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なにをそんなに興奮してるんだ父よ。呼んだって誰をだよ。アイツじゃ分からないだろう。
アイツ・・・あいつって、まさか、、、
「んなー」
のそりと父の後からやってきたのは猛虎の末裔こと、遼太さんだ。
「理一郎は遼太さんを連れてきたのかい。寝てただろうに、起こしてしまったのかい。かわいそうに遼太さんや、こちらへおいで」
百合乃おばあちゃまの呼びかけに遼太さんが素直に応じ、膝の上に乗るのではなく、百合乃おばあちゃまのピタリ横につけ、全体重をかけて寄りかかっている。全く迷いのない動作は、彼らにとってこれが日常であることなのだろう。
遼太さんはポジションは完璧だと、一言「なー」とおばあちゃまに向かって声を出すとすぐに寝の体制に入った。
鷹揚なその態度は、父とは正反対だな。堂に入ってるし。さすが猛虎の末裔だ。
李家遼太、それが彼のフルネームだ。
御年21歳。ストレスフリーの環境で年齢の割には艶々だ。
「理一郎、遼太さんはこの時間は寝ていることが多いのですよ。高齢なのだから気を使ってあげなきゃいけません」
遼太さんのなだらかな体を撫でながら、困った子ねぇとおばあちゃまがつぶやく。
「違うし。起こしてませんし、遼太さんをわざわざ僕が連れてくる意味なんてないでしょうが。呼んだのは遼太郎の方ですよ、五橋遼太郎。まったく紛らわしい名前をつけやがって」
粋がっている父を、祖母は「あらそう」と遼太さんから視線を反らすことなく答えている。まったく父の発言には興味ないようだ。
不憫な父だな。
それはそうと、父の前では遼太君呼びは控えたほうがいいかもな。それにしても、、、
「とう様、あちらもお疲れではないのですか? 日を改めて来ていただいても問題ないと思いますが」
「そうですよ。ご迷惑でしたでしょうに。なぜお呼びになったの」
私と母に責められて、一瞬父は怯んだようだが、ビシッと私を指差してこう言った。
「僕は言ったよね。今日は『お話し』だけだと」
なるほど。プロポーズが気に入らなかったのか。
まー、確かにな。覚えてるよ、しっかり。でもなー見合いって結婚前提だろ? プロポーズだめなの?
今ここでこれを言ったところで父の感情は収まらないだろうな。
父の性格上、迂闊に反論しても逆効果だ。
沈黙は金なりだ。
その代わりに、じーっと父を見る。
隣で母がほぅとため息をついた。
「それで、先様は李家に、お見えになると仰ったのですね」
そうだと父が返す。
またしても母がため息をついた。
「では、お出迎えの準備をしなければなりません。失礼しますよ」
そう言って母は席を立った。
仕方ないなー。もう。呼んじゃったんだもんなー。ここに居ても父が煩いし、逃げよう。
手伝いするんだよって感じで母の後ろを追いかけた。
私達が部屋を出た直後、父の悲鳴というか、くぐもった声が聞こえたが知らん。きっと両祖父母に叱られているんだろうし。祖父達がなんかまた肉体的にやってるとも思うけど。それもまぁいつもの事なので全部両祖父母にお任せだ。
父は何だろなー。ここに来るとついうっかり若い頃に気持ちが戻るんだろうか。両親に甘えが出るんだろうか。家にいる時よりも、少し言動が幼くなってる気がするし。
まぁそれが出来るのも祖父母が生きているからだし、ああいうのもある種の親孝行って言うのかもしれん。
放っておこう。
それにしても、余計なことをしてくれたなー。ようやく、胸のドクドクが収まってきてるのに。
五橋も五橋だ。断ればいいのに。
、、、これは全くの八つ当たりだけどな。相手方の親に今すぐ来いって言われたら、まぁ、行くわな。
これから五橋が来るのかと思うと、ボッボッボッて全身が大げさに脈打ってきた。はぁ。落ち着かない。
「仕方のない人よね。本当に」
誰とは言わないが、母の意図する相手は当然父で、怒っているわけではないことはその表情から見て取れる。まぁ、父の我儘は家庭内に限っているので、なにかと上手くフォローする母にも甘えてるんだろう。
「私達もお見合いをして一ヶ月後に結婚してるのに、何が不満なのかしらね」
なるほど。母の不満は父が自分のことは遥か彼方の棚の上に放り投げてしまっていることか。一ヶ月で結婚って、、、はええええよ。
確かに、五橋のことをとやかく言える立場じゃないな。きっと両祖父母に嫌というほど突かれてるだろう。
「今日の今日でのプロポーズは驚きましたが、私達の時とそう変わらないもの。とう様は翌日に仲人さんを通してってとこだけ違うのよ。ね、結構早いでしょう」
当日か翌日かの違いだけか。確かにな。
わがままだなー父は。
「でもね、結局は立場が変わったからあの言動なのよね。大事な娘に万が一があってはと、怖がっていらっしゃるの。
貴女にとっては遼太郎さんは見慣れた、気心の知れた人でしょうけど、お見合いの相手として調べ尽くしていた方とは違うのですし、まったくゼロの情報で私達は先様とお会いしたのです。とう様の不安も理解してあげてね」
良い方々だとは感じましたけどね、と。
どんだけ相手方を調べてたんだろうな。
でも、そうか。
今、急ピッチで五橋のことを調べさせてるんだろう。
私が知ってる人ってだけで、父の全く預かり知らないところで話が進んでるとなると、うん、気が気じゃないかも。
すまない父よ。
つい流された。
んー、五橋の言うとおりかも。
結局のところ私の見ている世界は狭くて、両親が幾重にも張ったシールドに中にいて、安全な情報しか得られてなくて、そこだけで物事を見ているに過ぎないんだろうな。
はぁ、私には欠けているものが多すぎる。
ぼんやりと紗の張られた幕内から見る外界の綺麗さしか見えてないのかもしれない。
父の言動も、五橋の言動も、結局は誰のせいでもない、私の甘い甘い認識のせいかも。
両親が守ってくれるこの場所はとても快適だ。でもいつかは両親も他界する。守られるために張り巡らされていた紗の幕が取り去られるときが必ずやって来る。その事に、今ようやく実感を持って感じられた。
不満を言える立場じゃなかった。
ただ流されていただけだった。
だとしたら、五橋を選んだのはどうなるんだ。先程までの甘えた私が出した答えと、今と違いはあるのだろうか。
考えなきゃいけない。
来客用として整えられた部屋をチェックし終えた頃、五橋の来訪が告げられた。




