第八節:裏切る者
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暗がりの部屋
辛うじて二人の男が立っているのが分かる程度の、明るさ。
「裏切り者ですか。」
相手の表情は見えない。
「そうだ。と言っても国や組織、都市へのではない。」
意図が掴めない。
そんな裏切りがあるのか。
上司個人への裏切りへの粛清を命じると言うならば、
それを更なる上役に報告するだけだ。
「勘違いするな、この裏切りは“人類”に対する裏切りだ。」
更に意味が分からない。
狂ったかこのご仁は。
「マルヴァンソの件、ご存じですよね。」
!
俺と上司の二人以外にこの場に誰かいるのか!?
「第二神殿都市のお偉方には、
アレが第一神殿都市と被って見えているようなのです。」
“神殿都市”…異界化によって崩壊した、
“神々の術である魔道を集積し伝える”都市か。
わざわざそんな権威付けが必要な技術でもあるまいに。
「ええ、ええ、その表情、言いたいことは分かりますよ。 ですが「その先を知る権限はコレにはない。」
あくまでも上層部同士の契約ということか。
「お前にはこの件では“裏切る者”になってもらう。分かるな?」
……“裏切り者”ではなく“裏切る者”。
組織の符号で“潜入者”の意味。
「沈黙は肯定。すぐさま“アレイン”へ向かえ。
その後自らの判断で中央に近い者と関係を構築しろ。」
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一瞬の浮遊感の後、普通に地に足が付く。
飛び降りる、なんて大仰な事をした割にいつもながら地味な到着だ。
すぐさま感応波を展開し周囲を調べる。
前の階よりは精度も強度も高められた感応波に接触する者は……
なし。
随分と密度の低い魔宮だと思いながら、
マイレイアにこの階にいるかどうかの確認を取ろうか――
と思ったが、うん、まあ、
体力消耗状態でわざわざ念話で気を張らせる必要はないだろう。
どうせ感応波を向こうが感知すれば、
いつも通りうるさく知らせてくるはずだ。
ここにも周囲の部屋にも何もないならば多少は気を休められるか。
体力は充実したが気力が回復するわけではない。
緊張のし通しだと脳がうずく。
小休止。
精神的な。
カチリッと奇妙な音。
そして有無を言わせぬ殺気と圧力。
ポトリと落ちるたいまつ。
またか。
また一瞬の油断でこれか。
しかも今度は生き残れそうもない。
音がしたのはすぐ背後。
気配もまたそこにある。
この魔宮はそこまで殺意が高いのか。
「この状況で気を抜くのは異世界出身者の特質なのか?」
異様に通る、聞き覚えのある声。
だがこの殺気は……。
「何のつもりだ。
今気を抜くなってなら、
個人的な喧嘩をしている場合でもないだろうが、え?
カイレキ。」
精一杯の悪態。
普段なら悪い冗談と後ろを振り向けるだろう。
だがこれは違う。
完全に『本気』だ。
「……アレインと双璧であった通商路の要の都市、
マルヴァンソ。
アレインとも太い安全領域で繋がっていた。
そして六年前に、異界化で滅んだ。」
「何が言いたい。俺がそれに関わっているとでも?」
俺はまだその頃人印、関係あるわけがないだろう。
と言いたいが、それを証明する術はここにはない。
「四年前……俺はその調査の為にこの隊に入った。
――命令でだ。」
!!!
外の人間なのか、お前は……。
つまるところ、
「“裏切り者”か、お前……!」
こういう稼業だと隊やら団やらに入る目的が何であれ、
大抵は許される。
金を稼ぐためが殆どだが、
誰かを探しているだとか、
逆に誰かから身を隠しているだとか、
出来ることがこれしかないだとか、
色んな奴がこの稼業にはいるし、
この稼業はそういう奴らの総体と言ってもいい。
それ故に隊それそのものを破壊する事を目的で入ってくる奴らは、
許されないし許さない。
無論それにだって限度はあるのだが、
こいつの……こいつらの仕事は
「その原因を探し出して、どうする気だった?
そいつが“犯人”だとしたら隊に引き込んでから始末するか?」
答えない。
ああそうだろうな。
「それとも…原因はこの隊に既にあったと思ってたのか!?
原因に俺たちをぶつけたか!?
いや違うな……お前、
どっちでも解決出来るようにここに俺たちを呼び込んだな!」
こいつが異変の、俺たちが異界に引きずり込まれる原因ならば全てが納得できる。
不自然な任務、
そしてその不自然な受諾、
他の部隊の破砕音の無さ、
少なすぎる魔物、
魔物の中にあった本来はあるハズもない“魔魂”!
全部仕組んでいたな……!!
今の俺は後ろを取られたままイキがっているに過ぎない。
だが!
俺が!!
死んででも!!!
こいつは殺「……違うな。そうでもないし、
原因がこの隊にあるとも思っていない。」
異様に通る無感情な声。
カイレキの殺気はいきなり冷却され、
俺の空回った感情だけが場に残る。
「俺が裏切り者なのは否定しない。
だが俺がこの隊に入ったのは、
“中央との繋がりが強固だったから”に過ぎない。
この隊はただの足掛かりだ。」
冷めぬ俺の殺気を全く無視して、淡々と話し続ける。
「“うち”はマルヴァンソの件を、
アレイン上層部に潜んだ何者かの犯行と見ていた。
事実、マルヴァンソが崩壊した今、
大平原地帯と西域の繋がりを維持する巨大な都市はここだけだ。」
「お前が!仕組んでないという!!
潔白を証明できる話じゃねえよなあ!!!」
激情は未だ治まらない。
だが空回りしているのは自分でも分かる。
寒々しい感覚だが自分でも止められない。
「俺がお前にわざわざ内情を話したのが証拠、
と言っても信じられはしないだろう。」
ふと奇妙な魔力を感じる。
「だが」
増幅される異様な感覚。
「これなら」
以前もこれを感じたことがある。
「どうだ?」