邪神の所業の善悪を問うなど、不毛極まる。


 人が蟻を踏み潰したことに気付かず歩き去るように、人を殺したことに気付かず、ただ在るもの。それが邪神の、フィリップに与えられた外神の視座が囁く、超越存在の在り方だ。

 「敵だから」「嫌いだから」なんて理由付けをしている分、まだマシというか、人間寄りの在り方だといえる。


 「危険な考え方だな」

 「そうかもですね」


 ステラの危惧に返された適当な肯定の裏には、何も無い。

 フィリップは本心からその通りだと思っていたし、その通りであるという認識以上の、何か特別な意識は無かった。それは悪だという意識も、非人間的ではないかという懸念も、その思想が孕む危うさへの危惧も、何も無い。ただ、1+1の計算結果が2であることを告げられたような、無感動の同意だけだ。


 「少なくとも今回の相手は“カルトっぽい”ですからね。どうせなら200人全員が──いえ、この薄汚れた町全体が、カルトに染まっていてくれると楽でいいんですけど」


 一人は殺せる。五人は厳しい。そして街一つは余裕という、相変わらず火力調節の利かない爆弾の身としては、敵は中途半端より膨大である方がいい。その方が、何も気にせずぶっ放すだけで済む。


 「小を兼ねない大は大変ね?」

 「全くです。ルキアが羨ましいですよ」


 けらけらと笑うフィリップに、ルキアも薄く笑顔を浮かべる。

 自分の都合で人を殺すことに一切の抵抗が無い傲慢二人組に、呆れ笑いを浮かべたステラが小さく溜息を吐く。


 「いや、敵は少ない方がいいぞ? カーターだって、カルトが居ないに越したことはないだろう?」


 フィリップはまたけらけらと笑って「そうですね」と肯定する。

 そして、にっこりと、楽しい未来を夢想するような笑顔を浮かべた。


 「じゃあ、ゼロにしましょう。この町からカルトを絶滅させます。……手伝って下さい」


 何人いるのかもわからない、その正体も狙いも分からない状態で吐くには、大言とも言える言葉だが──覆すことはない。

 ナイ神父風に言うのなら、これは、フィリップの意志に基づく決定事項だった。









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