第三節:事変発生当日
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封鎖区域周辺は既に人がいない、
などということはなく普通に生活者するものが多い。
それどころか封鎖区域内部にも人は残っている。
あくまでも議会が認定した封鎖の完了であって、
そこに生活する者には関係ないということだろう。
ただし、彼らの目は明らかに暗い。
異界化が進行し魔窟・魔宮と呼ばれる状態になれば彼らは即死する。
それでも封鎖区域を離れないのは、行き場がないが為。
都市外郭の開発地区の一つであるが故か下層民が多いのだ。
前衛に隊長と俺、中衛がカイレキとマイレイア、後衛にケス。
他の隊員は別の進入路を設定されている。
普段ならば十五分も歩けば中央広場に着くであろう距離を、
倍以上の時間をかけて進む。
大通りということは周囲は開けっ広げで、
いきなり攻撃、包囲される可能性も高い。
よくもまあこんな危険なルートに放り込んでくれたものだ。
まあそれだけ期待されてるのだろう。
大通りの石畳をそろりそろりと進む。
封鎖区域内では例え無辜の民であっても、
許可なくいるものに対しては殺傷が許可されている。
何故なら中に人がいるということは、
中に“逃げ込む”ような奴らがいる可能性もあるということ。
犯罪者ならばまだまだ可愛いもので、
もし外からの獣や“魔物”が入り込んでいたら……。
無論そんな奴らはここを封鎖している正規兵に、
“血祭り”にあげられるのだけれども。
隊長、マイレイア、ケスはそれぞれに“感応波”を展開している。
元の世界の言葉で言えば、
『レーダー』
とかそういう言葉が当てはまるだろうか?
感応するのは行き場なく隠れ住んでいるだけの住人が、
そそくさと離れていく気配のみ。
感応波を使わない俺でも近寄るものはいないと言える程に静かだ。
商店に人がいない、
労働者の声が聞こえない、
子供たちの笑い声・泣き声が響いていない。
ただそれだけの場所に思える。
本当に異界化なんてしているのか?
違う。
静かすぎる。
住人の逃げ去る音と俺たちの足音を除いたとしても、
鳥の声はおろか風の音さえも聞こえない。
おかしい。
侵入に関しては全部隊“直線”で行え、
という命令が下されているはずだ。
つまり、大通りで経路でまだ障害物にぶつかっていない俺たちの隊、
それ以外の隊は、建物を打ち抜く音を立てていなければならない。
俺が気づいたことなど皆当に気づいているようで、進むにつれ、
時間が経つにつれ緊張感の度合いが異様に高まる。
だが静寂と平穏は変わらない。
ようやく広場にある会館に着く。
直線で向かう以上、この会館はぶち壊す。
隊長が促すと、俺は拳に力を込めた。
構えなんて我流で、ただ拳を後ろに引くだけ。
それは構えはそもそもどうでもいいから。
魔力と物理的“力”が背から腕に、
腕から拳に奔り、
拳が到達するのは、空。
だが拳の先から発生した破壊的な衝撃が一瞬で建物をぶち抜く。
存分に力を籠める時間さえあればこんなの朝飯前ってやつだな。
その一瞬の気の緩み、
ちょっとしたことを完遂したという気の緩みが判断を遅らせた。
音がしない。
放たれた魔力衝撃波は建物だけでなく、
空間を裂き目の前に見えるのは深淵。
直前まで一切感知していなかったようで、
マイレイアもケスも反応が一瞬遅れる。
最も深淵に近い俺がいとも容易く引き込まれる。
その瞬間、隊長は俺の防具を引っ掴み後方にぶん投げる。
俺の代わりに隊長が吸い込まれる。
ああ…ああああああああああ!!!
だが後悔もまた油断と同義。
俺たちがいた広場そのものが『ガラス』が砕けて落ちるかのように、深淵へと飲み込まれていった。
そして、 暗転。
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第七月 一日
商都市アレイン 外郭南西部第七区画 異界化事変。
完全なる異界化、魔窟化・魔宮化を確認。
範囲は隣接地区にも及ぶ。
議会は事態を重く見、周辺都市へ最上級封印師の出動協力を要請。
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