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第十六節:異形の正気

---



国の“目と手”は孤児は丁寧に扱う。


当然だ。

“印”なし、親の庇護なしで生き残った子供。

そんな優秀な素材(・・・・・)を潰してしまっては元も子もない。


当然、子供にとっては死んだ方がマシな状況であっても。





「これが針だ。」

顔の見えない教官が子供たちに話しかける。

異様に通る声。



「そして、針に糸を通す。ただそれだけだ。

 あとは糸をまとめればいい。」

異様に通る声。

そして、子供たちの身体に切り傷が付く。

浅くはない。血が噴き出す。

だが、子供たちは表情を変えない。声も挙げない。



「針を増やせば増やす程、つまり通す糸を増やせば増やす程、

 切り分けに使える“力”は高まる。」

異様に通る声。


「そして針と糸の数が増えた分、切り分ける数は増える。」

異様に通る声。


本来ならば、人印を持つだけの者では使えない技術。

情報を開示…教授する意味はない。



「これは“うち”がことを(さい)する時、使う。」

異様に通る声。



複数の処置役が入ってくる。



「“埋め込み”の際にこれ“で”行う。


 身をもって覚えろ。」


異様に通る声。





悲鳴。



悲鳴。




悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。


悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。


悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。


悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。


悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。




悲鳴――――――。



-


土埃は未だ晴れない。

あれだけの質量が崩れ落ちれば当然か。



勝利。




本当に?


上級正規兵(あれだけのかいぶつ)を従えていたにしては容易過ぎる。

気は抜けない。


後始末が必要な可能性が高い。



物理的に分けられた肉塊の量を考えると未だ感応波は使用不可。

この期間(とき)が一番長く、一番危ない。



晴れ始めた土埃に影。




…………。



無傷。




見える異形の裸体はあいも変わらずヘラヘラとしている。

自分の表情が凍り付くのが分かる。



「お前が肉塊になって、未だ回復しようとしている、

 それならば納得も出来るさ。」

考えが実際の言葉となって口から出ていく。


「だが、無傷だと? お前は……お前は――。」



      “何”だ?




驚愕のついでに“女”の後ろに見える別の影。


屍動者。


大量の。




無尽蔵。

嫌な言葉が脳裏を()ぎる。

ああいう戦いは二度も三度もやりたくはない。

アイツではないが“頭がうずく”。



「お、おともだちになれる」


まともな言葉。文章。

この時点でか。

凄まじく危険なにおいだ。



「あのこ とはなれるとおもったのに」

あの子……?

誰に向けての言葉か分からない。



……こちらからも仕掛けるべきか。


「お友達ですか。いいですね。

 私もなりたいものです。


 屍という形でなければですが。」

さあ、どうでる?



「あ、あ、あなたはかぞく きょうだい ううん

 こいびと? ふうふ? うんめいのひと?」

嬉しくない告白だ。



「だから全部あげる(・・・) 知識も、技も、身体も。」

鮮明な、今までになく鮮明な発声、発音。


「皮膚も、肉も、血も、骨も、髄も。」


…これは恋愛感情とかそういう類の感覚なのか、

それとも全くの狂気か。

俺には関係ないが、こいつを攻略する糸口になるか――?


既に背後にも感じる屍動者の気配。



「だから」



「だからぜんぶぜんぶちょうだい

 ぜんぶ以上をちょうだい」



「からだも、こころも、たましいも、かこも、未来も、存在自体(・・・・)も」



女のふわりとした動き。

主観時間が圧縮されていることに気づく。



「うふふ」



これは!  マズい!!



異形の女が飛び掛かってきている。

あのデカ物の攻撃並みの速度で。


右斜め上に跳躍。

女は俺の後ろに迫っていた屍に抱き着く形になる。


そして――。



爆発。



力による破裂ではない。

明らかに魔道による爆発、爆裂。


周囲の屍にも威力が伝う。




粉々――半径は……三体分か。




ゆらりと跳躍先を見据える女。


―この感覚、防御は不可だな―


一瞬にも満たない時間の冷静な判断。


空当ての足場を蹴って更に左上に跳躍。

だが、女も同じ軌道で右上、左上と追ってくる。

俺よりも初動が遅いにも関わらず、後一瞬で追いつかれるだろう。



―アイツと同等ということか!―




ほぼ背を向けている俺には敵に向く時間もない。



だが――この距離、この構図が重要でね。


口角が上がるのが分かる。

既に左手の小指が、右の腰にある魔法銃の引き金に。



巨大な衝撃音。


“貫衝弾”

あの正規兵(バケモノ)を粉々に撃ち砕いた魔力弾。



無論、これで仕留められるとは思っていない。

ちらりと見た真後ろの穴の開いた肉塊は、もう再生を始めている。



しかし、俺の方向に伝わる衝撃波が距離を取ってくれる(・・・・・・・・・)



重要なのは距離。

俺にとっても、こいつにとっても。


自分が吹き飛ぶための衝撃は頗る痛いが。




そのまま落ちる異形の肉と、

二丁の魔法銃で加速と方向転換しながら降りる俺。



既に女の形に回復、再生し終えているのか。


化け物め。



だが既に第一の目的は果たした。



さあ、


ここからは、




「うふふ」




追いかけっこだ!



-



男は突如、女とは逆方向の屍動者に向かって走り出す。

攻撃性を増した屍どもは、男に齧りつこうと、

男を引き裂こうと、男を押し潰そうと、群がっていく。



反面異形の女の周りには屍動者がいない。

と言うよりも、異形をわざと退()けているようだ。



如何に量が多く犇めいていても、その脆さは大して変わらない。

先ほどの巨大な魔物との戦闘で男は確認している


その他にも、

異形の女との機と間合いを測っている時、

異形の女の周囲は常に一定の“空いた”空間がある。

異形の女が飛び掛かってきた時、

異形の女の本来の動きは巨大な魔物の攻撃並みの速さ。


この三つの事実が男を屍の中に身を投じさせた。



男は最小限の屍動者を破壊し、屍動者の中に潜り込んでいく。

異形の女の速さが如何にあれど、屍動者が退くのは比較的遅い。



最終的には屍動者など気にせず異形の女は突っ込んでくるだろうが、

それは既に想定済みということか。


銃の破裂音と、屍動者がなぎ倒される音。

それが複数回。



ふと、破裂音が止む。

屍の足音と、女の素足がペタペタと歩く音。



男の気配が消える。

その姿も。



だが、異形の女は感応波を放たない。




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