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この、凍てつく感じ。
あー、なんか最近、疑似体験したような気がするなー。
氷結な目をした五橋の目の前に居ることは、こんなにも居た堪れないんだねー。
帰っていいかな。帰っていいよね。午後も仕事あるし。
精神衛生上良くないよこれー。
誰か、五橋を引き取ってくれ。いや、私が身を引こう。
「あのー、それじゃ、私はこれで・・・」
あとは若者一人でどうぞ。
「座れ」
腹の底から出す? 出しちゃう?
そんな声。
やばいわねぇ。
声フェチだったらYouTubeかなんかにおいといたら、M気のある人だったらすごい再生回数いくんじゃね?
「はい」
なぜだ。
ハウスと言われている犬と同じじゃないかこれは。
「もう一度言え」
「えーーーーーーっと、その、超個人的な話ですかね?」
ただの食事時のネタとして明るく投下した話だったんだが、急転直下、機嫌が悪くなってくるんだもんなー。せっかくの美味しい料理なのに味がわかんなくなっちゃったんだよ。飲み込むのも一苦労だ。
そんなに前のめりに踏み込んでこないでくれよ、という意味を込めて若干の抵抗を試みたが、ギロリと睨まれて終わった。もちろん私が白旗を上げたのだ。
しょうがない、こちらも腹をくくるか。しっかり息を吸い込んで、
「今週末お見合いをすることになりました、以上」
テヘペロ、も付ければよかったか?
「何が以上だ」
五橋の額にピクリと血管が浮いているのが見える。
テヘペロごときをつけてたところで五橋の機嫌は良くならなかっただろうな。下手したら、かえって傷口に塩を塗り込んだかもしれないから使わなくて正解だ。私、いい選択をした。
しっかし、五橋は、将来、血圧を気にしなければならない体質なのかもしれない。心配だ。奥さんになる人、食生活に気をつけてあげて。
「何をそんなにお怒りになっていらっしゃる?」
こてんと小首を傾げて見上げてみる。これはあれだ。あざといやつ。これまで何度か五橋に「やめろ」といわれた動作を行使してみたんだ。
通じなかったようだ。
五橋の憎々しい目がこわい。
「相手は誰だ?」
なんの尋問だよ。
あれか? お腹の子供の父親はだれだと、問い詰められたらこんな気分になるのか。でもどうして五橋に言わねばならん。言うけどさ。怖いから。
「えっと、確か、あの、、、母の知り合いのお友達の親戚の子どもの友人の従兄弟の義理のお母さんかなんかの知り合いの人が会長を務めている何某かの集まりの、、、縮めて母の知り合いの紹介らしい、デス」
「断れ」
「いやー、一応ね、私だってなけなしの勇気を持って母に抵抗を試みたんですよぉ。今週末なんて早すぎるって。ですけどねぇ、もう日取りを決めちゃったっていうんですよぉ。嫌なら会って断りなさいって言われたら、それでもいいかってなるわけでぇ」
語尾をちょっとだけ伸ばしてみるのを試してみる。以前会議に行った先の新人だと言う子が使ってた技なんだが、計算高くも意図的に使ってみているんだ。うん、私には似合ってないな。
「断れ」
「......おおう」
「俺が断る」
「......無理だって」
「なぜ」
「会社の同僚が断るってオカシクないか。説得力ないぞ」
うん、そうだ。
こいつは同僚だった。
席が隣で、たんに毎日一緒に飯を食うだけの。
部署も違う。
「だからなんだ」
なんだかなー。
つい最近、階段で寸劇を演じた女子の気持ちってこんなかなって思うわ。五橋、まじで作り物みたいな顔で怒んなよ。怖いんだからな。
「だからなんだと言われてもぉ。まぁ、いいじゃん。会ったら先様から断られるだけだし」
そうさ。こちらが断らないにしても、あちらから断るだろうよ。
「ないから」
ぼそっと五橋が呟いた。
「ないから。それ」
「あるから。それ。ふ。何を見てんの君。私だよ。年齢イコール彼氏いない歴史そのまんまだ」
「お前が鈍いから助かってるよこっちは」
へーへーそうですか、、、って、ん?
「失敬だな君」
「まぁ教える気はないからいいけどね。ということで、断ってくれ給へよ」
「給へよって、さっきから堂々巡りだよ。何も解決できないよ」
ぎりっと睨み合いが続く。
「じゃぁお前、相手がお前のこと気に入ったから話を進めたいって、超強気で来られたどうすんの? 断りきれる自信あんの? お前の話を聞いてると親御さんはこの話に乗り気なんだろう? お前一人で対抗できんの? だが断るって面と向かって言えんのかって聞いてんの」
五橋よ。
お前さん、向かいに座っていながらも、なんか距離ゼロと感じるくらい暑っ苦しいよ。オーラっぽい何かで圧をかけられる能力を持っているのか。
まじでだんだん息苦しくなって来たんだけど。
この部屋は個室だけど密閉されているわけじゃないだろうに。重い、重い、空気が重いよ。
「スマホ出せ」
「へ?」
私の回答を聞くより前にすでに取り上げられている。おい。どうやってセキュリティ突破してんだよ。
「ほら、これが俺の」
「連絡先をいただいても毎日会社で顔を会わせるではないか。意味ないだろう」
正論だったようで五橋は返答に困っているようだ。コーヒーでも飲んで落ち着けって。
コーヒー、液体じゃなくて粉だったのか?
なんか口の中、ジャリジャリしてんの? 吐き出せば?
落ち着かないな、こっちが。
「よ、喜びたまえ。五橋は男友達第1号になった。これから2号3号と続いていくが1号は永遠にひとりだ」
スマホの連絡先の一覧を見せてやると、奪い取られた。失敬だな。
なにやら勝手に見まくってる。
「お前、連絡先の登録が10件って何だ。だからといって2号も3号もいらねーよ、入れんなよ」
「10件は多いのか? 少ないのか?」
「少ないだろ」
「そうかな、へへ」
照れ隠しにポリっと頬を掻いてみた。
私のコーヒーは液体だ。口の中がスッキリする。心の清涼をわずかばかり取り戻してくれる。
「私には恋愛は無理なんだ。これまで全く理解できなかった。
親もそれを分かっていて、私には期待していないんだ。だから見合いでもって頑張ってんだと思うんだ。困ったことに、な」
自分の口から乾いた笑いが出てくる。
情けないなぁ。
こと、結婚に関しては。
でもね、仕事に関してはね、負けないって思ってるからね、卑屈になんてなりませんよ。副業も行き詰まったりするけど今の所は両立できているしな。やればできる子なんだよ、きっとね。
「そう言うことだよ」
「なにがだよ」
自己完結してしまったようだ。
その夜、滅多に機能しないスマホがブルった。
【電話かけてもいいか?】
誰と言わずともわかるだろう、五橋だ。仕事早いな。
【かまわんよ】
送ったなと一息つく間も無くスマホが揺れ出した。
「はいはい、お待ちなさいな」
パソコンの画面を見ながら上書き保存ボタンを押す。そしてスマホに返事をしながらぽちっと通話ボタンに触れた。
『何してた?』
出だしは「もしもし」じゃなくていいんだな。電話だもんな。喋るのが目的だもんな。
「書き物を少々」
『書き物?』
「まぁいいじゃないか。唯一の趣味さね」
『ふーん』
「ところで何かあったのかい?」
明日も会うのに(多分)、わざわざ平日の夜に電話とは緊急かと思ったりするけどそんなんじゃないよな。だって部門違うし。
『別に。そう言うわけじゃない。ただなんとなく話したくなっただけだ』
「そうかね。昼間と何も変わらなくてすまん。昼の女と夜の女で違えば新鮮さでもあるのだろうが」
『そんなの望んじゃいない。俺はお前の、、、』
「あら電話? 珍しいわね」
ノックもせずに母が入って来た。五橋の言葉がふつりと止まる。
「どなた?」
「ええっと、会社の同僚です」
一応聞きはするが、電話相手には興味はなさそうだ。
「そう。それが終わってからでいいわ、先方のお見合いのお写真と釣書に目を通しておいてね。とっても素敵な方らしいから、楽しみよね。あんな方が義理の息子になってくださればお父様も私も安心だわ。
私たちもお見合いをしてそのひと月後に結婚したのよ。恋愛だけが出会いではないの。あなたもきっと幸せになれるわよ。あ、そうそう、着物はもう決めてますからね。楽しみね」
私が電話中だと言うのも忘れて、母はひとしきり話をして言った。お見合いの話を。とても声が弾んでいたな。
「あーすまん。待たせた。邪魔が、、、」
『その釣書、撮って送れ。写真もだ』
待たせてしまったからか声が低い。時間的にももう眠いのかもしれないが。
母とのトーンの差が激しい。
「え、それって個人情報・・・」
『悪用するわけじゃない。ただ見たいだけだ』
「だったらさ、こうしよう」
ビデオ通話に切り替えて五橋の望む通りにしてやった。
『はぁ!?』
なんだそのリアクションは。
「もしかして知ってる人?」
五橋の反応はそんな印象だ。
「・・・いや、知らない、なんでもない」
私も初めて見たが、なかなかの渋面だな、五橋。
何をそんなに険しい顔をしてんだ。
ああ、そうか。お見合い写真を見るのを初めてなんだな。
私もだが。
まさか、好みの男性だったとか。
バイか。私はそんなことでは差別しないから安心しな。むしろ安全パイだと安心する。
そういえば、なんとなく五橋を少し年齢を重ねさせて、仕事で揉まれて経験を積んだ上で、一回くらい離婚したら、こんな顔になるかもしれないな。
スマホを手で持ってるのも面倒になり、ベッドサイドのテーブルにあるクレイドルに置いて、自身もベッドに横になりながら通話を続ける。手に持たずにFace to Faceで会話できるって楽チンだ。
スマホ画面から見える小さな五橋は会社と違ってちょっとばかりリラックしているっぽい。前髪が降りていると、若干幼く見える。お姉様方にうけそうだな。気をつけろよ。
その後はなんとなく、とりとめもない話をして、気がつくと朝になっていた。
【おはよう。昨日はすまんね。寝てしまったようだよ】
五橋がログインしたのを確認し、テキストチャットを送りつけた。隣にいるんだが内容がプライベートでもあるので文字にしたためた。
【敗因はあれだ。ベッドに横になってしまったからだな。いつもベッドに入ると3秒で寝てしまうんで、ついうっかりしてしまった】
とりあえず言い訳を並べて送っておいた。
【二度とビデオ通話は使うなよ】
ちらりと五橋の横顔を見ると、なんとも言えない表情を浮かべている。
【え? なに? 歯ぎしりとか、寝っ屁とかしちゃってた?】
【もういい。また昼に話す】
昼に話すと言うことはランチも一緒ということで。
最近はこちらの状況は勝手にスケジュールで確認するらしく、一方的に招待メールが届くシステムになってしまっている。なになに、今日は11時30分からか。了承っと。
さてと仕事をしようかね。