第十節:尽きない銃弾と尽きない屍
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大丈夫。
まだ気づかれていない。
まだ大丈夫。
まだやれる。
もっとやれる。
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降り立った地面は前階と変わらず。
無機質な石畳。
即座に感応波を展開し臨戦態勢を取る丈一とカイレキ。
一つ、二つ、三つ……
…
…
…
……流石に異常に気付く二人。
多すぎる。
前衛や中衛が使う距離の感応波で、
普通の魔宮内で引っかかる魔物の数は多くとも十程度。
当然、それが全てなわけもなく、
その階の広さにもよるが密度はそれが限界というところだ。
だが今回感応波に感応した数は。
「この範囲で……二十四…!
この部屋にも既にいる、様子を見ているのか。」
即座に襲ってこない魔物に、
ある種の安堵と最大限の警戒をもって二人もまた様子を見る。
これがまた影食いのような危険な魔物ならば対処の使用がない。
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((丈一。))
念話。
この場合は当然の選択だろうな。
だが普段やらないこいつにやられるとぞわぞわする。
((魔法銃ノ戦イ方、見セルト言ッタナ。
今カラやル。 微動ダニスルナ。))
背中合わせで伝わってくる下手くそな念話が実に心強い。
何故かカイレキは俺を壁側に向け、自らが空間の広い部分に面する。
……前衛は俺なんだが。
背中を離れ一歩、二歩、前に出た感覚。
いつもの牽制や、敵行動の阻害のための間合いではない。
((微動ダニスルナヨ。))
再確認。
それほど危険な技か。
((アト、感応波モ切レ。))
何だと!?
パシュッっという奇妙な音。
魔法銃が発動する時はその銃弾によって音は違うので、
これが何なのか対人の場合割と簡単にバレてしまう。
だから“音”も偽装する魔道構造を追加した銃もあるとか。
いずれにしてもこの音は…
パシュッ
パシュッ
パシュッ
パシュッ パシュッ パシュッ
パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ
パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ
パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュッ パシュ …ほんの一瞬の間。
パッ パッ パッ パッ パッ パッ パッ パッ パッ パッ パッパッパッパッパッパッ パッパッパッ
パッパッパッパッパッパッ パッパッパッパッパッパッパッパッパッ パッパッパッパッパッパッパッパッパッ パッパッパッパッパッパッパッパッパッ パッパッパッパッパッパッパッパッパッ パッパッパッパッパッパッパッパッパッ パッパッパッ
パッパッパッパッパッパッ パッパッパッパッパッパッパッパッパッ パッパッパッパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ壁には何の影響も見えないパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ何かに当たっている様子もないパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
パパパパパパパパパパパパパパパパパ無機質で小さな発砲音だけが聞こえるパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
聞こえ続けるパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
゜パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
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音が止んだ。
まさか弾幕で簡易の結界を作るとは思わなかった。
「終えたぞ。
今危ないのはお前の眼前だけだ。
敵が入っていたら対処してくれ。」
ちょっと待て、あれだけ待たせておいてそれはないだろ。
「文句を言いたいのは分かるが、
遮蔽物があるとそこには撃てないからな。
いずれにしてもこれで多少は感応波の節約にはなる。
壁側の確認は頼むぞ。」
……なるほど、そういうことか。
「説明しなくても分かると思うが、これは占空弾だ。
空間にばら撒いて“不可視で”“使い捨ての”、
物理的遮蔽効果を軽い衝撃を伴って一度だけ発揮する。
つまり、これに当たればその時点で分かるということだ。」
「……お前って、説明したがりだよな。」
「…自分のやること、やったことを言語化するのは、
そういう訓練を受けた所為だからな。
まあそれを実際に口に出すのは性格だが。」
潜入に向いてない性格なんじゃねえか……?
壁側に用心深く衝撃波を放つ。
少なくとも占空弾の範囲と壁との中の空間には敵はいないようだ。
「だがこれは待ちの戦法が過ぎないか?」
入ってきたら迎撃する、は良いが元いる量が多すぎる。
一度に物量で押し潰されたら元も子もない。
「そうなった時に“隙間”を見極める為の時間稼ぎだ。
無論隙間の先にいるかもしれないが、
突破するならばせめて“薄い”場所がいいだろう?
何より感応波で一度に全て発破出来るのは割と強みだ。
相手が人間でなくとも怯む可能性がある。」
とは言ってもこのままでは動く事も出来ない。
休む気なのか?
という疑問を見透かすように
「作戦会議というわけじゃあないが、
相手を見極めるには少し時間が欲しい。
この数、どう思う?」
この異常な数を考えるならば特定の“種”である可能性が高い。
何よりも感応波に引っかかって、
動きを変えた様子がない所が気になる。
「屍動者あたりか……?」
上の階で一番最初に勘違いした魔物。
こいつは死体に瘴気が宿ったか自然発生かは分からんが、
とりあえず動く死体だ。
元の世界の言葉で言えば『ゾンビ』だな。
その身体能力は様々で強力な元がいると思わしき個体は、
力印持ち複数人を一体で軽く圧倒する。
「同意見だが、それにしても多すぎる。
ここが元々の町の一部で、その死体が成ったか?
だとしたら……。」
嫌な汗が背を伝う。
もしそうなら二十強が少なく見える量を相手にしなければならない。
バゴッ
突如衝撃音。
続いてドンッドンッ連続で衝撃音。
この部屋の屍動者が触れたか。
続いて別方向からも衝撃音。
最初の音の瞬間に既に、
俺の拳とカイレキの魔法銃から強烈な衝撃が放たれる。
俺の拳と原理は似たようならしい。
まあカイレキのは銃弾の効果だろうが、
当然占空弾とは違う。
ものの見事に屍動者は砕け散り、
ぐずぐずと腐った肉の液体へと溶けていく。
嫌な臭いだ。
「弱すぎる。 やはり庶民の死体か。」
魔宮や魔窟に自然発生する奴らは、
こんな攻撃では動きさえ止めてくれない。
カイレキの言葉が“元凶”への嫌悪感を呼ぶ。
「ヒトを何だと思ってやがる……!」
意思を持った何者かかは分からない、
だがそう言わずにはおれない。
苦々しい感情はそのままその後も続く。
この階にいるのは弱く脆い屍動者ばかりだ。
人印持ち以下ならばいざ知らず、
力印持ちならば敵どころか的でしかない
だが一つ、また一つと破壊するたびに、
ただの人殺しをしている気分になる。
当然、最初の戦いで“これ”が本当はただの人間で、俺たちが幻覚を見ている可能性も疑った。
それならば最早人殺しをしている気分ではなく、
ただの人殺しそのものでしかない。
だが、カイレキと俺の出来得る限りの正確な感応波による答えは。
…
…
…
…
…
…
男、女、老人、こども、
守衛(……は多少強かった)、商人、職人……。
本当にただの人間が無作為に屍動者になっている。
それを丹念に一つずつ、小石を蹴飛ばすかのような容易さで、
砕き、穴をあけ、バラバラにしていく。
ドロドロに溶けていく。
普段ならばこんな簡単な場所の攻略は、
俺だって軽口の一つくらいは飛ばす。
だが“これ”はそんな気分にならない、なれない。
カイレキがどう思っているかは分からないが、
全くのだんまりである以上、俺と似たようなもんだろう。
もう百以上は処理したか、と思った頃
「ィャァァアアアアアアアアッ!!!」
耳を劈く悲鳴。
それが何者であるか分からない以上、
最低限に抑えていた感応波を一時的に出力上限精度最高まで上げる。
確認の結果でた答えは……。
人。
生きている、人。
そして悲鳴。
つまるところ、こいつは戦う術を持たないか失ったかしている。
即座に救出に向かう。
途中にいる屍動者は最早どうでもいい、
雑に処理してやる。
一撃
一撃
一撃
一撃 一撃
一撃 一撃
一撃 一撃 一撃 一撃 一撃 一撃 一撃
一撃 一撃 一撃 一撃 一撃
一撃 一撃 一撃 一撃 一撃
一撃 一撃 一撃
一撃 一撃 一撃 一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃
一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃
一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃何だこの量は!?一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃
一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃
嫌がらせのように湧いて出る雑魚。
まるで体力の消耗でも狙っているかのようだ。
この程度の量を処理するのに消耗するほど、
こちとら弱くはないが。
角部屋、かどうかは分からないが大きな通路の行き止まり。
右側の部屋。
内部の装飾は貴族の家にある『ホール』、
いや『ダイニング』のようなつくり。
天井は高く、だだっ広い。
中にあるのはテーブルのようなもの、燭台のようなもの、
そして……壁際の暖炉のような何か。
部屋の中にはこれまでの屍動者とは明らかに違う風体の巨大な魔物。
そいつが攻撃を振り下ろす先は暖炉のわきにある小さな空間。
そして小さな結界。
そいつ自身の攻撃が壁に阻まれて、
単に威力を発揮してないのがよく分かる。
体長は大体『3m』強ってところか。
てめえの!
相手は!!
俺だ!!!
挑発の一撃、
即座に牽制の一撃、
三発目は……本腰の一撃。
ほんの一瞬の時間差、相手が振り向き体勢を整えるか整えないか、
その隙を突く衝撃波の連続攻撃。
後ろからはカイレキの放つ魔法弾が数発、敵に命中する。
当然とでも言うかのように魔物はビクともしない。
ぉお"ぉお"お"お"お"お"お"お"!!!!
うるせえ!
黙って死ね!!
と強がるものの明らかに攻撃は効いていない。
巨大、と言うほどではない。
この世界ではそれこそ嫌と言うほど巨大な魔物が跋扈している。
だがこいつの大きさはイヤらしい。
動きは俊敏で、防御面では強固で、
攻撃力は下手すれば一撃必殺。
そういうのを備えた体格だ。
元の世界の創作物の魔物に例えれば『オーク』ってところか。
間を詰める為に飛び上がり、相手の上半身に向かい攻撃を――
『オーク』は左半身をこちら側へと振り向かせ、
手に持った何かをぶん投げてくる。
のそり、といったような様子だが明らかに速度は獣のそれ、
つまり
こ
の
速
度は
死
ぬ !!
飛び上がった俺に対して、
“それ”は直撃する軌道を描き迫ってくる。