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なんか一人だけ世界観が違う  作者: 志生野柱
軍学校交流戦
134/264

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 グループ戦終了から十数分後。

 息を整えた魔術学院生たちは、軍学校生より一足早く砦を立つ手筈のため、ぞろぞろと移動していた。軍学校生はこれから砦の清掃作業らしく、うんざりした様子のウォードたちとは既に挨拶を済ませてある。


 正門の外には未だ十数台の馬車が残っており、王都方面には車列がずらりと伸びていた。


 「お疲れ様、フィリップ。動けるようになってきたわね」

 「えへへ、そうですか? ……あ、そうだ、さっきの幻影? は何だったんですか? 釣り餌?」

 「──失礼いたします、両聖下。少し、お時間を頂けますか」


 グループ戦も終えてあとは帰るだけ、荷物も既に積み終えたし、じゃあ馬車に乗って昼寝でもしようか。

 フィリップたちが纏っていたそんな弛緩した空気、帰宅ムードは、背後からかけられた余人に緊張を強いるような「圧」のある声にも揺るがなかった。


 「マクスウェルか。どうした?」


 三人の中で最も身分が低いのはフィリップだが、一般の平民と侯爵家の跡取り、しかも近衛騎士団長の息子では差があり過ぎて対応し辛い。フィリップが身に付けた作法は、あくまで地方貴族を前に失礼なくベテラン従業員を呼ぶためのものだ。


 アルバートと家格が近しいのはルキアだが、基本的に他人に対する興味の薄い彼女はコミュニケーション能力に多少の問題がある。話す価値の無い相手だと思った相手には、それこそ一片の興味も向けないという問題が。

 それに、彼女は血統的身分を超越した聖痕者だ。その地位は、国王クラスの権力者にすら頭を垂れさせる。


 呼び止められるでも何でも、一番対応すべきではないのはステラだ。彼女は王国の中で国王、王妃に次いで高い地位を持つ。本来なら直接会話できるのは宰相など一部の高位貴族だけであり、余人は家臣を間に置いて言葉を上奏することしか許されない。


 ただ、ここにいるのは“魔術学院生”のステラだ。

 “王国第一王女”の地位、“次期女王”の責務、“聖痕者”の特権。その全てが、彼女が“魔術学院生”であるうちは効力を失う。それが魔術学院の基本理念だ。


 誰に声を掛けても、誰が声を掛けてもいい。少なくともルールの上では。

 ルールを用いて国民を支配する、ルールを作り使う側の人間である彼女は、それをよく理解していた。

 

 だから、三人の中で最も対応しやすい彼女が返答する。

 ステラから見て、フィリップとルキアはどちらも対人能力に不安があった。


 「はい。まずは今回の交流戦に参加して頂いたことについて、お礼を申し上げたく存じます。この度は私どもの催しに参加して頂き、ありがとうございました」

 「……あぁ。私としても収穫のあるイベントだったよ」

 「恐悦至極に存じます、聖下。それで、その……」


 アルバートがちらりと投げた視線の先は、会話の邪魔にならないよう黙って姿勢を正していたフィリップだった。

 彼の意図を汲んだステラは軽く首を傾げ、しかし何も言わずにルキアを伴って少し離れた。


 「ありがとうございます、聖下。……お久しぶりです、カーターさん」

 「あ、はい、お久しぶりです……。えっと、僕、何かしましたか?」


 具体的に何かをした自覚は無いものの、基本的な視座がズレていることは分かっているフィリップは、説教か弾劾かと身構える。


 「いえ、カーターさん。私はむしろ、貴方に謝罪するためにここにいます。より正確には、平民用宿舎に宿泊された皆さんに」

 「え? あー……確かに、かなり汚かったですね」

 「はい。教師陣と業者が清掃したと聞いていたのですが、まさか棟の半分にしか手を付けていなかったとは」


 怒りと不甲斐なさを滲ませる表情を、頭を下げて隠すアルバート。

 その所作には彼が言う一般的な礼儀以上のものは無く、フィリップの──勘違いされた──立場や、背後にいるルキアやステラに配慮した訳では無さそうだ。言葉通り、フィリップ以外の生徒にもこうして謝っているのだろうか。


 「我々にとっても青天の霹靂だった、という言葉が免罪符にならないことは分かっています。しかし事実として、軍学校側に隔意が無かったことは理解して頂きたい」

 「あ、はい、それは勿論」


 ウォードもマリーもソフィーも、みんないい人たちだ。

 フィリップのことを子供だと軽んじることなく、しかし子供だからと案じてくれた。ウォードなんて、初めは剣術を教えることも渋ったくらいだ。しかもフィリップにそうと気付かれないように。

 

 残念ながら、その三人くらいとしかお近づきにはなれなかったけれど。

 何ならまともに会話したのだって、その三人とアルバートくらいだ。


 「そういえば、先日はありがとうございました。あの後、ちゃんとウォードと合流出来ました」

 「良かったです。彼は強かったでしょう」


 ウォードをよく知っているような口ぶりのアルバートに、フィリップは軽く首を傾げつつも頷く。彼の動きは洗練されていたし、教え方は独特だが身に付きやすい。いい剣士、いい先生だった。


 マリーやソフィーも含めた軍学校生の反応的には、もっと「知られざる達人」みたいな感じなのかと思っていたけれど、意外と知られているのだろうか。


 「ウォードのこと、ご存知なんですね。あ、じゃあ師匠について教えてくれませんか?」

 「あぁ、いえ。身のこなしや立ち振る舞いから推察しただけですので。彼個人と親交はありません。彼の師についても、申し訳ありませんが」


 そうでしたかと、フィリップは残念そうに頷く。

 まぁこれは単なる好奇心で、それ以上──師事しようとか、そういう意図は無かったから、別に構わない。


 「では、私は他の生徒に謝罪してきますので、失礼いたします」

 「あ、はい。さようなら」


 握手を交わすと、アルバートは足早に立ち去る。向かう先は、また別の魔術学院生だ。


 フィリップも馬車の傍で待つルキアとステラの下へ戻ろうと踵を返す。

 ちゃり、と、マリーがご丁寧にも腰に佩く用のベルトと一緒にくれたウルミが音を立て、フィリップに小さな気紛れを起こさせた。


 「マクスウェル様!」


 呼び止める声に振り向いたアルバートに気を遣わせないよう、なるべく端的になるよう言葉を探る。

 一瞬の思考の後、フィリップはそこそこ最適な言葉を導き出した。


 「有意義な一週間でした!」


 フィリップはぺこりと頭を下げ、今度こそ馬車に乗り込む。

 

 アルバートは少しだけ瞠目すると、微かな笑みを浮かべた。

 何も言わず、ただ整った所作の一礼をフィリップの背に向ける。数秒して顔を上げた時には、真面目で厳格な軍学校首席の表情に戻っていた。


 フィリップたちは帰路につき、アルバートは仕事に戻る。

 同じ王都にありながら、こんなイベントでも無ければ会うことも珍しい二つの学校の生徒たち。彼らの交流は、斯くして平和裏に終わる。


 リップサービスを抜きにしても有意義な、収穫の多い一週間だった。

 フィリップは馬車の揺れに眠気を催しながら、腰に吊ったウルミを撫でる。その心中に渦巻く興奮は、まさに真新しい玩具を手に入れた子供のそれだった。





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