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欠けているもの  作者: たき
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8

 五橋の悩みは食事が終わるまでに解決するものではなかったらしい。


 そしてなぜか、店を出てエレベータの中でジロジロとぶしつけな視線を浴び続ける羽目になった。

 私が何をしたっていうんだ。


 それにしても五橋という男は遠慮しない。ふてぶてしいとも言うんだろうな、こいうのは。

 相手が女性だろうと男性だろうと、そうジロジロと見るものではないだろうに。そう思って、ジロリと見返してやる。


 「やめろ」


 んん?


 「その顔やめろ」


 これならばいいのだろうか。


 「お前には恥という概念がないのか」


 「なにほぅいふ、おまへあー」


 顔に当てていた両手を強制的に外されてしまう。


 「暴力反対だぞ五橋」


 「誰が暴力だ。この場で変顔している方がおかしいだろうが。女捨ててんのか」


 「五橋はすぐに女捨ててるのかっていうけどなー、これだって、お前がこの顔をやめろと言ったからだろう」


 ぶーっと頬を膨らませてみせる。おおいに不満だ。不満はそう思っていると伝えねばならない。


 「あら、おほほ、失礼」


 エレベータが止まり、静かに扉が開くと上品な初老の女性が、なんかお付きの人っぽい人と一緒に入ってきた。訪問着に袋帯、中々の出で立ちだ。こちらもふざけた態度を改めねばならないんだが、、、


 「お若いって良いわねぇ。情熱的で。でもそういう事はひと目を憚られたほうがよろしいわ」


 私の両手首を五橋が抑え込み、私は不機嫌であることを示すべく、ぷーっと口を尖らせているこの状態は、第三者から見るとどう見えているんだろうか。

 固まっている五橋を見上げると、いつもの彼らしくなく慌てて私の手を離し、女性に向かって丁寧に会釈をしている。


 「お騒がせし、失礼しました」


 五橋の営業スマイルは一気に女性の気持ちを変えさせたようだ。ホホホと上品な笑みで私達を見ているが、さすが年の功、それとなく観察されているとでも言うべきか。


 「あら、あなたは確か」


 「園部さん、ご無沙汰しております」


 背中で私を隠すように立ち位置を変えたな。なんだろ、知り合いのようだが、こういうふざけた状態を知られたくない相手なのかもしれない。

 五橋の手が後ろに回ってきてにょろにょろ動いている。まるで私に掴めと言わんばかりだ。

 仕方ない、違っていたらペイっていつものようにされるだけだから、とりあえずチャレンジしてみるか。


 正解だったようだ。

 ぎゅっと掴まれた。


 「ご家族の皆様はお元気かしら?」


 「おかげさまで、父も母も健勝にしております」


 ほぉ家族ぐるみのお付き合いだな。

 なんだか口調や声質まで変わってる気がするぞ五橋。やればできるんじゃないか。

 ということは、私に対しては結構雑な扱いというわけな。まぁ四六時中こんな口調でいられたら、こっちが肩こりまくるかもな。


 女性の興味が五橋を透過して私に刺さってくるのがわかる。だが、五橋はぎゅっと手を握ったまま背後から私を出す気はなさそうだ。このまま隠れてていいんだろうか。


 「そちらのお嬢さんは」


 「それでは仕事がありますのでこちらで失礼します」


 女性が何か言いかけた時にエレベーターの扉が開いた。五橋はすかさず園部さんと呼んだ女性へ簡単に挨拶をすると私の手をひくと肩を抱き、最後まで女性たちの目に触れさせないように隠すように、慌ただしくエレベーターを降りた。

 女性らがエレベーターに入ってからものの1分も経っていなかったと思うが。


 「あー、まずった」


 なんか様子がおかしいな。

 しかも私の手を握ったままだ。このままだとオフィスに着いてしまう。このままではまずい。先日の件もあり、浮いた話は極力避けたい。特に五橋は見た目からして結構モテるらしいからな。


 思いっきり五橋の手から引っこ抜いた。

 そりゃもう全身全霊をかけて。


 おかげで反動のあまり後ろへひっくり返ってしまうくらいに。

 しっかり握られていると感じていたから、全体重かけるくらいでないと抜けないかなと思ってたら、違った。

 見事にすってんころりんと行くとこだった。後頭部は激突間違いなしかなと瞬時に考えていたが、でもそうならなかったんだ、意外なことに。


 予想していた衝撃が全くなく、そっと目を開けると、焦っている五橋の顔が間近にあって、息が止まるかと思った。


 「あー、すまないな」


 五橋の表情が、ほっと緩んだ。本気で心配させてしまったようだ。


 「あ、いや、大丈夫か」


 確か、オフィスに手を繋いで帰りたくなかったからとった行動だったんだけど、この状態はそれ以上に不味いのではなかろうか。

 恋しいたんぽぽの前だが、五橋に抱きかかえられているこの状態は。


 「重いよな。すまない、とんだ失態を。立ち上がらせてはくれまいか」


 「あ、ああ」


 ひっくり返りそうになった所を、俊敏な身のこなしで抱き止めてくれたようだ。大変恐縮だ。

 勢いがあると何もしないでいる時の体重よりずっと荷重がかかるはずだから。


 「改めてお礼と謝罪を」


 さすがに急すぎた。

 声くらいかければ、五橋も気づいたかもしれないのに勝手に判断してしまった。

 下手したら支えきれずに五橋もろとも倒れてしまっていたかもしれない。危険だよな。


 私こそ何を焦ってしまっていたのか。


 「すまなかった」


 45度くらいは倒さねば。


 「いいって。元はこっちが悪かったんだ」


 ぺふっとお団子に手を乗せられたようだ。

 隣り合っていると五橋は背が高かったんだな。思いっきり首を上に向けなきゃ顔も見れない。


 「やめろ」


 何もしてませんが。まだ。

 顔を向けただけですが。


 「何に対してやめろなんだ。抗議する」


 「今は見るな、頼む」


 ふいっと顔をそらされてしまった。

 まぁどうせ私が正面を向けば五橋の顔なんか見えないけどな。





 午後は16時から会議が1本入っているだけだ。入っているだけとはいうが、その間に片付けなきゃならないことが実はたくさんある。

 ひとに尋ねるべきものはボールを投げ、ときには催促をする。なるべく定時に帰りたいので、皆さん、私のためにご協力をと内心呼びかけながら、ちゃっちゃと頑張るのだ。


 16時。

 予定されている会議室には、この会議に召集された他4名がすでにいた。


 「お疲れ様です」


 決まり文句の挨拶をしながら空いている席に着いた。ここからしばらくは定番の雑談タイムだ。フリーアドレスなため、そうそう顔を合わせないもの同士のコミュニケーションタイム。これがあるなしで、互いの間合いや、信頼度がぐんと変わる。必要な無駄だ。


 「田尾さんさ、五橋くんと付き合ってるって聞いたんだけどどうなの」


 直球か。

 単刀直入に聞いてくるなー。

 ってかそういう噂があるんかい。


 「付き合ってませんよ。飯友(めしとも)です」


 「えーそうなの? なんか最近さ、五橋くんをめぐっての女の争いを見ただの、往来で抱き合っているのを見ただのって聞いたんだけど」


 全く誤魔化す気がないようだな。顔に興味津々って書いてある。すっごく楽しそうだ。しかも最新情報じゃないか最後のは。玄関(エントランス)を出たら30秒のたんぽぽの前だったからな、絶対にその場で見てたよね、どっちも。


 「五橋ってそんなに有名なんっすか?」


 質問に質問返しだが、かまうまい。


 「ちょっ、知らないの? 彼、噂によるとモデルやってたって聞いたわよ」


 私が何も知らないことに驚いてるなー。それほどみんな周知の事実なのか?

 

 「サラリーマンがモデル? 副業?」


 「違う違う。若い時よ。大学生くらいまで? そのあたり?」


 疑問形だな。やはり噂か。


 「そういや黄金比的なパーツの配置ですね。背も高いし」


 「そうそう。だから入社当時からめっちゃ注目株で、めちゃくちゃモテてるって話よ。関西とか九州とか他の拠点の方でも人気凄いらしいし」


 「彼は途中入社ですよね」


 「うん。うちってさ、一堂に会するとかそういうのやんないじゃん。積極的テレビ会議だから、入社の時の挨拶でさ、あちこち繋いでリアルタイムで見てた子達が、きゃーきゃーだったそうよ。この人知ってるーって。

 まぁ、そういう派手な子ってさ、噂も一人歩きするしさ、しかもネットで調べたらすっげー出てくるじゃない」


 調べたのかよ。


 「リーマンせずにモデルで芸能界ってのがセオリーかと思ってましたが、偏見でしたね」


 「まぁねぇ、でも、いろいろあるんでしょ。すっぱり足を洗ってるんじゃない?」


 足を洗うって悪いことから抜け出す的な意味だと思ったんだけど。言わないけど。なんとなく通じるから。

 今日のファシリテータ誰だよ。そろそろ始めろよ。


 「だからよ。なんで毎日一緒に二人だけでランチしてんの? しかも一緒に行こうって誘ってもなんだかんだと断られるってもっぱらの噂でさ、ねー、二人でさ毎日なに話してんの? 個室ばっかって話だし」


 グイグイくるなー。しかもしつこい。世間話でいいじゃん。

 個室の話も知ってるってことは、そこに関係者がいたのか? それとも後をつけられたのか。


 「これといって何も。仕事の話とか、好き嫌いの話とか、アレルギーの話とか」


 直近では私のお見合いの話もあるが、これは割愛して良いだろう。


 しっかし、うわー期待してたのとちがーうって、あからさまな。

 なんだかなーその目。何を聞き出したかったんだろうなー。

 でもお生憎様だ。

 本当にあなた方の興味のある話題はいっこもないですから。言ってて自分でも驚いてるよ。最初、相談事かと思ってたのに。

 そんな話なら、たんぽぽでもいいじゃんって。


 「私だったらあの顔で二人だけでってなんか期待しちゃうんだけど」


 「期待って色っぽい何か?」


 この表現が私の限界だ。


 「そうそう。二人っきりだよ。絶対何かあるって思うじゃん」


 「あってほしいって思うよね」


 「きゃー」


 ふんふんって全員そう思ってんだな。好きとかそういう感じじゃないな。なんか、こう五橋がものとして扱われている印象を受ける。なんだろう、近くに置いておきたい的な? あ、所持品? これ持ってたら鼻高々的か?


 「顔、かぁ、、、。あんまり興味ないな」


 五橋の顔を思い出しながら考えてみるが、顔云々はおいといても、まぁいい男だとは思う。けど、そんだけだな。毎日一緒に居過ぎると麻痺するのかな。いや、違うな。おそらく私は人への興味が薄いんだろう。

 そうか、恋愛って相手へ興味を持つことから始まるのかもしれんな。


 「うっそ。まぁ、田尾さんだもんねぇ」


 悪かったな。


 「あれじゃない? 田尾さんだからじゃない?」


 「どういうこと?」


 「ほらぁ、狙ってる子ってやっぱわかるじゃん。肉食的な感じでさ。田尾さんならそういうことになりそうにないって安心感からじゃない?」


 「だったら一人でランチ行った方がいいと思うが」


 主に私の気持ち的に。好きな時にたんぽぽに行って、立ち食いうどんが食える。


 「違う違う。ひとりだと余計声かけられやすくなるんじゃない? だからかもよ」


 確かにロビーで(たか)られてたな。

 そういえば、確かに、肉食獣にどうにかされるかもって言ってた気もする。


 「なるほど、いわゆる虫除けか」


 「そうそう」


 そうか、私は虫除けか。なるほどなー。だから俺のため、なのか。納得したぞ。除虫菊なんだな私は。

 知らないうちにアルバイトしてたとか、すげーな。フィーは食事代そのものか。


 「納得した」


 その会議に出ている者、全会一致だった。

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