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欠けているもの  作者: たき
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 視界の隅にひょっこりと動くものが見えた。視線だけを移して見ると五橋の顔がこっちを見ている。何か不明点でもあるのかと、こちらも顔をあげてみるが、ふいっと目を逸らされてしまった。


 ならばと、テキストのチャットでこちらから働きかけてみる。


 【どうしたの? なにかあった?】


 相手の既読のマークが表示される。

 すかさずちらりと五橋を見ると、あたかも「しまったぁ」という表情をしている。

 だから一体全体なんなんだ。


 ぽん。


 【なんでもありません】


 そーかそーか。

 一応こちらからアクション起こしたからな、ひとまずの責任は果たしていると言えるわけで。

 これ以上つっこんで聞いたところで、大人としての踏み込み領域を超えてしまう可能性がある。五橋(あいつ)だっていい大人だ。そうなると相手のプライドを踏みにじるかもしれないので、ここで手を引く。


 【あいよ。なんかあったらなんでもいいから連絡くれ】


 相手がアクションしやすいように水を向けておくことは忘れない。

 五橋からは【了解】とだけ返ってきた。


 さてと、くだらない恋愛を脳から追い出すか。仕事した方が有益だと頭を切り替えた。




 PPTのたった2枚作るのに丸一日を要した。


 私って、無能かも・・・


 地味に落ち込んだ。


 



 「それじゃお疲れ様でしたお先に」


 五橋はまだ仕事をするようだ。

 定時退社をモットーにしている私は、遠慮なく帰宅する。家まで寄り道はしない。映画を見たり趣味の何かをやってみたりと気持ちは無くはない。だけど、家でもできてしまうから、わざわざ外でと考えると、非効率的な気がしてやはり家に帰る。


 その家も最近はちょっと居心地が悪い。


 なぜなら、恋愛のれの字も教えてくれない親が、早く結婚しろと、人並みに結婚はすべきだ、というのだ。挙げ句の果てに、前時代的なお見合い写真なるものを持ってきたりする。


 意味がわからない。


 学生の頃は、言われてはいないが、暗に恋愛なんてしている場合じゃないでしょう的な雰囲気が家の中にはあった。

 大学生の頃にいくつかおつきあいの申し込みがあったけれど、両親からの、どういう人なのか攻撃が煩わしくなり、結局は全部断った。


 社会人になると今度は両親から結婚しろと言われる。


 本当に意味がわからない。


 私は仕事するから不要だというと、コンコンと説教されたこともある。

 はぁ・・・





 「はぁ・・・」


 視界の隅でひょこっと顔が持ちがるのに気がついた。


 「あ、ごめん。また声に出てた?」


 五橋だった。


 うちの会社はフリーアドレスだ。

 しかも何フロアもある。

 それだけじゃない。拠点もいくつか近くに散らばっている。とはいえメインの拠点はあるので、だいたい同じ拠点にいることになる。


 私はなるべく人がいない場所をさまよい、毎日違うフロアで毎日違う席を選んでいる。同じグループの人で連むことも稀だ。従い、毎日同じ顔にあたるのは確率が低いはずなんだけれど、そういえば最近ずっと五橋が近くにる。たまたま空いている席が、たまたま私の近くだったんだろうが。そういえば高確率だなと。

 実は独り言が多くて人々が気味悪がって私の近くを避けているのかもしれない。・・・五橋は奇特なやつだな。


 「いや、声というか、ため息が」


 「すまぬ。ちょとうるさいよね。席、変わるわ」


 最近はどうも気をぬくとひとりごちるらしい。迷惑をかけてはいけないので、ノーパソとスマホとバッグを持つとサクッと立ち上がった。


 「いや、移動しなくていいから」


 「いやいや、席、他にもあるし」


 「不要だと言っている。座れ」


 「・・・わ、わかった」


 なんだろう、五橋の眼光が鋭い。声も聞いたことのない低い声だ。本能で反応してしまい、思わずストンと座り直してしまった。


 【今日の昼飯どうすんの?】


 唐突に五橋からチャットが届いた。

 いや、唐突でもないか。チャットはいつも唐突だ。しかし、ランチの話をするのは珍しい。これは悩み事相談か? 確か、五橋は途中入社のはずだから、ちょっと面倒見てやらなきゃならないとは思ってはいる。我が社のシステムは独特だからな。

 スケジュールを確認すると14時まで会議だ。仕方ない。


 【14時まで会議】


 【わかった。外に食いに行くぞ】


 【おう】


 思わず承諾してしまったが、そんな時間まで待つつもりなのか。これは何やら相談事の匂いがする。

 でも恋愛系だったら対応できないが、そんときゃ、適当にうなずいときゃいいか。

 そのくらいのことしか考えてなかった。


 その後、招待メールが届いている。

 五橋からだ。


 ご丁寧に14時からの時間を抑えられた。他の会議の内容は無いし承認する。きっと四方山的なミーティングだと周囲は理解するはず。この辺りの裁量は社員に任せられているので、問題なしだ。


 14時までの間にFace to Faceの会議が3本予定されていたが、その度にちょいちょい席を立ってはわざわざ元に戻るという非効率的なことをこの日はやっていた。いつもはそのまま会議室を渡り歩くんだが、、、。

 何をやってる私?


 私が戻ると五橋も居たり居なかったり。


 お互い忙しいのだ。それなりに。


 それにしても、私と五橋って同じ拠点という以外の共通点がないのを今更ながらに気づく。同じグループでは無いのだ。まぁ、そういうこともままあるのがフリーアドレスの良いところだ。


 下手すれば全く会話もすることのなかった間柄だったかもしれないのに、こうやって話をする機会が生まれるんだから。まぁいい。空腹ではあるがランチ前の最後の会議へ勤しもう。

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