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欠けているもの  作者: たき
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7

 今日は初めての横並び席。

 カウンターではあるけれど、各辺に2席ずつ3組が座れるくらいの小さなカウンターだ。

 コの字のセンターにシェフがいる。若いな。


 「髪、長いんだな。下ろしているとイメージが全然違ってて驚いた」


 唐突に声をかけられた。

 五橋は右側に座っているが、仕事中と違って視線をガンガンに感じる。返事をしたいが、生野菜はなかなか飲み込むまでに時間がかかるんだよ。むしゃむしゃ。

 ごくんと飲み込んで口を開く。


 「そうそう。髪はね実はお尻まである。このお団子の大きさで推して知るべし」


 毎日ひっつめで、一括(ひとくくり)のお団子一個だから分かんないよね。自分でもそうだもん。


 「へー。メガネも今と違うやつだったな。フレームなしかあれは?」


 「いんや、昨夜のは細いシルバーのフレームだったよ」


 「へぇ似合ってた。俺も欲しいな」


 ほぉ。珍しいことだ。五橋のメガネ姿は見たことないからな。想像もつかないが、まぁ、似合うだろう。似合うとは思う。かけたければかければいいさ。似合う似合わないは関係ない。こっちはこれがなきゃ日常生活に支障が出る実用性重視だからな。


 「お前さんも視力悪いのかい?」


 「おい、口調が江戸っ子だぞ」


 「すまない」


 「視力は問題ない。イメージを変えたい時にいいかなと。特にここぞって時に、なんか説得力が出そうだ」


 「いいね。確かにメガネは変装アイテムの一つだ。ちなみに私の使っているメガネは999.9だよ。銀座のお店で作ってる。おすすめだ。相談してみると良い」


 「へぇ、何本持ってんの?」


 「半年前に勢いで1本追加して、かれこれ10本はある。全部実用品だ」


 五橋(おまえ)とは違って変装目的じゃないんだ。


 「そんなに持っているのか。見合いの時はどうすんの? 着物って聞こえたけど」


 「おそらくメガネなしだろうな。それかフレームなしか、、、母が嫌がりそうだな」


 「眼鏡、しないのか」


 「若干不便だからコンタクトを入れるかも知れん」


 「何色の着物だ?」


 「見てない」


 「おい。それでいいのか? ってか、着物大丈夫か?」


 今日は質問多いな。むしゃむしゃ。


 「何をそんなに心配してくれているのかはわからないが、着物は大丈夫だ。家ではだいたい着物だからな」


 五橋の目が2倍くらいにデカくなった。

 そんなに驚くことなのか。

 ってかいつも目を開けるのサボってんのかって思うくらいに広がるな。表情筋鍛えてんならいつもそのくらい開いていればいいんじゃないか。


 「私服が着物なのか? それでコンビニ行ったりすんの?」


 だから何をそんなに驚いた顔をしている。ほら、フォークからエビが落ちたぞ。


 「そうだが何か? 着物は日本人の文化だし、姿勢も保てるし、体の凹凸が隠せるメリットがある。いいことづくしだ」


 「お前の観点が普通と違うことはわかってたけどさ、まぁいいや。でも昨夜は違ってたようだが」


 「ああ、たまたまだな。非常にレアな時にかけてきたもんだ。寝間着の浴衣じゃなく、昨夜はダブルガーゼのネグリジェだった。肌触りがとても良くて気に入ってる」


 「ぶふぉっ」


 粉砕されたエビがなんか飛んでったようだが。

 あわててナフキンで口元拭ってるけど、大丈夫か五橋。何をそんなに焦ってる。ん? ほんのり顔が赤いが、気道にでも入ったか、エビが。


 「すまない」


 「いや、構わんよ。どうした」


 「いや、別に。何も」


 「ネグリジェを着た私を想像でもしたか。まぁ自分でも似合っているとも思わないが、自室にあれば、そうそう人様の目に晒すわけではないから、お目汚しにはならないだろうし、気分転換には良いんだ。

 ただ、問題はあるけどな。

 起きるとだいたい腹の位置までめくれていることだ。そういう時に限って上掛けの布団もめくれてたりするからパンツが丸見えなんだ。だが誰もいないから無問題(モーマンタイ)だ」


 「ごほっ、ごほっ、ごほっ」


 「大丈夫か五橋。持病の(しゃく)でも起きたか」


 隣に座っているので五橋(やつ)の苦しみ方がもろに目に入る。ひどく咳き込んでいるので、仕方なく背中をさすってやった。


 「すまん、お陰で落ち着いた」


 「ひょっとしてお前・・・」


 「な、何だよ。何も見てないぞ」


 なんだよその慌てっぷりは。粉砕されたエビが飛んできたくらいではどうもしないぞ。それよりも、


 「いや、エビのアレルギーでもあったか?」


 「ちげーよ。ねーよ。エビは大好物だよ」


 「そうか、それならいいが。蕁麻疹が出ると痒いし、下手すると呼吸困難になってあっけなく、な。好きでもアレルギーがある場合は食べちゃダメだぞ」


 かつての天ぷらで首から胸にかけてのあの赤い発疹を思い出した。嫌な思い出だ。その後も天ぷらは食べ続けているけどな。なんともないが。


 「もういいから。わかったから。近いし。もうさすってもらわなくても大丈夫だ」


 「あいよ。じゃ、食事の続きをしようか」


 最近、たんぽぽが恋しくてたまらん。


 五橋(こいつ)のセレクトにはだいぶ慣れてきたつもりだが、よくもまぁ、連日違う店に連れてけるもんだ。最近余裕が出てきたせいか、五橋と店側の知り合いっぷりが見えてくるようになった。

 いまも、シェフと気軽に言葉を交わしている。

 おそらく何度も来ているんだろうな。


 定時退社をモットーにしている私と違って、少なくとも五橋が私より先に帰る姿を見たことがない。別拠点での打ち合わせの時は除くだが。

 夜、皆と楽しくやってんだろう。いろんな店を知っているあたり、なかなか充実した人生を送っているようだ。


 「私も、夜遊びをしたほうがいいのだろうか」


 「おいこら。また何を考えてる」


 いかんいかん、つい考えに耽ってしまって五橋を置いてけ堀に置いてってしまってたようだ。しかもまた声に出ていたようだ。


 「いやね、会社から家まで寄り道したことがないんだ。皆無じゃないが、そうそう理由もないし。うちは夕食は家族揃って食べるのが普通で、父も忙しいなりに食事だけは家で食べてまた仕事するって感じで。だからこうやって外で食べるお店も知らないし、いざという時に、五橋のように色々知っていた方がいいのかなと」


 なんか五橋の料理に苦虫でも入ってたのだろうか。


 「ちなみに、いざという時の想定は?」


 「そうさなぁ、そう、そうだねぇ、そう、思いつかん」


 「そうだろうな。そういう生活をしている時点で、思いつかないだろう」

 

 「そうなのか。あ、ひとつ思いついた。

 先日も取引先のなんとかさんにいつか食事でもって言われた時に、じゃぁどこそこのお店が美味しいんでって言えたら良かったのかもしれないな」


 「そのどこそこの店は俺が連れて行った店のうちのひとつを想定したか?」


 「そうだな。今の私の全知識は五橋との飯だけだ」


 「くそっ。知恵がつくとすぐこうなる。ちなみに、先日もと言ったか。これまでもそういう誘い文句はあったってことだな」


 「断定的に聞いてくるな。まー、そうだなあったよ。

 幸い我が社は上司同伴でなければ社外の関係者との食事のようなもの、平たく言えば接待にあたるような行為は禁止されているからして、その場で話が盛り上がった先のノリでは、一度も食べに行ったことはないんだが」


 「世の中には節穴じゃない目を持った奴も少なからずいるわけだ。くそ。せめて同じチームだったら何とかやりようがあるのにな。あっちもこっちも身ひとつじゃ足りねーよ」


 五橋がめずらしくひとりごちているが、これまでの会話に節穴で会話するものがあったんだろうか。はて。


 「ああ、そういえば、上司同伴ということであれば何度か行ったことはある。安心しろ」


 「ああああ!? 誰が許可したんだよ誰が」


 フォークとナイフを乱暴に扱っちゃいかん。シェフがこっち見てるぞ。


 「うちのGMだ。事前に社内申請して会社の許可は取ってある」


 その辺の規定の徹底はしっかり教育受けてるだろ? 何を驚いてるんだ。

 五橋の眉間に深いシワが。見たことないシワが。うわー、引き伸ばしてやりたいな。


 「お前、そん時何かもらったか?」


 「もらうわけないだろう。そんなことしてみろ。首だぞ首。あ、いや、違う意味でもらったな」


 「何をもらった!」


 テーブルを叩くな。コーヒーがこぼれてるぞ。

 紙のナフキンがあったのでそっと渡してやるが、どうでもいいって態度を取られてしまった。扱いが雑だぞ、なんか悩みでもあるのか五橋よ。そんでもってシェフもじっとずっと見てる気がするぞ。


 「名刺だ。よかったらこちらに連絡くださいって言われて渡された」


 「お前のスマホの連絡先は10件だったじゃねーか」


 「会社のな。これまでいただいたものは全部社給スマホに入れてある」


 「そっちか!」


 おいこら、またしてもどうやってセキュリティ突破してんだ。


 「何だよこれ」


 「スマホだ」


 「ちっがう。ギリギリプライベート感出してるじゃねーか!」


 メールやいろんな履歴を見てるらしい。そんなスピードで見なくても逃げやしない。っていうか、ひとのスマホの中身を我が物のような顔で物色するってどういうことだ。器用すぎるだろう五橋は。


 「違うよ。よく見なよ。全員取引先関係先諸君だ。食事に行きましょうっていうのは、おはようとか、またねっていう意味(ニュアンス)だろう。実際みんな書いてくるし」


 「ばっかかお前。いや、この場合バカでよかった。恋愛脳ゼロで助かったよ。でなきゃ、いまごろは」


 恋愛脳ってなんだよ。最近の若者言葉か?


 「いまごろは?」


 「何でもねぇ。いいか、今後こういうのがあっても、社内規定でごめんなさいって全部断れ。俺が許す」


 「いや社内規定だから断るさ。安心しろ」


 「安心できねーよ。まったく安心できねー。(なり)がおとなしめだからそういう誘いは無いと思い込んでた俺が迂闊だった。

 お前さ、アクセサリーつけないのか?」


 「アクセサリー? つけないな。つけるならカチューシャくらいなもんだ。抜け毛の後の後れ毛を留めるためにな」


 「頭かよ。なんでつけないんだ?」


 「めんど・・」


 「わかったよ。予防線張りにくい。ちょっと考えるわ」


 「よくわからないが頑張ってくれ」


 五橋の悩みが深くなったようだ。

 眉間のシワは固定すると取れないらしいから、マッサージするか、極力眉をひそめないように気をつけた方がいいよとあとでメッセージ入れておこう。

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