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1 思い出しました

「はぁっ! 本当に美しいわ。流石に私のイチ推しよねぇ。あぁ……持って帰りたい。ずっと側に置きたい」


 その方はピッと背筋を伸ばし、目はしっかりと壇上を見つめている。私は扇を口元に当て、誰にも聞こえない声で呟き小さくため息をつく。


「あの真面目さがまた庇護欲を唆るのよねぇ」


 春麗らかな陽射しが暖かく差し込む大講堂での入学式で、私からは少し離れたところに座るその方の横顔を、私はポォーッと見つめていた。


〰️ 


 十歳のある日、私は盛大にパンを喉に詰まらせた。前日に拾った小鳥の雛が可愛くて可愛くて、早く会いに行きたくて、朝食を貪るように食べていたせいだ。

 胸を叩いても、水を飲んでも流れず、とうとう私は白目を剥いて椅子ごと倒れた。


 それからのことは倒れていたのでわからない。自分の部屋の大きなベッドで目が覚めると、お父様お母様は泣き腫らした目で更に泣き出した。ツンデレのチレナドお兄様は、私のコメカミにグリグリをした。お兄様の目も腫れていたから、ちょっぴり痛かったけど、『テヘヘ』と笑ってみせた。


 お医者様に『もう大丈夫』と言われ『ゆっくり休みなさい』と家族も部屋を出た。


 大きなベッドの真ん中で私は記憶の整理をすることにした。


「はぁ、こんなことって本当にあるのね」


 誰が聞いているかわからないので小さな声で呟いた。


 子供部屋としてあり得ないほどの広さに子供には似つかわしくないソファセット、大きなベッドは天蓋付き、天井にはシャンデリア、壁一面の扉の中にはドレスや靴や宝石が詰まっていることを知っている。


 私はベッド脇のサイドテーブルに置かれた手鏡を手に取った。


「はぁ、確定ね」


 何度目かわからないため息を吐く。

 そこに映っていたのは、黒目黒髪さえない目元に上向きの鼻と膨れた頬……


 ではなく、白磁の肌に、大きな瞳は青藍色で、マリーゴールド色の髪は緩くウェーブがかかりふわふわしている。小鼻は小さく鼻筋は通り、頬はほんのりとピンクで、プルプルの唇は何も付けていないのに艷やかでキレイなピンク色をしていた。


「ありえないわぁ。何この艶。何この肌目。いくら十歳でも、これはチートでしょう」


 自分の頬をつねりながら鏡の中を凝視する。毛穴も見えない。

 現世なら生まれながらに勝ち組だったなと思わせるほど可愛らしい。


 そう、私は前世を思い出した。


 今の私は、アンナリセル・コヨベール。コヨベール辺境伯の長女だ。家族はベッド脇にいてくれたあの三人。甘々のお父様お母様とツンデレのチレナドお兄様。


 十歳までの記憶ははっきりしている。


 いわゆる天真爛漫、明朗闊達。家族や使用人には天使だともてはやされ、それでも驕ることなく、笑顔を絶やさず誰にでも手を差し伸べる。それでいて明るく元気いっぱいって……。


 すでに全てがチートだぞ。


 私は私にため息をつきたくなった。


「アンナリセルかぁ。本当に根っからの主人公なのねぇ」


 自分の状況把握をしていたものの、ショックの大きさと、これからへの不安で、考えることを頭が拒否した。

 私は頭からフワフワな掛け布団を被り、再び眠りに落ちることにした。

 

〰️ 



 さて、睡眠学習ならぬ、睡眠回顧で気持ちを復活させた私は、これまでの生活の改善をすることにした。


 確かに私は朗らかで天使だ。たが、知識がいかんせん足りない。


 ここは辺境伯領だが、隣国と友好条約を結んでからすでに百年以上。それって曾曾お祖父様の時代だ。

 守る関所は出入国料と万が一のためだけであるし、この世界には魔法も魔獣もいない。

 大きな山には野生動物が多く生息するが、熊が暴れることなど、前世の日本という国でも時にはあったことなのだから、自然溢れるこの世界では当たり前のことである。

 それでも辺境伯として軍隊は持っている。隣領が面してる国とは小競り合いがあるので、それの応援には行っている。

 

 というわけで、自然に囲まれた辺境伯領で、『軍の中から有望な者に娶らせてずっと側で見守ろう』と考える家族は、アンナリセルはそのままでよいと私を自由にさせてくれていた。

 私はまだ十歳なのに、すでに離れの家の建てる場所は決まっていて、それは思いっきりコヨベール邸の敷地内であった。


「リセルが十六歳になったら着工しよう」


 お父様とお母様は私の家の計画図を広げては『孫は5人だ』とか『自分たちの部屋もあった方がいいのでは』とか、楽しそうに話していた。


 何度も言うが、私はまだ十歳だ。


 倒れてから一週間後の朝、私は家族の揃った朝食時に覚悟を決めて口を開いた。


「お父様。私に、いえ、わたくしにマナー講師と手習い講師とダンス講師を付けてくださいませ」


 家族は目をまん丸にした。手習い講師とは刺繍や生花、オシャレ、音楽、ゆくゆくは絵画などまで教えてくれる女性の趣味を良くする講師だ。


「それと、お兄様のお隣に座らせていただくだけでいいので、お勉強の時間もお願いいたしますわ」


 家族の口は床に届かんばかりに大きく開いた。


「リセル。まだ熱があるのかい?」


 お母様が震える声で曰う。隣に座っていたチレナドお兄様がやおら立ち上がり私の額に手を当てた。


「母上。熱はないようです。ですが、先日、頭をぶつけたのかもしれませんね。もう一度医者を呼びましょう」


 お父様はあまりに呆けて口もきかない。


「ち、違いますっ! わたくし、考えましたの。先日の失態は、わたくしが『淑女は小さなお口で美しく食べる』というマナーというか常識というか。

とにかくっ! それを知らなかったから起きたことではないかと思ったの!

 ……ですわ」


 私は意見をはっきりと言う習慣になっていた。しかし、淑女はそんな大きな声は出さないはずだ。なので、大きな声を少しでも和らげるべく最後に『ですわ』を付けてみた。


 が、私の『ですわ』のタイミングで家族がお笑いを彷彿させるようにキレイにコケた。本当に仲の良い家族なのだ。


「そ、そうか。リジェリア―私のお母様―、君は誰か心当たりはあるかい?」


 お父様はリジェリアお母様に聞くが、お母様は首を横に振った。お母様は大変美人でスタイルもいいのだが、思いっきり武道派だ。今日も今日とて朝から乗馬服を着ている。普段から領内視察や狩りなどを率先してやる、いや、やりたがる方なのだ。さらに実家は子爵家で、三女であり、そちらも田舎なので、マナーなどは少ししか習っていないという。


「うむ。では、友人に頼むとしよう。

リセル。しばらくはかかるがお前の願いはわかったよ」


 お父様の笑顔に私は大きな声で返事をした。


「ありがとう! お父様!」


 ハッと気がついて私は慌てて口を手で隠した。家族はそんな私を見て楽しそうに笑っていた。


「ハッハッハ! 中身はリセルのままだね」


 お母様は豪快に笑っていた。

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