【短編】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
誤字脱字報告ありがとうございます!
「お前と婚約してやる」
親友エリーゼの婚約者の弟ぎみで、私の三つ年下のティーノ様は、そんな風に私にプロポーズをした。
それまで天使の様だったこの少年が、ちょっと偉そうに胸を反らす様子はなんだか微笑ましくて、成長したんだなーなんて思わずにこにこしてしまった。
お姉さんに憧れてくれたの? 嬉しい。でも、あなたのお父様の侯爵様がお許しにならないから、無理だと思うわ。まあ、まだ子供なんだし、傷つけないように、お姉さんが優しく現実を教えてあげなくちゃ。
なあんて、ほわほわとしたことを一瞬思った後、私は塔の上から真っ逆さまに突き落とされた。あ、心情的にね。
「この婚約は、お前が行き遅れになって、誰にも貰い手がなくなった頃に終わりだ、覚悟しておけ」
天使の様だったティーノ様の暴言に、耳を疑ったわ。
そして、気づいた。
あ、これ、例のヤツだ。
そういうことね。それなら、侯爵様もお許しになるでしょうね。ええ。
私はこの先待ち受けているであろう自分の未来を考えて、一人遠い目をしてしまった。
バイバイ、私の甘い青春と素敵な結婚。ウェルカム、暗い老後かおひとり様人生。
こうして。
私、男爵家次女のニナ=カリーリ、十五歳と、侯爵家次男のティーノ=モンタルチーニ、十二歳の「格差婚約」がスタートしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
最近、格差婚約+婚約破棄が流行っている。
ここ、ティント王国では、夜会などの王室行事において、パートナー同伴が推奨されることが多い。そして、戦後の人口増加・結婚促進戦略のために作られた「三回同伴したら婚約申し込みしなければならない」という慣例が今なお残っているため、貴族の間では夜会に参加できる十七になると男女ともに婚約せざるを得ない状況に陥るのである。
そこで、平和になりつつあるこの時代、逃げ道として格差婚約+婚約破棄が流行りだした。まだまだ遊びたい、決めたくないという爵位の高い方々が、形式だけの為に後で婚約破棄しても問題の出ない爵位の低い家から婚約者を立てるのだ。
破棄された令嬢がその後どうなるかは、推して知るべし。ちょっとした社会問題になっていた。
うちは、男爵家で、ティーノ様は、侯爵家。
ということで、私もまた、この度その犠牲者の一人に名を連ねてしまった。
でも、世の中いくら格差婚約が流行ってるからって、これはないわ。
一番の理由は年齢だ。この国の貴族の結婚平均年齢は男性が20~23、女性は、18~20、ちなみに結婚できるのは、基本、男女とも十八からだ。そして、この平和な世の中、男性側の結婚平均年齢だけはどんどん上がりつつある。
私は三つも年上なのだ。いつまでこのおままごとに付き合わなければならないのか、考えるだに、げっそりしてくる。
しかし、なんで私なんだろう?
だって、こんなことしたら、家同士の関係が悪くなるのは目に見えてるじゃない。
私は、次期侯爵夫人のエリーゼの親友だ。そんな私の心証を悪くする必要なくない?
――ああ、ひょっとして、エリーゼとしょっちゅう一緒にいる私が、エリーゼの婚約者である、次期侯爵様に手を出すとでも思ったのかしら?
首に縄でもつけときたいってこと?
エリーゼがしょっちゅう私の事を侯爵家に呼びたがるから、おいしいお菓子目当てにのこのこついていった私が馬鹿だった。友達の婚約者のお家に遊びに行くとか、常識的にないわ。
その考えなしの行動の罰だというのなら、いいわ、甘んじて受けましょう。自分のしたことに責任を取るというのは、我が家の家訓だ。
せめて人道的な配慮をもって、この婚約が私が二十になるまでに破棄されることを祈るばかりだ。
後妻なら、まだいい。せめておひとり様人生だけは回避したい……。
◇◇◇◇◇◇
さて、私も十九になった。彼は、十六。
私は、どうにか、この婚約を破棄しようとあの手この手を巡らせた。
しかし、どうにもうまくいかない。
そもそもの原因が、私の周りの人間が、これを、婚約破棄前提の格差婚約だと思っていないのだ!!
はたから見ると、それ以外の何物でもないのに、なんで誰も現実を見ようとしないんだろう? 私の人生がかかっているのに。特にお父様!
そして、これが格差婚約だと誰も信じてくれない一番の原因が、婚約者のティーノ様にある。
「おいで、ニナ。疲れたろう? こちらに席を用意したよ」
「用事があるの? 僕が連れて行くよ」
「何かしたいことがあるの? 僕が何でも叶えるよ」
「プレゼントだよ。君の美しい夜空のような黒髪に似合う色を僕が選んだんだ」
「失礼。僕は、ニナとしか踊らないと決めてるんだ」
これよこれ!
誰よ、これ!!
なぜなら、人前での彼は、まるで私を溺愛してるかのように振舞うからだ。
こんな状態だから、裏では、彼が私にあんなひどいセリフを吐いてるってこと、誰も信じない。
ほら、そこのあなた。思ったでしょ?
そうそう、私も、はじめは思ったわよ。
最初の婚約申し込みの時は、ちょっとはずかしかったとかそんな感じでツンデレさんになっちゃっただけで、間違えてあんなこと言っちゃったんじゃないかしらって。
だってねえ、人前では、ザ・溺愛って感じだし、周りからはうらやましがられるし?
ほんとは、ティーノ様は私の事大好きなんじゃ、なあんて思ったこともあったわよ。
昔は、もっと天使だった時代もあったわけだし?
まあ、それがいつのまにか、あんな裏表男になっちゃったけど。
で、結論。
はいはい、そんなおいしい話はどこにもありませんでした!
ちょっとそれっぽいことを言ったら、
「誤解させるのはよくないな。これからは折に触れて思い出させることにしよう」
なんて言い出して、しょっちゅうこの婚約はいつ終わりだとか言い出すようになったわよ。もういいわよ。しつこいわよ。
だから、私は誤解したりしない。
今日は、二人きりのお茶会だ。侍女が、気を利かせてお茶の準備をした後、テーブルの上にベルを置いて去っていく。
行かなくていいのに。またあの暴言を聞くのは、慣れたとはいえ、気が重い。
全く、いつまでこんなこと続けるんだろう?
ああ、わかった。
「エリーゼの結婚までってことね」
さすがに、結婚してしまえば兄に手を出されるとか、そんな誤解はなくなるだろう。
思わず言葉に出すと、当然のように、冷ややかな対応が返ってくる。
「何がだ」
「婚約期間よ。婚約破棄するんでしょう?」
「時期は俺が決める」
「はいはい。でも、準備もあるんだから、早めに教えてくれると助かるわ」
「わかった」
結局、お兄様狙いだと思われて婚約者に選ばれたかどうかは、この反応ではよくわからない。
まあ、時期を早めに教えてくれるんならいいわ。この辺で妥協しておきましょう。
実は、最近、どうでもよくなってきてしまっていた。
はじめのころは、私も、早く婚約破棄して次の人、なんて考えてたんだけど、別にこの期間がもうしばらく続いてもいいかな、なんて思えてきてしまっていたのだ。
だって、ティーノ様は人前でだけでも、こんなに優しくふるまって、愛されてるなんて夢を見せてくれる。たとえそれが偽物だったとしても、溺愛体験なんて、そうそうできるものではない。
おまけに相手は、侯爵家次男のティーノ様だ。家柄の良さもさることながら、子供の頃天使だったティーノ様は、十六歳の少年と青年の狭間の今、それはそれは匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまっていたのだった。錫色の髪に唐紅の瞳はとても神秘的で、見つめられると、もう、これはこれでありなんじゃないかなっ、と私はだいぶ流されてきてしまっていたのだ。
この先結婚なんてしないかもしれないし、お年を召した方の後妻程度なら入ったりするかもしれない。けれど、おばあちゃんになった時に、こんな素敵な方に溺愛されてたのよ、なんて思い出があったら、晩年はそれはそれで楽しく生きていけるんじゃないかしら。その時は、もちろん、セットになる婚約破棄の思い出は、しっかり忘れてしまおう。溺愛モードだけ覚えておくのだ。私、忘れるの得意だしね。
なあんて感じに、そろそろ私が諦め始めた頃、それは起こった。
◇◇◇◇◇◇
王国の第三王女であるアデリーノ殿下が、ティーノ様をお気に召したらしい。
ティーノ様も、そんな殿下のところへ足繁く通っているらしい。
瞬く間にそんな噂が社交界を駆け巡った。
ティーノ様は侯爵家の次男だが、将来的には侯爵家が複数持つ爵位のうち、伯爵の爵位を受け取ることが決まっていた。でも、王女様が降嫁される場合は、その夫は侯爵の称号を賜ることが国家法として決まっている。王女様と結婚すれば侯爵様になれるのだ。
第三王女様は、ティーノ様と同い年で、学園で同じ生徒会役員をなさっているらしく、美人で成績優秀で性格もよいと評判だ。
これは、きっと、そういうことだろう。
諦めかけていた婚約破棄が、急に現実の事となって私の目の前に転がってきた。
これは、神様がくれたチャンスかもしれない。
努力しないと、罰が当たるというものよね。
私は、気持ちを切り替えて、今度こそ、うまくやらなくては、と慎重にやり方を考えることにした。
それから少したったある日の夜会。
いつものように、ティーノ様は私をエスコートして、溺愛ぶりをまわりに見せつけている。二人きりになって暴言を聞くのも嫌なので、エスコートを断って、一人で化粧室へ行って戻ってくると、ティーノ様と王女様が踊っていた。
王女様の流れる淡い金の髪がキラキラと光を反射して、細くたおやかな手足が、翻るレースの中に見え隠れする。ティーノ様は、王女様を支え、美しい足さばきで優雅にターンする。お互いに見つめ合い、小さく囁き合う二人は、ため息をつくぐらい美しい似合いの一対。
思わず、目に涙が浮かぶくらい美しかった。
王女様とのダンスを終えたティーノ様は私のところに戻ってきたが、なんだかぎこちない。いつもと違って溺愛モードにならないのだ。
ああ、王女様きれいだったもの。さては、演技する余裕もないほど、王女様にやられちゃったってことね。これは、案外早くに決まるのではないのかしら?
ふむ。
でも、私にあれだけ溺愛モードで振舞ってたのに、王女様からちょっと粉かけられたからってすぐに乗り換えるのは、周りからどう思われるかが心配よねえ。
これは、お姉さんが一肌脱ぐしかないわね。
まず、私は、社交の場には出て行かないことにした。
ティーノ様は、人前で一緒にいると、多分、今までの流れもあってあの溺愛モードに入らざるを得ないのだ。
王女様に乗り換えようというこの時期、あんな溺愛モードで振舞うティーノ様を人前で見せるわけにはいかない。
私は、本当はこんなことは失礼でしてはいけないのだけれど、ティーノ様の誘いをできる限り断ることにした。
「ニナ! どうなってるの? いくらなんでもティーノが可哀そうよ。あんなにあなたの事を思ってるのに、最近は会ってあげていないんですって!?」
ちなみに、エリーゼは、ティーノ様にすっかりだまされて骨抜きだ。親友なのに、一番頼りにならないことは学習済なので、私は彼女にこの件を相談することはとうにやめてしまっている。義弟の腹黒さをいくら言っても信じないんだから。
「はいはい、調子がよくなってきたら会うからって言っておいてー」
エリーゼには、適当なことを言ってごまかしておくことにした。
ごめんね、親友。
そんな中、ティーノ様がしびれを切らして我が家に来たりしたけれど、調子が悪いとか色々理由をつけて、無理矢理帰ってもらった。お父様が応対することになったので、後でお父様に呼びつけられてしまった。
「お前、ティーノ様とはどうなっているんだ。最近、王女殿下とティーノ様との噂がよく聞こえてくるが、それを気にしているんじゃ……」
「ねえ、お父様、婚約の件だったら、もういいのよ」
「だめだ、ゆるさん。あんな青二才にお前がいいようにもてあそばれて」
格差婚約だから事実かもしれないけれど、言葉の使い方がだいぶなっていない。誤解を招く言い方はやめてほしい。それに侯爵家のご子息を捕まえて青二才とかちょっとないと思う。お父様はこういうところがある人なので、今更指摘したりはしないけれど。
「もともと分かってたじゃない。それに、早い方がいいと思うの。もしかしたら、私も次があるかもしれないし」
「つ、次とは、まさか、お前、そういうことか」
「まさかも何も。普通考えるでしょ」
お父様、私にずっと家にいてほしいのかしら。それとも、破棄された後は、修道院へ行くべきだとか、古い考えをお持ちだったかしら?
そんな対応を繰り返しているので、最近、我がカリーリ男爵家とモンタルチーニ侯爵家がうまくいっていないという噂が出回り始めた。
その一方で彼が王女様と仲良くしているという噂が聞こえてくる。
なかなか下準備はうまくいっている。
◇◇◇◇◇◇
こうして、ティーノ様と距離を置いて不仲説を裏付ける演出をした後、私は、他の方と一緒に舞踏会へ参加することにした。これを何回か繰り返してから、婚約破棄を提案すれば、周りは違和感なく受け入れて、円満破棄になるんじゃないかしら?
どなたにお願いしようかしら?
悩んだ結果、後妻を募集されているお金持ちのマリーノ子爵様にお願いすることにした。白髪のナイスミドルなおじ様なのだ。私の参加しているサロンのチェス仲間でもあり、気心も知れている。
ちなみに、おじ様たちにも「三回同伴したら婚約」ルールが適用されるかは、ただの慣例だから微妙な所。でも、安全目に見て、二回までにしといた方がいいわね。婚約破棄された後、それを盾に婚約を迫られたくないでしょうし。
……、あれ? 逆に迫っちゃう?? マリーノ子爵、次の候補としては、かなりいいんじゃないかしら。優しくて、ふるまいもエレガントだし、私、結構好きなのよね。まあ、これは今後の話。今は、まずは、婚約破棄だ!
さて、今日は、ティーノ様に会わなくなってから、初めての舞踏会だ。
私は子爵様にエスコートをお願いして王宮まできている。
馬車から降りるときはしっかり、横を歩くときは、そっと触れる、そつのない素敵なエスコートだ。
適度な距離感が心地いいし、安心する。
ティーノ様だといつもは……、はっやめやめ!
今日の私は、子爵様に夢中なの! あの溺愛モードがなくて寂しいなんて考えちゃダメっ……て、考えちゃってるよ。馬鹿な私。
今日の舞踏会を選んだ理由は、王女様がいらしているのにティーノ様が来ていないという、またとない機会だから。
私も子爵様も、王女様に直接ご挨拶に伺えるような身分ではないので、お目に留まるように近すぎず、遠すぎない場所をマリーノ子爵と一緒に歩いた。
見てくれたかしら?
王女様の視線がこちらに来たような気がする。
すると、しばらくして王女様からお呼びがかかって、私は王女様がお座りになっている上座の席へと向かうことになった。
マリーノ子爵は心配して近くまでついてきてくれた。
何かあったら飛び出しておいで、と優しく言ってくれるのが、とても心強い。
周りはもちろん興味津々で、私の動向をうかがっている。
さあ、うまくやるわよ!
王女様は、椅子に座って私をお待ちだった。
以前見た時も思ったが、本当にお美しい方だ。前回は遠目にしか見えなかったがこうして近くにまみえると、けぶるようなまつ毛の下の生き生きとした目の輝きと薔薇色の頬が、とても魅力的だ。ティーノ様の好みは中々いいわね。
取り巻きのメンバー五人ほどが、側のテーブルや椅子でこちらを見ている中で、王女様は私に向かって口を開いた。
「あなたがティーノの婚約者ね。なかなか可愛らしい令嬢ね」
「ご挨拶申し上げます。麗しき白百合の君、アデリーノ王女殿下。ティーノ=モンタルチーニの婚約者のニナ=カリーリでございます。今のところは、ですが」
これは、チャンスなのだ。
王女様の圧力で婚約破棄、ならば、彼も私もそれほど体面を傷つけず婚約破棄できるはず。
彼の体面を傷つけない方法を色々探っていたが、やはり、王命に逆らえず、というのが、一番無難な幕引きだと思ったのだ。
それに、私もやむなく身を引く体を作れば、もしかしたら、私の事をかわいそうに思って、誰かもらってくれるかもしれなくない? なんて打算もちょっとあったりするけれど。
「今のところは、ね」
殿下は、私の顔を推し量るように見つめてくる。三つも年下とは思えない落ち着きようだ。
「はい、おっしゃる通りでございます」
いい感じ。
もう一押し。
でも。そこへ予期せぬ事態が。
その場へ、ティーノ様が駆け込むような勢いでやってきたのだ。
ええー なんで来ちゃうのー? せっかくティーノ様がいない夜会を選んだのに。
もう、ややこしくなる予感しかしない。
「あら、ティーノ。今日は大事な用があるからと言って、私のエスコート役を断ったわよね」
アデリーノ殿下の声に、ティーノ様は、さっと、王女殿下へ拝謁の礼をとると、堂々ととんでもないことを告げる。
「体調をとり戻した婚約者が出る久しぶりの夜会です。私には、それより優先すべきことなどありません」
ええ? 何余計な事言ってるのよ! このばかばかばか。
もう、溺愛モードはいらないのに! この馬鹿は、私が側にいると、溺愛モードをやらずにはいられないらしい。もういい加減にすればいいのに。
せっかく私がうまく誘導してたのに、全て水の泡だ。
もう、ここでこれ以上私が何か言っても、状況を悪くするだけだ。王女様に、婚約者は渡さないよアピールだと受け取られたら厄介だ。
私は速やかに撤収することにした。
「王女殿下、私はこれで失礼いたします。本日エスコートしてくださった子爵様があちらでお待ちなので」
ティーノ様がこっちを振り返る。
もう、――なんでそんな泣きそうな顔してるのよ!
その表情に、私は胸を突かれるが、ここでほだされるわけにはいかない。
「ティーノ様、お久しぶりでございます。私は本日はこれで失礼させていただきます、ごきげんよう」
私は、笑みを浮かべたまま、ティーノ様の前を通り過ぎる。
おとなしくしてなさいよ。
待て。
できるでしょ?
しかし、そんな私の期待は空しく、ティーノ様は、私の前に立ちふさがると跪いて私の手を取った。
「ニナ。体調はもう大丈夫なの? 心配したよ。さあ、今日は、僕が送るよ」
「お放しくださいませ。私、今日はマリーノ子爵にエスコートをお願いしておりますの」
「ああ、僕が断っておいたから、大丈夫だよ」
もう、何考えてんのよ! こんなことしたらあなたが王女様と後でくっつきづらいじゃないのよ。
それとも、こんなに溺愛してくれる婚約者を振るなんて、どんな悪女だと私がののしられるパターンでいくつもりなの? そんなに私を悪者にしたいってこと?
どんどん私の円満婚約破棄が遠のいていく。
「勝手なことをしないでくださいませ」
「ニナ、すねないで。僕も会いたかったんだよ。どういうわけか男爵が会わせてくれなくて、今日だって知ってたら絶対に僕がエスコートしたのに」
それは私が頼んだからよ。
そうしてる間にも、ティーノ様はいつの間にか立ち上がって、私の手をなで、頬を撫で、ついには抱きしめてしまっている。
ここまではもう自然に、いつも通りの流れで。
なので、私も、ついつい止めそこなってしまった。ここが王宮の舞踏会だということも忘れて。
そして、ティーノ様は、いつも通り、私の後頭部を押さえて、顔を上に向かせると、そのままキスをした。
ティーノ様とのキスは、実は、初めてじゃない。
どころか、ティーノ様は、キス魔なのだ。
昔から――婚約する前の本当に小さい頃から、私たちはおままごとのようなキスを繰り返してきた。
私は、彼がキスしてくるのを拒まなかった。
だって、年下の男の子だもの、子供のじゃれ合いみたいなものを邪魔しちゃ可哀そうでしょ。
でも、彼のキスは、だんだん可愛らしいついばむようなキスから、足腰が立たなくなるようなキスに変わっていった。
今日も、そんなキスをする。
腰が砕けそうな私の体を支えて、誰にも聞こえない声で、小さく囁く。
「ニナ。なぜ会ってくれないの? 僕を嫌いになってしまったの?」
そして、いつも、キスの合間に蕩けるような甘い囁きを残して私の奥底を揺さぶるのだ。
さらに言うと、ティーノ様は、人前で見せつけるようにキスをするのが好きだ。自分はもう大人なんだと示したかったのかもしれない。子供のちょっとしたおねだりとして、私も受け入れてしまっていた。
ただ、今までは、人前と言っても、侯爵邸の中の本当に親しい人達の前だけだったり、知り合いが全くいないお忍びの街中などでだけだった。――まあ、エリーゼや侯爵邸の使用人たちにはしょっちゅう見られてただろうし、街中では街娘と商家の息子として色々な人に見られてたと思うけど、それが貴族社会に漏れることはなかった。
それなのに今日は!
王女様は、顔を真っ赤にしてこっちを見てるし、取り巻きの子たちはキャーキャー叫んでるのがぼんやりと聞こえてくる。
私は、くらくらしながら、止めなければならないのに、ティーノ様の服の端をつかむばかりで押し返すことすらできなかった。
彼は、ふらつく私の手をとり、腰を支えて、その場を辞すと廊下をずんずん歩き、空き部屋に私を押し込んだ。
「お前! どういうつもりだ」
ぼうっとする私に冷ややかな怒りをぶつけてくる様は、いつも通り、二人きりになった時の彼だった。
ええ、分かってたわ。
私はすぐに夢から現実に引き戻された。
間違えてはいけない。これが現実だ。
私の今までの覚悟と努力が台無しにされたのが思い出されて、私もだんだん腹が立ってきた。いつもなら受け流すのに、なんだか余裕がない。
「何よ、誰も悪者にならないように、うまく婚約破棄できるところだったのに、そっちこそなんで邪魔するのよ! どうせ婚約破棄するんなら、あれに乗ってくれればよかったのに」
「俺が決めると言っただろう」
「はいはい。いつでもいいと思って、私がほっといたのもいけなかったけど、もう、いい加減付き合ってられないわ。もうおしまいだと思うし、この際だから、言わせてもらいます! いくら格差婚約だからって、ひどいと思うのよ。せめて私が行き遅れになる前に婚約破棄するとか、気を使ってほしいのよね。うちは、侯爵家に借金があるわけでも、借りがあるわけでもないんだし! 人道にもとる行為だわ」
「何を言ってるかわからん」
「はあ、馬鹿なの? 行き遅れになった頃に婚約破棄だって、口癖みたいに繰り返してたのはそっちでしょ! せっかく行き遅れ前に婚約破棄できそうだったのに! あの流れなら、誰か私を哀れに思って拾ってくれたかもしれないのに! あんなに知り合いがたくさんいるところで、ああああんなキスしたら、私もう、お嫁に行けないじゃないー!」
「おい」
「私はもう、傷物よ」
口に出して言ってしまうと、だんだん心が逆立ってやさぐれてしまう。
「ちょっとまて」
「もうやだ、修道院に行くしかないわ。あ、侯爵家で寄付金払ってよね。慰謝料でそれぐらいはくれるでしょ」
「いや」
「請求するから! じゃあね!」
私は怒りに任せた振りをして部屋を飛び出した。
マリーノ子爵様が運良く近くにいらして、送ってくれることになったので、本当に良かった。
これ以上あそこにいると、怒りよりも、もっと違う感情で、ティーノ様の前で泣いてしまいそうだった。
余計なことを考えちゃだめだ。
私は、今は、怒ればいいの。
そう、そう、人前であれはない。ほんとにない。
しばらく、いや、もう一生人前に出れないかもしれない。
男の子は、キスが好きなんでしょ。
やりたい盛りだしね。
年上の婚約者は、練習するのには最適だものね。
あんたのキスはすごいわよ! きっと王女様も喜んでくださるわよ!
でももう、付き合ってらんない。
◇◇◇◇◇◇
「お父様! 私達、とうとう決めましたわ!」
次の日の朝、私は朝一番にお父様の書斎に駆け込んだ。が、そこにいる人物を見て、動きを止める。
ティーノ様がいる。
私は怒っているのだと自分に言い聞かせると、彼を見て、精一杯冷たく言い放つ。
「ああ、婚約破棄の手続き書類をお持ちになったのね。なかなか行動が迅速でいいわね。私に、あんな辱めを受けさせて傷物にしたんだから、それ相応の保証をお持ちくださったんでしょうね」
お父様が、途端に目を剥いて、ティーノ様を見る。
「おい、言ってることが違うじゃないか! ニナ、傷物って……」
ティーノ様は、お父様の前から一歩を踏み出す。
「ニナ、もう、婚約は終わりにしたい」
ほう、とうとう言ったわね。お父様の前で、初めて言ったわね!
「いや、ちょっと、傷物って……」
「いいでしょう。条件をお見せくださいな。私、どうせなら待遇のいい修道院にいきたいの。この年まで付き合って、傷物にされたんですもの。ご検討くださいましたわよね」
「まさか、まさか、もう……」
「わかった。手続きをしよう、ニナ」
いや、そこでなんで手を握るかな。
もう、溺愛モードはいらないんですってば。
それになんで嬉しそうなのよ! 失礼ね! ちょっとは申し訳ないとか、残念そうな顔しなさいよ!
私は、イラついてティーノ様の手を振り払った。
ティーノ様は私に手を振り払われてショックを受けたようにこっちを見る。
泣きたいのはこっちよ。
「いや、お前達、明らかに通じてないから! それより、傷物ってどういうことだ? まさかお腹にもう」
お父様がうるさい。
ティーノ様は、私とお父様の様子を見て、何かを言いかけて、口をつぐむ。
その様子にまた、もやっとしたものがこみ上げてくる。
はー、と私は、大きなため息を吐いた。
仕方ない、最後だ。
この男は、人目のある所では、本心を語らない。
私は、ティーノ様の手を引くと、お父様を放置して書斎を出る。床を踏み鳴らして廊下を抜け、ティーノ様を自分の部屋へ引き入れて、後ろ手に扉をしめた。
「な、なななんでこんなとこに連れてくる!?」
「こんなとこって失礼ね! 私の部屋よ。そりゃ侯爵邸みたいに広くないかもしれないけど、私が毎日寝起きしてるベッドに着替えしてる部屋よ!」
ティーノ様はなんだか挙動不審だ。
「さあ、誰も見てないわよ。もう最後だし、思う存分、本音をどうぞ?」
私は腕組みしてソファに腰かける。
彼は、いつもの傍若無人ぶりが嘘のように小さくなっている。
まあ、私の態度もいつもと違ってひどいものだものね。
「俺は、お前が……」
もにょもにょ言って聞こえない。
「……」
私は、それを見ると、小さい子をいじめているような気分になってきた。まあ、最近すっかり忘れていたが、彼は三つも年下なのだ。私は、少し気を取り直して諭すように話しかけた。
「わたしから先に、本音を言うわね。この間も言ったと思うけど、もうやめたいの。私たちの婚約は、まあ、あなたは小さかったからわからなかっただろうけれど、色々おかしかったわ。人前でだけの溺愛もキスも、子供のすることだからと思って付き合ってたけど、あそこまでする必要なかったと思うわ。婚約破棄前提の格差婚約だってばれるのが嫌だったのかもしれないけど、練習なら、もう十分じゃないかしら? あたなたはもう十分立派になったわ。あなたに溺愛されているように振舞われると私だってうっとりしてしまうし、キスだってとても……ええ、上手だと思うわ」
ほんとかっと嬉しそうにいらぬ突っ込みを入れる彼を無視して、私は話を続ける。そこは重要ポイントではない。
「あなたには王女様との話も出てきてるし、この辺が潮時なんじゃないかしら? 私にもよい頃あいだと思うの。さっきは当てつけのように修道院と叫んでしまったけれど、あと数年はがんばってみることにするわ」
傷物だからもらってくれる人がいるかわからないけど、というのは今度は飲み込んだ。別に、今さらどうにもならないことで彼をなじるつもりはないのだ。慰謝料はしっかりもらうつもりですけどね。
私がここまで折れれば、彼も話しやすいだろう。
しかし、ティーノ様は、それでも、
「もうちょっと、待ってほしい。もうすぐなんだ」
と、煮え切らない返事だ。
「じゃあ、書類だけは、書いてください。貴族院への提出は後でもいいわ。ただ、もう会いたくないわ」
「いやだ!」
ああ、これだけ言っても、伝わらないんだ。
だって。
だって、私は、もう、耐えられないのに。これ以上はもう、私が限界なのだ。
「もうやめてよ。会うのは嫌なの。会うと勘違いしちゃうじゃないの」
絶対言わないと決めていた本音が震える唇からポロリとこぼれてしまった。
こうなると、もう止まらない。
「私が立ち直れなくなる前に、もうやめたいのよ! このあと、あなたの婚約者の立場のまま、王女様と仲良くなっていくあなたを横でずっと見つめていくの? 溺愛される婚約者の振りを続けながら、あなたが飽きる日をずっと待ち続けるの? ねえ、幼馴染に多少の友情が残ってるなら、この辺りで私を自由にしてほしいわ。――私達、もう、大人になりましょう?」
途中から、涙がこぼれてしまった。
でも、最後まで言うことができた。
ティーノ様は、唐紅の瞳に耐えられないというような苦し気な光を乗せて、私の方を見る。ポケットからハンカチを出して私の涙をぬぐおうとしたが、私はその手を振り払った。
ティーノ様は、ぐっと唇をかみしめると、下を向き、小さく何かをつぶやいた。
「……もう、むり」
「え?」
「ニナ姉さまの望みをかなえようって頑張ったけど、僕には、もう無理だよ」
いきなり昔の呼び方で話しかけられて、私はびっくりした。ニナ姉さま、という呼び方は、昔の天使だったティーノが、私を呼ぶときの呼び方だった。
「ニナ姉さまが望んだんだよ? ニナ姉さまが、婚約者は、自分を溺愛してくれる、大人っぽい王子様みたいな人がいいって言うから」
え?
「人目が気になって難しいって言ったら、ニナ姉さまが、人目が気になるなら、演技すればいいっていうから! だから、ニナ姉さまの好きな、溺愛王子様を頑張って演じてたのに」
は?
「僕だって、ニナ姉さまと二人きりの時にも、ニナ姉さまの好きな溺愛王子様をやりたかったよ。でも、二人きりだと緊張するし、うまく演技できなくて昔の僕に戻っちゃいそうになっちゃうし。だから、いつも二人きりの時は、あんまりしゃべれなくて。そのせいで、ニナ姉さまは、僕の事、変な誤解して婚約破棄とか言い出すし。だから、もう無理だよ!!」
誤解?
「ニナ姉さま。嫌わないで。お願い、僕を、捨てないで!」
ええと?
誰だ、これは?
◇◇◇◇◇◇
私は、エリーゼの結婚式の衣装合わせの付き添いで、今日も侯爵邸に来ている。
「ひどいわねー。私だって覚えてるわよ。ティーノがあんなにニナのために溺愛王子様をがんばってたのに、ニナってば、すっかり忘れちゃってるし。それに、可愛いニナが目をつけられるのが心配だから学園に上がる前までに婚約しないとって、ティーノがどれだけ頑張ってたことか」
「あー」
私は、封じられていた記憶をだいぶ思い出していた。
思い出してみれば、エリーゼが、やけにティーノ様の肩を持つのは当然だった。
どうやら、私の記憶は、魔術の力を借りて一部蓋をされていたらしい。それは、ティーノ様が望んだことだったが、先日、あまりの掛け違いに耐えきれず、ティーノ様が強制解除されたのだ。それ以来、少しずつだけど、色々思い出してきている。ちなみに、魔術契約については、当事者以外には話せないので、周りの人々は、この件は、単に私が忘れてたんだと思っている。理不尽だ。でも、思い出した今は、私の願いを叶えようとしてくれたティーノ様の気持ちも嬉しくて、とっくに許してしまった。
『ごめんなさい、姉さま。姉さまに、立派になった僕を見てもらいたくて始めた演技なのに、あんな誤解をされちゃうなんて思わなかったんだ。だって、結婚する時には、婚約って破棄されるんだよ。ずっとそのことだと思ってたんだ』
『ニナ姉さまの思い込みの激しさと素直さとだまされやすさを甘く見てた』
『思い出して? 僕は、昔から姉さまが大好きで大好きで。ずっとプロポーズしてたでしょ? すぐにでも結婚したいぐらいなのに』
『アデリーノ殿下のところへ通ったのは、ニナ姉さまが、二十歳までに結婚したいって言ってたから! 僕が十七歳で結婚できるように、王家から特例を出してもらおうとして働きかけてたんだ』
王女殿下とのあれこれもそんな落ちだった……。
一部、馬鹿にされてたような気もするけれど、まあいいわ。
あれ以来、ティーノ様には、二人きりの時まで無理して溺愛王子様を演じなくていいよって言ってある。そうしたら、いなくなってしまったと思っていた私の天使が帰って来た。
外では、溺愛王子様、二人っきりの時は天使。私は今、幸せをかみしめている。
「もう、あんなに人前でべたべたべたべたべたべたしておきながら、ニナったら何を言ってるのか、私にはさっぱりわからなかったわ。ふふ、でもよかったわ。おめでとう、ニナ」
まわりのメイドさんたちもうんうん頷いている。
「お坊ちゃまは、ニナ様に小さいときからべったりでしたものね」
「うらやましいくらい愛されてますのに、婚約を誤解されてたなんて」
「……だって、うちは男爵家だし」
「まあ、本当に格差婚約だったとしても、大丈夫よ。最近は、既成事実があると、婚姻が強制執行されちゃうらしいし?」
「き、既成事実って……」
「聞いたわよ。舞踏会で、公衆の面前で、すごいことしたんですって?」
「な、そうだけど、き、きき既成事実なんてほどじゃないわ!」
私が真っ赤になって慌ててるのに、エリーゼは楽しそうだ。
「ふふ。もう、赤ちゃんまでいるくせに何言ってるの? 夜会で、傷物になったから、修道院で産む、なんて痴話喧嘩してたって話題になってたわよ? 親友の私にぐらい早く教えてくれたっていいのに。この間は、男爵様が、お腹に赤ちゃんがって、駆け込んできてたし」
え? え? 私は、自分のお腹に手を当てる。赤ちゃんがどうやったらできるかなんてもちろん知っている。そしてそんな覚えはない。――でも、これもひょっとして思い出していないだけ??
さーーっと血の気が引いていく。
「お義父さまが、今日は、ニナの分もドレスの衣装を作るって大慌てだったわよ。さ、採寸しましょ。合同結婚式ね。楽しみ」
「はあ?」
それから、私は、何とかエリーゼの元を逃げ出して、試験を控えて勉強中のティーノ様を探し出した。周りの使用人たちが、さっと去っていく。
「ティーノ様……」
「ニナ姉さま! 僕のところまで来てくれたの? 嬉しい。ちょうど、これが終わったら会いに行こうと……。あれ、怒ってる?」
「怒ってるわよ、当然です! あらぬ疑いをかけられて! 侯爵様への誤解をどうして解いてくれなかったのよ!? ……誤解ですよね?」
「あ、結婚式のこと聞いたんだ。ちょうど王家からの特例許可も下りたんだよ。アデリーノ殿下がね、僕たち二人のキスシーンを見て、いたく感動したらしくって。だから、ちょうどいいかなって」
「うわああ、何それ、何それなんでそんなことになってるの? 特例許可の理由がそれってないでしょう!?」
王家からの結婚の特例許可は、結構簡単に降りる。それも、馬鹿みたいな理由で。そして、その馬鹿みたいな理由は、恒例のように、結婚式で披露されてしまうのだ。
もう、晒し者決定だ。
私は、もう小さくなって肩を震わせながら、顔を伏せた。
「け、結婚はいいんですけど。さすがに、令嬢として、結婚前の既成事実とか赤ちゃんとかは、言われちゃうのは、な、なないと思うんだけど!」
いつの間にか、ティーノ様が、私の座っているソファの横に跪いていた。下を向いていた私の頬に手をあてて、私の髪をかき上げた。
ティーノ様の熱のこもった目が、こちらをのぞき込んだ。
「誤解? ほんとに誤解だと思うの? 実は、まだ思い出してないだけだと思わないの?」
まさか。
思わずお腹に当てた私の手を、ティーノ様が上からそっと握り締める。
「僕たちがそういう関係だって、忘れちゃったの? ここに僕たちの赤ちゃんが」
「――将来、できるといいね」
「な、なな何よ! だましたわね」
「だって、また変な誤解してニナ姉さまが逃げ出そうとしたら大変じゃないか。この際、何でも利用してしまおうかと思って。大丈夫、おじ様にも父様にも、あとでちゃんと誤解をとくから」
「絶対よ!」
なんか私の天使が腹黒くなってるような気がする。
「ねえ、ニナ姉さま。僕、ちゃんとプロポーズしてないんだ、今からしていい?」
「う、うん」
色々思い出した身としては、小さい頃から何十回とされたような気がするんだけど。ちょっと嬉しくなって頷いてしまった。
「ニナ。小さなころからずっと好きだったよ」
それは、いつものくすぐったくなるようなニナ姉さまって呼び方じゃなくて、とてもどきどきする。
「僕の手を引いて、どこにでも連れて行ってくれて、僕の我儘を真剣に聞いてくれて、一生懸命叶えようとしてくれて、とても嬉しかった。今度は、僕がニナの願いを何でも叶えてあげたいんだ。一生側にいて僕がニナの願いを叶え続けるから、僕と結婚して」
「うん」
涙が出るくらい幸せだ。
「でも、ダメなときは、ちゃんと言ってね」
そういうこと言うから、何でも叶えたくなるんだよ、と言いながら、ティーノ様は、跪いたまま、私の髪を両手でかきあげた。
「キスしていい?」
「うん」
ティーノ様は、ほんとに小さい天使の時から、キスが好きだったわ。
私のお膝に乗って、私の顔を見上げて、小さな手で今みたいに、私の髪をわちゃわちゃしながら、ちょんとついばむようなキスをするの。
思い出に浸っていると、いつのまにか、彼の向こうに天井が見えていた。
あれ?
そして、かみつくような、体の奥が熱くなるようなキスをされたのだった。
――私が、この天使が、天使のくせに、とんでもなく手が早いということを知ることになるのは、もう間もなく。
誤解じゃなくなってもいいよね? そんな天使じゃなくて悪魔のささやきが聞こえたような気がした。
もちろん、そんなことになる前に蹴り飛ばしたけどね!
ご覧いただきありがとうございました。
連載中のシリアス作品に息切れして、ちょっと明るいお話を書いてみたくなりました。
最後の一文は、つけるかどうか迷ってしまいました。どっちがよかったろう??
この作品がお気に召しましたら、こちらもどうぞ。どちらも、3,4万字ぐらいの短めのお話で、世界観は同じです。お気軽に楽しめると思います。
【完結】最近、婚約破棄が流行っている~格差婚約+婚約破棄、間に合わせ婚約者が幸せになる方法~
→内容:男爵令嬢レイアちゃんが、格差婚約で、侯爵家のクアッド様に求婚されながらも、ひたすら平民の恋人レン君を思い続ける、もう、ひたすら可愛い話です。甘々な番外編も楽しんでください
【完結】最近、格差婚約が流行っている ~格差婚約+強制執行、間に合わせ婚約者と幸せになる方法~
→内容:公爵令嬢のフランチェスカが、子爵家のシルヴィオに格差婚約を申し込んで、親友の王子様の手を借りて、あの手この手で既成事実を作って、結婚に持ち込もうと頑張るお話。でも、王子様はほんとはね……。かっこいいセリフをいっぱい詰め込んだ(趣味に走った)作品です。ハッピーエンドだけど、切なさ満載。作者的にはおすすめ。
ポイント、励みになります。お気に召しましたらポチポチ頂けますと嬉しいです。