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名探偵ラト・クリスタルの追放  作者: 実里晶
エストレイ・カーネリアンによろしく
3/76

第3話 お宅の息子さんを解剖させてくれませんか?



 カーネリアン邸はアレキサンドーラの最も古い区画、旧市街にある。


 丘の頂にある大聖堂の目と鼻の先にある豪邸だ。

 まるで、ただそこにあるというだけで、カーネリアンの血筋が街の創立期から存在する由緒正しいものだということを知らしめているかのような立地だった。


 クリフはギルドを出たあと、石灰石の石畳を重い足取りで踏みつけながら屋敷に向かった。心の中は懐に納めた忌々しい手紙をどうにかして、さっさと帰りたい気持ちでいっぱいだ。


 気が乗らないとはいえ、手紙を渡しさえすれば役目からは解放される。

 異常者がひとり野に放たれるかもしれないが。


 これは新参者に知る術のない事柄だが、そのときカーネリアン邸では葬儀が執り行われていた。大広間に置かれた棺で眠っているのはこの家の若き跡取り息子。顔をそろえているのはいずれ劣らぬ地元の名士たちだった。

 屋敷を囲んでいるのが弔問客だということに気がつくのに大した時間はかからなかったが、どこの誰ともわからぬ死人よりも、自分の身のほうがよほどかわいい。

 クリフは場違いな居心地悪さを堪え、人並みをかきわけて、カーネリアン家の使用人と思しき人間に手紙を押し付けた。


「カーネリアン家の人間に渡してくれ」


 クリフはこれで役目を果たしたとばかり、大手を振って往来に出た。

 手紙の差出人が誰であるかを伝えるのをすっかり忘れていたことを思い出したが、もはや、彼にとってはもうどうでもいいことのように思えた。

 異常者の魔の手から逃れられたことに安堵し、すぐさま屋敷を離れようと、二、三歩進んだそのとき。


「おい、そこのお前!!」


 男が誰かを追いかけるようにして屋敷から男が飛び出してきた。

 男はいかにも《怒りに我を忘れている》というふうで、こめかみに血管の筋が浮かび上がっていた。

 そして邸を去ろうとするクリフに気がついて距離を詰めると、乱暴に胸倉を掴んできた。もちろんクリフだって無抵抗だったわけではない。

 そのときには応戦しようとして、腰の剣に手を伸ばしていた。

 でも、迷いがあった。

 視界の端に男の持ち物が目に入ったからだ。

 腰のベルトに金色の輪が通してある。

 輪には冒険者ギルドの紋章を刻印したギルド証と記憶鉱石、それから金の台座に爪止めされた色とりどりの宝石がぶら下がっていた。

 ただの宝飾品ではなかった。これ見よがしに男がぶら下げているのは《レガリア》だ。

 

 それを見たとき、クリフは剣から手を離し、無抵抗になった。


 もちろん、殴られた。

 それも、かなりひどく。





 顔を腫らしたクリフの姿をみて、ラトはいかにも笑いがこらえきれないといった顔つきで、じっさいに吹きだして不愉快な笑い声を立てた。


「どうして抵抗しなかったの?」

「相手は冒険者だ。かなり高位のな。レガリアを使われたら勝負にならない。殴って気が済むなら、殴らせるしかないだろ」

「ふーん」

「ふーんってなんだ、ふーんって。こっちは死ぬところだったんだぞ」


 宝石の形をした《聖遺物(レガリア)》は冒険者の力の源だ。

 そして、ありとあらゆる意味での商売道具でもある。


 女神の加護が残る迷宮からはレガリアと呼ばれる鉱石が発見される。この鉱石には女神の奇跡が込められていて、強力な魔術の力や人間離れした技能を持ち主に与えてくれる。

 レガリアの助けによって働く技能を《鉱石技能(スキル)》といい、冒険者たちは主にこのレガリアを発掘するために迷宮に赴き、その売買で生計を立てている。

 未踏破の迷宮を多数有するアレキサンドーラはレガリアの一大産地だ。

 しかし、街に来たばかりのクリフにとっては、レガリアは手が届かない代物だ。手に入れるには迷宮の深くまで潜るか、大枚をはたいて買うしかない。

 もちろん軍でもレガリアを持つ者はいるが、そんな貴重品が末端の兵士に支給されるわけがない。


 そのことを見通しているのか、単純に腫れた顔がおもしろいのか、ラトはニヤニヤ笑いを浮かべていた。


「いや、君を殴った相手はレガリアを持っていたんだと思ってね……。なるほど、それはご愁傷様」


 懐具合や顔の傷を笑われたことよりも、クリフには腹立たしいことがあった。


「それよりもお前、いったい手紙になんて書きやがったんだ?」


 クリフを追って来た人物の剣幕は尋常ではなかった。

 原因があるとしたら、ラトが渡した手紙にしかない。

 ラトは目を丸くする。


「そんな、僕はただ、礼を尽くして手紙を認めただけだよ。《前略、偉大なるカーネリアン一族の御当主であらせられるグレナ様。この度、ひとり息子を亡くしたばかりの貴方様のご心痛、いかばかりかと拝察いたします。冒険者ギルドに囚われの身でなければ、お慰めできたのにと残念でなりません》ってね。知性の高さがにじみ出る文面だろう?」


 しかし、問題はその後だ。

 ラトは手紙の後半をこう書き綴っていた。


《貴方様の御愛息は世をはかなんで自死したものと街の噂で伝え聞いておりますが、甚だ疑わしい話です。もしよければ、ご遺体を僕に解剖させていただけませんか? 大したお手間はとらせません。腹のあたりをちょっと切り開けば済む話です。たったそれだけのことで、必ずや真相というものをお目にかけましょう。快い承諾の言葉をお待ちしております。名探偵ラト・クリスタル》――――と。


「殴られるにきまってるだろ! どれだけ遺体を辱めれば気が済むんだ、この変態!」


 クリフは怒鳴った。

 若くしてこの世を去った一人息子の葬儀に乗り込んでいき、《お宅の息子さんを解剖させてくれませんか?》などと言おうものなら、結末は見えているようなものだ。

 当然の成り行きとしてクリフはラトと間違えられ、弔問客のひとりに思いっきり殴られた。そして、往来で散々な騒ぎを起こした罪により、再びギルドの牢屋に逆戻り、というわけだ。


「失礼だな。僕は死体に劣情をもよおすタイプの変態ではない」

「どの口が言ってるんだ、どの口が……!」


 事の顛末をきいても、ラトには罪悪感のかけらもない。


「多少の犠牲があったにしろ、手紙がカーネリアン夫人の手に渡ったなら事態は動くよ。ここから出られるのが今から楽しみでしかたないね」

「馬鹿言え、お前は一生、地下牢で暮らすに決まってる」


 クリフが言いかえしたとき、廊下の奥から職員がやってきた。

 彼は二人が入れられている牢の前で止まり、鍵を使って扉を開けた。


「ラト・クリスタル。クリフ・アキシナイト、ふたりとも、出ろ」


 職員は不服そうに言った。

 クリフも何が起きたのか理解できない顔だ。


「ほらね、言ったとおりでしょう?」


 ラトはそう言って、手枷足枷の鍵を外すよう、職員に差し出してみせた。

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