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名探偵ラト・クリスタルの追放  作者: 実里晶
迷宮産ミイラの謎
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第11話 冒険者の持ち物《記憶鉱石》


「それは、記憶鉱石のおかげですよ」


 敏腕氏は言った。


 冒険者は、冒険者証やレガリアのほかに《記憶鉱石》を携えて迷宮に降りる。記憶鉱石には冒険者の名前や性別、出身地などの基本情報が記録されており、これが身分証がわりになるのだ。


「おい、ラト。今はそれどころじゃないんだが……」


 依然として殺人容疑をかけられたままのクリフは戸惑いながら言う。


「これは大事なことなんだよ、クリフくん。ものすごくね」

「ラトさんの記憶鉱石をためしに見てみましょうか。冒険者証を出してください」

「ああ、もしかして、これのこと……?」


 記憶鉱石は冒険者証の発行時、すべての冒険者に無償で配布される。

 ラトの記憶鉱石は透明な水晶を加工したもので、人差し指程度の長さのそれを金メッキの台座で留めてあった。

 敏腕氏がそれを読み取り用の機械の上に置き、大きなレンズをかざすと、連続する小さな文字の集合体が次々に浮かび上がった。

 表示される情報のほとんどが魔術言語で、魔術に素養の無い者には読み取れない。だが、冒険者登録の際、申し込み用紙に記入した名前や出身地、性別などの情報は公用語に自動変換されているので、これはクリフにも理解できる。


「男だ」と、ラトの性別の欄をみて、クリフは呟いた。

「申告は自由だ」とラトが答える。

 

「記憶鉱石には身元のほかに、迷宮で行った活動の《あらまし》が記録されます。どの層に行き、どんな魔物とどのように戦ったか……」


 冒険者が生還した際、ギルドに鉱石を提出すると、受付職員は記憶鉱石の内容を確認し、かならず《鑑定》する取り決めになっている。


「それにより、冒険者が習得したスキルやランクを判定することができます。レガリアの能力ではなく、冒険者個人が持つ才能や技能を鑑定技能(スキル)と呼ぶのはそのためです」


 敏腕氏は魔術言語を読み取り、付属しているタイプライターに似た機械を弾いて、そのうちの一行を《観察眼》と記述し直してみせた。

 見ただけで相手の素性を読み取ったり、秘めた考えを見抜いてしまうラトらしい鑑定スキルだ。


「常識外れとか、異常行動とか、そういうのも入れといてくれないか」


 クリフがあからさまな皮肉を口にすると、敏腕氏ははじめて鉄仮面のごとき笑顔の左右対称性を崩し、どこか皮肉げな表情を浮かべた。意味深長だ。


「記憶鉱石の動力源は?」

「生きている人間から発生する微弱な生命エネルギーに反応します」

「なるほど、だからシネーラ嬢が殺されたのは《二年前》なんだね」


 敏腕氏はうなずいた。ミイラことシネーラ嬢は助け出された後、受付職員に記憶鉱石を提出した。

 記録が二年前に止まっているということは、彼女の死亡時期は確かにそのあたりだということになる。


「まあ、改ざんが不可能かといわれたら、そうでもないですけどね。実際にエストレイ・カーネリアンの記憶鉱石は見つかっていません。ほんとうに残念なことです」 

「レガリアの鑑定も同じ機械でできるのかい?」


 ラトが訊ねた。もちろん、と敏腕氏。


「レガリアに秘められた鉱石スキルを御覧になれます」


 ラトはスカートの下から、隠し持っていたステッキを取り出した。

 ステッキを機械に通すと、二つの言葉が浮かび上がった。


《犯人看破》

《変装の達人》


 ほかにもいろいろと浮かんでくるが、そのほかは魔術言語のままだった。

 クリフはレンズを覗き込もうとしたが、ラトはそれを掌で覆い隠した。


「どうして隠すんだ?」


 当然の疑問をラトは口笛を吹いてごまかした。


「ラト様のレガリアに秘められた技能は今のところ二つ。しかし、まだまだ未知の技能が隠されています。能力を五つ以上持つのは、かなり位の高いレガリアですよ」

「敏腕くん、どうかここで見たことは黙っていてくれるかな。だって、ほら……盗まれたりすると大変だから」

「どうして隠すんだ?」


 クリフはもう一度、根気よく訊ねた。

 ラトはどうしても、レガリアのことを知られたくないようだ。


「《魔法の杖》だよ、クリフくん。さっさと君にかけられた殺人容疑を解かなくちゃ。そうだろ」

「解けるのか? もちろん、解けるなら、それに越したことはないが。だけどなぜ、ラト、おまえが首を突っ込む?」

「なぜって。もちろん事件と聞いたからさ。僕は謎解きが好きだから。それからカーネリアン夫人に言われたっていうのもある。《ねえ、ラトさん。いますぐ冒険者ギルドに行って、クリフさんを牢屋から出してあげたらどうかしら》って」


 ラトはカーネリアン夫人の声真似をした。

 それは記憶にある夫人の声そのまま、そっくりだった。


「カーネリアン夫人には感謝しているけれど、なんだか親切すぎるような気もするな」

「それは僕も思った。夫人はこうも言った。《ラトさん、あなたには、他の方にはない高い知性があるのでしょ。わたくしはね、こう思ってるんです。それは困っている方の役に立てるべきだって》」


 噂好きな連中は、ラトのことをただの仲間殺しの異常者だと思っている。だが、カーネリアン夫人は、エストレイ・カーネリアンの事件を解決したことを非常に感謝し、評価もしてくれているのだ。その評価が妥当かどうかはさておき、偏見のない広い視野はさすがに人の上に立つべき人物のそれだ。そう思うこともできた。

 でもラトは、そこで他人の言葉を素直に取るような、できた人間ではない。


「でも僕には彼女の言葉は違う意味に聞こえたので、一応、確認しておいた。それはつまり、衛兵隊の意志には反することになるでしょうって。実際、君は今、衛兵隊に危険人物だと思われている。彼女の答えはこうだ。《いま、衛兵隊長を務めている方がどんな人柄か、おわかりかしら。とても立派な来歴の方で、志高く、頭脳明晰で、三人議会のもう一席は彼なの》――僕はなるほどと思ったね。ねえ、敏腕くん」


 敏腕氏はうっすら微笑んだままで「なるほど」とだけ返した。

 クリフだけが女性の奥深い言葉の意図を読み取れないでいるらしい。


「女性っていうのは、ときどき思っていることとは逆のことを言うものなんだよ。つまりこういうこと。彼女が言いたいのは《あの頭が悪くて傲岸不遜な、品性の欠けた男に、これ以上の手柄を上げさせないでちょうだい。とにかく気に入らないことをして、鼻を明かしてやってほしいの》ということだ」

「それは、ちょっとお前の考えすぎではないか?」


 クリフは言って、同意を求めて敏腕氏の方を見やった。


「カーネリアン夫人と、衛兵隊長殿と……。三人議会のさらにもう一方がどんな方かご存知でしょうか。とても立派な来歴の方で、志高く、頭脳明晰な方なんですよ」


 敏腕氏は鉄の微笑みを浮かべながらそう言って、ラトの記憶鉱石を機械にかけ、《声真似》と記述した。





 何故、シネーラは迷宮内で殺され、ミイラになって発見されたのか?

 そして何故、彼女はたまたまその場に居合わせただけのクリフを殺人犯だと指名したのか?


 その謎を解く最短の道は、もちろん、当のシネーラ嬢に訊いてみるのが一番よい。それで彼女が「目覚めたばかりでぼんやりとしていて、あれはまったくの嘘だった」と証言してくれさえすれば、クリフにかけられた疑いは晴れるのだ。


 だが、ラトの考えによれば「それは全くもって薄く儚い望み」であった。


 しかもシネーラ嬢は受付で記憶鉱石を鑑定してもらった後、いつの間にか姿を消してしまっていた。

 彼女の自宅はギルドからそう遠くないところにあるらしいが、二年も前のことだし、当然、シネーラは冒険の途中で亡くなったと思われていたことだろう。大家が荷物を残しているかどうかもあやしい。

 おまけに彼女はクランに所属しておらず、いつもひとりで行動していて、こういう非常事態に陥ったときに立ち寄りそうなところについては、冒険者ギルドも全く見当がつかないという話だった。


 クリフからすると、どうしたらいいのかわからずに寝込んでしまいそうな状況だが、ラトには彼なりの考えというものがあるらしかった。


 必要な情報を集めて冒険者ギルドをでたあと、ラトは馬車に乗って新市街地に向かうと言った。

 大した距離ではないが、ドレス姿は歩き回るのに適しているとは言い難い。

 ちょうどいい辻馬車を探すあいだ、彼は饒舌に話し続けた。


「まだまだはっきりとはしていないし、確認しなければならないことは多いけれど、僕にはこの事件の真相がぼんやりと見えてきたよ」


 ラトの言葉を純粋に希望に満ち溢れたものと解釈するには、クリフは彼に備わった厄介な側面を見過ぎていた。

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