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第十一節:決着は絢爛に騒々しく 生者の笑いは女々しく

---


「そう、基礎技術だ。」


力印を目指す、と丈一が決めたその日から男は、

“力印以上を持っていなければ使えもしない技術”

を知識として教えるようになった。


前もって知っておけば印取得の為の試練界に於いても役立つ。

これはこの世界ではある種の常識でもあった。

何故ならば

「基本的に、

 印の試練界に於いては得る印と同じ力が行使できる。

 それを保持したまま外に生きて出られるかどうか、

 それが全てだ。」からだ。


実技が出来ないものを今教えられても、

と訝しむ丈一だが、男曰く、

「これは人印の身体強化と同じで感覚的に使える技術だ。

 知っているといないとでは本当に生還率が違う。

 まあモノは試しだ、その棒で殴りかかってくると良い。」


木剣と言うにはあまりにお粗末なそれは、

木剣と言うにはあまりに重い。

人印を手に入れ、さらに印の力(・・・)を鍛えた丈一には、

枯れ枝と同じくらいにしか感じないのだが。


所謂正眼に構える丈一。

とは言え元の世界の剣道なんてモノを知っているわけではなく、

ただ何となくそういう“感じ”で構える。


間。


緊張が走る。

少なくとも丈一にとっては。


間。


大振りで頭に向かって振り下ろされる木の棒。

右半身を引き丈一の右に向かい避ける男。

その次の一瞬でに丈一の右半身側に歩を進める男。

枯れ枝に等しい重さにしか感じられないその棒をいとも容易く、

右上に向かって返す。


しかし空を切る。

丈一の顔の前には“足”。

蹴りか、

と身を一気に後ろに退避させるも丈一の目に入ってきたのは……。


「これが基礎技術の一つ、“空当(からあ)て”だ。」


宙に浮く、と言うよりも宙にある見えない階段(・・・・・・・・・・)を登っている、

その最中であるかのような体勢の男。


「ふむ」

ふと、見えない階段が消えたように男が地面に落ちる。

当然、体勢は崩さない。


「な、なんで……。」

絞り出したかのような声は具体的な質問の言葉を紡げない。


「向こう側で武術・格闘術を修めた者は、

 力印を手にする前に死ぬことが多いそうだ。

 理由は非常に簡単で、縦(高さ)と横と奥行きの考え方を、

 対峙した者同士で(・・・・・・・・)等しく縦軸に(・・・・・・)基準に置くから(・・・・・・・)だ。」

下、地面、引力から逃れられる技術はそもそも元の世界にはない。


「この技術はただ一次的に衝撃波…

 …と言っていいのかは分からんが、

 まあそういったものを発するだけだ。

 しかも当たって痛いということもない。

 発生させる場所は身体に触れている場所ならば概ね自由。

 例えばこの瞬間に自分の顔にさえ発生させることが出来る。

 同時に、これは全てを“物理的状態”に還元していない。」


再び見えない階段を腕を組んで登り出す男。

しかし、今度の階段は縦軸が地面に水平だ。

つまり、真横に倒れた姿勢(・・・・・・・・)で登っている。


「足場だけを用意しているわけじゃあないぞ、

 体を支えるように地面側の半身に“コレ”を用意している。」


そのまま数(けん)の高さまで登る男。


「回りくどくなったけれども、要するにだ。」

横に腕を組んだまま落ちてくる男。

凄まじい落下音がする。


「縦横奥行きに囚われるな、という話さ。」


---


膝の角度は良好、脚の緊張は保ったまま、

足の裏は当然万全。

向かってくる“ソレ”を目の前に俺は左足で、

自分の左側の“(くう)”を蹴る。

足は実体のある何かを蹴ったかの如くに当たり(・・・)

その反動で身体はその逆側に跳躍する。


跳躍した先で壁に激突するがそんなもの気にしている暇はない。

飛来したナニかが通り過ぎた瞬間、

俺が跳んでいた場所を魔物の右手の武器が上下一直線に通過する。

その質量たるや中身の詰まった『ドラム缶』をぶん回してかのよう。

当然、テーブルは砕け散り、

床もまたひび割れる……と言うか砕けながらへこむ。


こいつに遠心力を発揮させるのは死に直結する!

カイレキの無事を確かめる間もなく間合いを再度詰める!

そう判断した瞬間「離れろ!」

カイレキの声。

叫ぶなんて珍しいなお前。

余程のことなんだろ、いいさ離れるさ、俺の骨は拾えよ!



一発目は雷撃。

目も眩むような光と耳が利かなくなるほどの轟音。

と言うか目が眩んだし、耳も数分まともに聞こえなくなった。



だから二撃以降はぼんやりとしか分からない。

恐らく必殺を確信してのことなんだろうが勘弁してほしい。

一撃目で何をするのかを予測し、目を瞑り、

耳を塞ぎ、床を転がって敵から離れる。


この部屋『オーク』以外敵いないよな……?

そんな事を考えている一瞬の間


そして、轟音と轟音。





流石に目がくらくらする。

耳は利かないし。

下手すりゃ隠れてる生存者もどうにかなってるんじゃないか。


((スマンナ))

下手な念話で謝る必要が生じる位なら、

もう少しやり方を選んでくれないか。

と思ったが、最短攻略が出来たんだ、まあヨシとしよう。


立ち上がり周辺を確認する。

焼け焦げた魔物の死体。

と言うよりは何故か頭が()ぜている。

魔法銃の技術か、俺に見せられない類の業か。


いずれにしてもこれだけのことが出来るなら、

上の階のを一人で殲滅したのも納得だ。


隊長はこいつの実力を知っていたんだろうか?


奴が投げたものは屍動者のような何か。

屍動者を圧縮してこん棒にでもしたかのような禍々しさ。

そして奴が振り下ろしたものも同じ。


こいつが言わば『フロアマスター』ってやつなのか……?



強く打った身体と目と耳の回復に魔力を割り振り、

念話で暖炉わきに隠れている生存者に話しかける。

こんな状態で下手にこちらの姿を目の前に表したら恐慌を起こすだろう。

そもそも耳が聞こえてるか目が見えているかも分からないが。

((聞こえてるか。

  こっちは異界化を解決するために放り込まれた冒険者部隊。

  “レヴェル”の隊だ、敵じゃない。))

こういう時、隊長の“英雄”としての名はよく効くはずだ。



反応がない。

念話が返せないか。


それとも……既に死んでいるか。


耳と目がやられてるのが痛いな。

感応波でも死んで直後の場合は、

身体に残る魔力の所為でそれを判別する事が出来ない。

近づいて確かめるか……?


((カイレキ、後ろは大丈夫か?))

((コチラニ向カッテクル者ワナイ))

本当に念話下手くそだなお前……。


ゆっくりとその人物がいるであろう場所に近づく。

バッ という音と共に影が飛び出してくる。

「ヴっ、ぅううううふあああああああ!!!」

とまあ凄い泣き笑い声をあげて抱き着こうとする“それ”を、


一気に後ろに引いて避ける。


どうしてもいきなり近づくものにはこういう反応をしてしまう。


「ヴぇえ!」

床に思いきり倒れ込む影。

当然泣いたままだ。

見るとその背に掛かっているのは白い布地に青の紋章。

……これはアレインの正規兵か……?

いや流石にそれがこんな情けない姿を見せるわけがないはずだ。



ぐすぐすとべそをかきながら起き上がった顔は忘れもしない。

“下命”があったあの酒場のあの壇上にいた上級正規兵の一人。

格好からすると、術師か。


なるほど、そうですか上級正規兵ですか。



「はぁああああああ????????」



冗談じゃない、上級正規兵と言えば都市の治安維持の他に、“通商路開拓”という都市アレインの“公的事業”を遂行する部隊の隊員。固定化されていない瘴気を抜け、魔宮・魔窟を攻略し、別の都市までの“道”の確保をする『スペシャリスト』。それがあの程度の敵にこんな情けない姿を晒すとか何をどう考えてもあり得ない。少なくとも俺が会ってきた奴らは、非正規部隊である俺たちなぞとは覚悟の差が違う奴らだった。それがこんな

「正規兵殿とお見受けします、所属と階級を確認してもよろしいでしょうか。」


ようやく回復しはじめた耳に通る声。


「ぅぅぅうううふぅ……」


泣いてばかりいて答えにならない。

もうここまでくると何かあって完全に錯乱状態、

の可能性もあるか。


下手に宥めることも出来ず立ち尽くす男二人。


そうだこんな時こそマイレイアが

「しょ、所属は商都、うふぁ、アレイン正規部隊ぃの、」

間が良いのか悪いのか。

「だ、だ、第一ぶ、部隊所属かか回復術師、うふ、ク、くぉーディアですぅぅぅうう…」


ぐずぐずになった顔を上げながら泣き笑う女。

第一部隊と来たか。

“通商路開拓”どころか“議会防衛”、“最後の盾”、最強部隊(・・・・)じゃねえか!!ふざけんな!!!何この程度で!!!!



……と思ったが、回復術師(・・・・)か。



「失礼いたしました、クォーディア殿、

 現状この場に留まる事は非常に危険です。」

固定された微笑と通る声。

その中にほんの少しだけ柔らかさが混じる。


話し方じゃなくて声の出し方で相手を誘導するのか……。


考えてみれば普段の生活で誰もが声音を変える、

なんてのはやってるはずのことだが、

この状況下でそれを適切に出来るのは流石だ。


女のぐずぐずとした泣きと笑い声が収まってくる。

カイレキはまだ言葉を続けない。


一度


二度


三度


四度


女の泣き声のような、うめき声のような、笑うような、

ため息のような深呼吸。

乱れた呼吸が少し安定した。

すかさずカイレキが話しかける。

「ですが、一応の安全は先ほどので確保できたと思っています。」

顔を完全にカイレキに向け、視線を安定させる女。


カイレキは更に言葉を続ける。

「申し訳ありませんが――、

 可能な範囲での状況の説明をお願いいたしたいのですが。」



「わ、わからないんです、い、いいいきなり、うふ、辺りが壊れ(・・)て、気づいたらここにいて、そうしたらあの化け物が!うふあ、わたしはあ回復術師な"の"に"ぃいいい"!!」

また泣き笑い出す。


こりゃダメだ。

完全に落ち着くまで話にならない。

とは言え回復術師に戦闘能力を求める事の方が酷なのだが。


「あー……、落ち着いたら言ってください。

 さっきの奴は倒したんで俺たちは出入口で見張ってますから。」

聞き出せる情報がない、

と言うか聞き出せる状況にない以上は、

気が済むまで泣かせておいた方が良い。


((それでいいよな?))

((異論ワナイ))


念話で互いに確認を取ると、俺たちが入ってきた出入口、

そしてもう一つ、別の部屋に繋がる出入口に向かう。


別の部屋には死体が転がっているようだ。

それ以外の反応はない。


あの死体、先ほどの奴が潰した屍動者だろうか――?

流石にここでまた戦闘するのはごめんだ、

この女の錯乱状態をまた酷くしてしまうだろう。




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