まえがき
はじめに
聖王代以前の碑文・書簡・文章は図書館都市を除けば、一部の好事家か、
我々のように古代を研究するもの好き以外には、価値がないものとされている。
と言うのも王権の確立以前に於いて、文明の勃興が激し過ぎて、
様々な文化遺産は、過去の遺物となる前に灰燼と化してしまったものが殆どだからである。
しかしこの小説の作者は、灰の中から一文字一文字を集め、砕かれた碑文を接ぎ、
埋もれた歴史を掘り起こし、忘れられた人々を思い出させてくれた。
また我々が彼に送り、彼が継ぎ合わせた資料の数々、それ以外にも、図書館都市の司書長の協力を得たとも聞く。
そうして聖王代の遥か以前、魔王代の世は我々の眼前にあるかの如く再現された。
ただし、小説に描かれる主人公の半生に関してはあまりに生々しく、
当時の文献をそのまま用いたのではないか、
もしくは後世の誰かの体験をそのまま描いたのではないか、とさえ思えるところがあるが、
全てが創作でなくとも“小説”であり、やはり歴史の大説でない事は明記しておかねばなるまい。
いずれにしてもこの小説に描かれた主人公は創作人物ではなく、実在の人物で、
半ばおとぎ話と思われていた魔王討伐に深く関わったとされ、その功績は我々の研究の中でも、
この小説の中でも事実と限りなく近いと思われる事が書かれている。
おとぎ話で知られる英雄、勇者の名に彼の名が加えられ、その功績が称えられるであろうこと、
そしてその功績を知らしめるであろう書に私が序文を寄稿できるそのことを喜びとしたい。
王歴 六百二年 第二月 二十日
首都カーナレオにて
カーナレオ文書院 歴史課学士 学士長 オルーバ・メイヴ