第一節:事変前後
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全身が痛い。
何がどうしてこうなった。
目を覚ましたはずなのに見えるものは何もない。
目が潰れたのかと一瞬恐怖する。
非常用に光源の魔法を覚えさせられていなければ、
人生がリアルに詰んでいたところだ。
明りに照らされたのは瓦礫の山とボロボロの身体。
こりゃ人生で二番目の厄日か…。
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第六月 二十二日
商都市アレイン 東区 安下宿 未明
男が井戸から水を汲んでいる。
井戸から桶へ、桶から台車の上の甕へ、
と幾度となく繰り返される単純作業の静かな音が暁の静寂の中響く。
男は汗一つかくことが無い。
ふと何かに気づいたかのように辺りを見渡す男。
視線を止めた先にはいつのまにか別の、
身なりを整えた男が静かに立っている。
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「おはよう……仕事か」
こちらから挨拶をしても表情は変わらず。
張り付いた、無表情のような微笑。
仕事の時は、毎度早朝の水汲みが終わったところ丁度に宿に現れる影。
せめて朝飯位食わせてくれと思うんだが、“この世界”はそんなに悠長ではないから仕方がない。
「ああ、と言っても集合を伝えに来ただけだがな。
第二刻、北区の大酒場で。」
軽口を叩くような口調だが今日はいつもより緊張感のある面持ちだ。
表情は全く変わらないが。
「……うん?
それだけのことの為に随分と早起きだな、他にも何かあるのか?」
疑問を投げかけられても相変わらず表情は変わらない。
「今回は複数組での合同作戦だそうだ。
ま、伝える奴が多くて俺には急ぎなんだよ。―――もう行くわ」
多少急ぎの要件程度ならば雑談を“仕掛けて”くるのだけれど、
今日は本当に急ぎのようだ。
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男は甕を載せた台車を引き自らの寝床を置く下宿へと向かう。
空は明るさを増しているが未だ明けない。
家々で朝の支度の音が聞こえるようになってきたところで、
男は歩みを止める。
下宿に着いたようだ。
木の骨組みに土壁、屋根は瓦のようなものが載っている。
この世界では一般的なつくりだ。
少なくとも下層民の家としては。
下宿の台車置き場に甕の載った台車を固定し、裏口から下宿に入る。
安い作りの木の床がギシギシと鳴る。
男の足音に関係なく他の住人も起き始めている。
足をかけた階段は床よりも大きな音を響かせている。
登り切った先の床は一階の床よりも大きな音を立てている。
そうして男は自室に入る。
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炊事
洗濯
荷物の整理
武具だの何だのの整備、そして装着
宿への支払い 等々
宿に物を置きっぱなしで安心出来るわけでもないから、
預り所にも寄らなければ。
そんなこんなで酒場についたのは第二刻ギリギリ。
とは言えいつも集まりは悪いので気にはしていない。
何せ今日も間に合わせたのは俺以外3~4人。
皆、朝呼びに来た男と俺の律義さを見習ってほしい。
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瓦礫に潰されなかっただけマシではあるが、折れてるか、腕。
魔法で回復力を増進しても治らないレベルのケガとなると……。
……この状況下では命取りになる。
焦っても仕方がないが、これは大いにマズい。
敵感知にばかり魔力を割いてもいられないし…。
瓦礫を使って固定具を……。
…
…
…
よし、出来た。
使えるものが他にないかと色々と漁ってみるか。
…
うん…まあ…瓦礫ですよね。
ふぅ……とりあえず他に生き残りがいないかを探そう。
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