第九節:今度こそ本当に出来る精神的な小休止
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議会場に布告官の声が響いている。
「第十月 二十日に於ける騒乱に於いて、
被告イバラキ ジョーイチはその罪、死刑に値するものの、
情状を酌量し、死刑同等の刑を以て償うことにて、
その罪より解放される との決定に関して!」
「第二月 四日
被告イバラキ ジョーイチは科せられし、
至ボォドレアの通商路を開拓し帰還!」
「故に刑の執行の終了を認め、前述騒乱の罪の刑より、
解放されることを認める!!」
「“宣誓機”に近づきて再度汝がヒトである証を示せ!」
異様な魔力を感じる。
巨大な天秤のような機器が前に置かれる。
魔力が吸われる感覚。
一瞬で立ち眩みがし、両脇の正規兵に身体を支えられる。
「汝、ヒトである証を示したり!」
「よって、汝を市民イバラキ ジョーイチと認め、
罪科の消失を此処に宣告する!!!」
正規兵に支えられた身体を立て直すと、
布告官と壇上にいる議会首席、
そして左右の議員にそれぞれ一礼をし、退場する。
小学校の卒業式のようだ、と思う丈一。
ーーー
「“うち”はこれをヒトが起こしたとは思っていない。
姿形をアレイン上層部の誰かに偽装した何者か、と判断した。」
……こんなものを持ってる時点で、
お前の言う“うち”がどれだけヤバいところか分かったよ。
これは対象の魔力を一瞬でも断ち切る類の強力過ぎる魔道具だ。
こんなもの持ってる奴がただの裏切り者であるはずもない。
俺はせいぜい、アレインの議員の誰か、
それこそ議員首席の個人的差し金かと思っていた。
だがカイレキの言う“うち”は、
一都市勢力の中の誰かとか組織とかじゃあない。
“多数の都市”を擁する“国”と呼べる勢力だ。
魔王が降臨してからは数えるほどしかなくなってしまったが、
あるにはある。
そして数えるほどしかないからこそ、その“力”は計り知れない。
“国”所属の“裏切り者”か――。
それこそ冒険者や傭兵には都市伝説以上にもならない与太話。
そんな奴を目の前……
いや“背後”に迎えられるなんて最悪の形で光栄だ。
コイツならばわざわざこんなことを仕組む必要がない。
こんな七面倒臭いことを仕組むくらいならば、
“国”の正規兵を差し向ければ良いだけだ。
「……今回の事は偶然なんだな?」
分かり切った事でも確認せざるを得ない。
性分だ。
「異界化解除の任務の時点で既に仕組まれていた、
と俺は考えている。
そうなれば思った以上に……
いや想定できる範囲では最悪の事態かもしれんぞ。
任務を創り出せる側に異界化の元凶がいるなど前例がない。」
ふと異様な魔力が消える。
そりゃいつまでも使い続けるわけもないか。
確認さえできればそれでいいわけだしな。
「お前が“うち”の言う“裏切り者”ではない確証は完全ではない。
だが、少なくともただの人間であることは証明出来た。
そして俺もお前を信じるつもりだ。
とは言えお陰で貴重な一回を消費してしまったが。」
ゆっくりと振り向く。
そこにあるのはいつも通りの張り付いた微笑。
「……その、スマン…激高して……。」
これで謝らなければ流石に気が済まない。
頭を下げる。
「それも目的だよ。
本音を引き出させなければ意味がない。
何より尋問をしたのこっちだ。
まあ謝る気もないけどな。」
いつも通りの態度。
飄々としているんだか、真面目なんだか掴みどころがない。
ふと、カイレキの姿に殆ど乱れがない事に気づく。
また少しだけ疑いが芽を吹く。
「お前、この階で魔物に遭わなかったのか?
俺はここに来る前に落下の衝撃と、
嫌な“奴”に遭ったおかげで、一時満身創痍だったんだが。」
「の割には体力は充実しているな。
まあ何か理由があるんだろうが――。
俺の方は単に片付けただけさ。」
ことも無げに言ってくれる。
そんなに弱かったのか、この階の魔物は。
……いや、こいつは“国”お抱えの“裏切り者”なわけだし、
それも不思議ではないか。
流石に片付けの終わった階でジッとしているのもバカバカしい。
促して歩きながら話す。
流石に感応波を展開せずにはいられないが、最低限度の出力だ。
「そういうお前の方こそ嫌な“奴”とはどういう意味だ、
体力の充実にも何か関係があるのか?」
影食い、魔魂の話を掻い摘んで話す。
ついでにマイレイアのことも。
「よく……生き残ったな、お前が……。」
表情を変えずに唖然とした雰囲気を出せるのはある意味凄いぞお前。
「いや、通商路を一人で開拓した英雄だ。出来て当然なのか。」
褒めるなよ、こそばゆい。
だがこいつの表情は変わらない。
「運が良かっただけだ、魔魂が入っていたお陰で回復も出来た。」
謙遜ではなく事実。
一対二でやるのは二度と御免だ。
「魔魂か。 やはりこの異界化、裏があるんだろうな。」
ーーー
「魔窟とか魔宮とか呼ばれるもの
…『ダンジョン』には割と明確な『ルール』がある。」
座学。
この世界で生きる、ではなく、
この世界を“廻る”ためには必須の知識。
“あの人”は人印を得た俺には特に念を押す様に教えてくれた。
「内部構造は“試練界”、
つまり“印”を得る為の異界とほぼ同じだ。」
「だが試練界の出入口が固定された場に存在し続けるのとは違い、
魔宮・魔窟はいつの間にかそこに発生している。」
「そして魔窟・魔宮は最初の内は“除去可能な瘴気”を放つ。」
「魔窟・魔宮の最深部に存在する、
それ自体を維持する“核”となる魔物を取り除けば、
魔窟・魔宮は崩壊し、瘴気もまた消失する。」
「面白い事に次の階に行くのと同様の入口…
…この場合は“出口”か…、が現れるのだが、
先が見えないようになっている攻略前と違い、
出たの先、つまり外の光景が映し出される。
それ自体が罠になっているということは恐らくだが、ない。」
「逆にその後も魔窟・魔宮を放っておけば瘴気は
“空間に固定される”、
つまり除去不能となる。」
「興味深いのは、魔窟・魔宮の核となる魔物は、
概ね内部に魔魂と呼ばれるモノが入っていることだ。
これは既に何らかの“出力の仕方”が定まっている事もあれば、
加工して自分で“出力の仕方”を決める事も出来る。
恒常的な魔道の効果を何か物に発揮させるには、
魔印持ちが長い時間をかけて道具を作るか、
魔魂を利用するしかない。」
「つまるところ、その魔魂が魔窟・魔宮の……」
「で、一体何を寝ているんだ、丈一くん?」
「ね、寝てないですよ!俺を寝させたらたいs
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「気を抜き過ぎだな。」
……精神的に張り詰めっぱなしはクるんだよ、
少しは物思いに耽らせてくれ。
探索するも感応波で感知出来るものはやはりなし。
カイレキがこの階の魔物を殲滅したというのは本当らしい。
「お前が所属する“元”の話になるなら答えなくていいんだが、」
素直に疑問を切り出す必要がある。
少なくともカイレキとの二人連携は初めてだ。
「どうやって、魔物をやったんだ?
魔法銃でそこまで出来るのか?」
魔法銃。
うちの隊ではカイレキだけが使う武器。
使い捨ての銃弾の代わりに使用者の魔力を撃ち出す、
ということぐらいしか知らない。
基本的に身体から離れた魔力は減衰していく。
補助器具を通した場合、
普通に自分の手で魔法の矢を放つよりも威力は弱くなる、
そう聞いている。
となれば、カイレキが本来属している“組織?”、“国?”の独自の技でも使ったのかと思うしかない。
「言いたいことは分かるが……。
俺が修めているのは普通に魔法銃の技術だけだ、
と答えるしかない。
事実この階の奴らはそれで仕留められているのが分かるハズだ。」
「いや俺は魔法銃に詳しくないから聞いたんだけどな!」
立ち止まるカイレキ。
いや、今のがそんなに気に障ったか?
さっきからやらかしてるし、また謝るか。
「すm「次の階らしい。」
……見ると下に向かう“穴”
映すものは暗闇、つまるところ深淵。
「俺は思い切って下に飛び込んだが、
それが間違いの可能性もある。」
いまさら言うのも何だが。
ちなみに上の階に行っても同じ場所には戻らないだろう。
異界は空間的に混沌としていて、
中心に近づくか遠ざかるか以外では、
無限の広がりを持つ。
らしい。
「お前の判断を俺は信じるよ、間違ってたら死ぬだけだ。
そして魔法銃も実践でどういうものか次の階で教えてやる。」
こいつの覚悟も大概決まっているな。
まあそういう隊だからな。
下に降りるために色々と身支度、
装備の確認やらを始める俺たち。
ああそう言えば、
「マイレイアとの念話、そっちにはいかなかったのか?」
もうそれなりの休養は出来たはずだし、
そもそも俺以外にも念話を送っていてもおかしくない。
「少なくとも……俺からの念話には応答しない。
…まあお前やケスに比べると俺のは下手だからな、
捉えられないんだろう。
隊長とも繋がらん。」
一瞬妙な表情。
ならば、
「(聞こえてるか、寝てるか、
起きてるかいずれにしても、もう反応しろ)」
「(はいはーい!! 起きてるよ!!
いや大変だね!何が起きたか知らないけどさ!)」
とりあえずノリで適当に言うのは止めろ。
しかもうるさい!
「(カイレキと合流した、
お前はカイレキや他の仲間に念話を送らないのか?)」
最初は異界の概念的な距離の近さで、
俺とだけ念話をしていたんだと思っている。
だからカイレキと合流した今、
コイツはカイレキとも念話出来るはずだ。
「(……分かりやすく言うと、
複数に聞こえる念話ってだけで精神が凄くすり減るんだ、
特にこういう場所だと。
それにわたしってほら、
……うん、カイレキ苦手だから。
……ケスは分からない。
隠蔽用の結界でも張ってるのかもね。
多分、隊長も。)」
珍しく、本当に珍しく低く真面目な声。
だが好き嫌いを言っている場合か?
「(他の仲間は単純に距離が遠いと思って試してない。
傍受?される可能性、
つまり敵に見つかる可能性は出来るだけ避けたいから……。
だから……。
一番話相手として気易かったキミを選んだってだけの事よ!!
わはは!!)」
……まあ色々理由があるんだろう。
敢えては触れないが、
俺が無事でい続ける保証はないんだから、
他の奴らともちゃんと繋げておけ。
と、そう言う前に
「話はそれくらいにしろ、時間が惜しい。」
こちらも珍しくあきれ返ったような声。
当然見せる表情は一切変わらない。
ここまで表情に変化なしだと、
潜入する側としては寧ろ怪しまれるんじゃねえかお前。
そんなこんなで、俺たちは次の階に降りる深淵に足を踏み出した。