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その笑顔に会いたくて

作者: 七星銀河



大学に入って初めての夏。夏休みを前に、私は2ヶ月で失恋した。



まだキスまでの関係。ダメージは低いと思った。でも優しさに惹かれて告白したのは私。


それを失ったショックは大きくて、フラれた帰り道、何も考えられないままいつの間にか中心街の公園に来ていた。




公園のベンチに腰を下ろして見上げた空は今にも泣き出しそうな、という表現そのままの灰色。



雨はまだ降らない。けれど私の頬は濡れた。悲しくなってはらはらと涙が零れた。



失恋を実感した。





一時間近く?



グズグズ鼻を鳴らして泣いていると、これまたいつの間にかアイスクリームの移動販売が前方に停まっていた。



仕事帰りの若いサラリーマンのお客さんが何人かいる。


私、こんなトコで泣いてたんだ。それにもう夕方……。



ちょっとの恥ずかしさと夕刻という時間を気にしてアパートに帰ることにした。




ああ、家まで遠いなあ。帰ってもまた泣きそう。近くの友達の家に泊まりに行こうかな。グチ聞いてもらいたい……。



そんな、惨めな今後を考えていたら憂鬱になった。あ、ヤバい。いま泣きそう。泣き止んだばかりなのに。



一瞬、顔を歪めて口元を手で覆った。人も増えてきたし、もう泣けない。



と、そんな私の前に慌てて駆け寄ってきた人が。このピンク×オレンジの制服は……。



胸元のロゴに注目。前方のアイスクリーム屋さんだ。そこのお兄さんが何をしに?




全速力で走ってきたのか、お兄さんはハアハアッと息を切らしている。


私はポカンと眺めてたけど、息苦しさを残したままお兄さんは言った。



「泣かないで。これあげるから」



それはカップに入った青いソーダ味のシャーベット。


私の涙と同じ色。だけどツンと匂って私は涙を奥にしまい込んだ。



お兄さんの優しい笑顔と声。私も笑顔を返した。



「ありがとう」



当然のように受け取って感謝は伝えたけど、帰宅してから自分の常識のなさと図々しさに呆れてしまった。



でもその時は本当にただ無意識にそれしかできなかった。お兄さんも嫌な顔ひとつ見せず車に戻ったし。


そのお陰か、帰宅しても泣かずにすんだ。心は安らいでいた。




ありがと、お兄さん




優しい笑顔を思い出して呟いた。シャーベットも美味しかったな……。





お兄さんに会いたくて、翌日またアイスクリーム屋さんを訪ねた。



遠目にお兄さんがいるのを確認。車に近寄り今度はお金を払ってストロベリー味をひとつ。



「今日は笑顔だね」



覚えててもらい嬉しかったけど、すっかり泣き虫女扱いだ。恥ずかしい。




今日は晴天。アイスクリーム日和。昨日のベンチでお兄さんを眺めながら食べた。



大卒かな?私より少し年上だと思う。清潔感のある黒髪と爽やかな笑顔。ピンクの制服も似合っててかわいい。




とても好感のもてる気持ちのいい人。また週末に会いに行った。


今度は甘いチョコレート味をひとつ注文。そして名前を聞いてしまった。



「ワタル。大島ワタルです。そっちは?」



からかうような無邪気な眼差しに「ミキ」と短く答えた。



存在だけでホッとする。意識せず笑顔が出てしまう。居心地の良さに充実すら感じた。




勤務中のお兄さん。もっと話したいけど忙しくてそれきり。


プライベートでも会いたいな、と自然と思うようになった。



友達になりたい。LINE交換したいな。インスタとかやってるのかな。聞いてみようかな。



以前までの私なら積極的に話しかけてた。失恋のせいなのかな。少し臆病になってる。



自分のこと全く知らない異性と一からのお付き合い。ちょっと怖いんだろうな。




ワタルさん……か。何歳かな。バイトなのかな。家はどこなんだろう?



自宅でもお兄さんのことを考えるようになった。


日ごとに失恋の痛みも癒やされ忘れていった。そんな自分に何の疑問も抱かずに……。





また次の週末も会いに行った。けれど視線の先にその姿は見出せない。



あれ?お兄さんがいない。お休みかな?


それとも、常に笑顔を見せてくれるから油断してたけど、ストーカーのような私が怖くなったのかな……。



不安と寂しい気持ちを胸に振り向くと、お兄さんが立っていた。制服着てない。休憩時間?




初めて見る私服姿に何だかドキドキ。いつもより背が高く見えるのはそのせい?でも高いよね?




ドギマギとひとりで緊張している私の前で、お兄さんはあっさりと感情を口にした。


決断力のある男らしい性格みたい。



「待ってたんだ。仕事は休みだけど会いたくて。きっと来てくれると思ったから」



いつもの笑顔は消えていた。真顔のお兄さん。


人間だもの、当然たくさんの表情はある。でも別人のようで驚いた。それに会話の内容も。


もちろんこっちの方が重要で、驚きも大きくて……。




会いたいとか待ってたとか、それってどんな感情から?


突然すぎて……だけど私、期待してる。友達になりたいと思ってただけのはずなのに。




お兄さんはやっと笑顔を見せてくれた。突然すぎたと気づいたようで、戸惑う私と同様の困惑笑顔だった。



そうして、発言に補足するかのように自分のことを話してくれた。



「ミキと初めて会った日、オレもめちゃめちゃ落ち込んでたんだ。前日に彼女と喧嘩してさ」



今は仲直りしたのか、お兄さんにさほど寂しさは見られない。口調もサバサバ。


けれど少し強がってるようにも聞こえた。そのまま会話は続く。



「原因は彼女の浮気で、オレすごく腹が立って一方的に怒鳴りつけたんだ。で、次の日に君が泣いてるのを見て、ああアイツも泣いたのかなと思ったら無意識に体が動いてあの行動に」



あ、そっか……。初対面の時の優しさは私じゃなく恋人を思っての行為だったんだ。



ポッカリと体に空洞ができた。寂しさに泣きそうになった。私、勝手に何を期待してたんだろ。



それと……恋人いたんだ。そうだよね。でも私は友達でいいよ。友達でいいんだ。そうだよね?




胸中で自問自答を我となしに繰り返した。動揺は激しい。けれどお兄さんには強がった。



「優しいね。仲直りしたの?未練あるならやり直したら?」



もう泣く一歩手前。ワタルさんの微笑みが尚さらそれを誘った。


諭すような温和な口調が私の耳に届く。



「それはもういいんだ。オレもそれを感じてすぐに電話したんだ。ゴメンやり直したいって。そしたら本命はオレじゃなく浮気相手の方だからソイツとやっていきたいって言われてさ」



吹っ切れたような口調の意味が分かった気がした。


え?もしかして私、傷口をえぐってしまった?


ごめんなさいって謝らないと。




謝罪寸前、それを遮るお兄さんの声。私は黙って話を聞いた。



「結局オレはフラれてすごくヘコんだけど、そんな時いつも君の笑顔が浮かんでなぜか励まされて……」



急に照れ出すお兄さん。顔が赤い。でも聞いてた私もきっと赤い顔だと思う。


だって、私のこと考えてくれてたなんて。




この際ついでと感じたか、お兄さんは勢い任せにもう一言。



「ミキの笑顔が好きだ。今日はデートしたい。できればこれからも」



嬉しいセリフが次から次へと。でも感激に胸がいっぱいで声が出ない。


答えはもちろん『YES』。だから出ない声の代わりにブンブンと何度も首を頷かせた。



眼前には素直に喜び沸くお兄さんの姿。私の好きな笑顔。私も癒された笑顔。


私もこの笑顔が好き。大好き!





私たちは恋をした。恋はやがて愛に変わった。


笑顔を絶やすことなく、あの告白の日のふたりのまま今日も肩を並べて歩いてる。


季節はもう秋。寄り添うには最適な、恋人たちの季節……。




END.

Thank You!


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