王子の前世は…
殿下の勢いに気圧され昔の記憶を引き出していると、その叫びにハッとする。
「え?私っ?」
「そうよ!私はサラが好きだったのに、あんな待遇酷くないっ?」
「えっと……殿…レオ様」
「なによ!」
熱くなる王子の言葉を聞き間違えたかと思ったが、しっかり聞き取れていたようだ。
「レオ様、あの…言葉が…」
「言葉がなによ!」
「オネ……女性らしい言葉使いになっていらっしゃいます…」
「…え?」
先程の残念な顔から打って変わり、きょとん、と可愛らしい顔を傾ける。…自覚がないのか。
「ですから、口調が女性の言葉遣いになっていらっしゃいます」
丁寧に教えて差し上げると、ハッとして見る見る間に顔が赤くなっていった。
「あー…ごめん、今の忘れ……られないよね?」
頷くと、そのまま殿下は綺麗に両膝と手の平を着き、項垂れた。王族がすべき格好ではないのは言うまでもないだろう。
「だよねぇ…。えっと…一応自己紹介しておくね」
そう言ってすくっと立ち上がると、膝と手のひらを払い、右手を差し出してきた。
「前世では享年28歳。女性。事務職をしてたんだ。よろしく」
「よろしくお願い致しますわ……女性?!」
その手を取り、遅れ気味で言葉を理解して思わず声を上げる。
「あはは、そうだよねー。自分でも思うよ。なんで転生したのに男……は良いとして、よりにもよって攻略対象キャラなんだろうって…」
「なるほど、それで昂ったせいで先程の女性言葉と…」
恐らく、前世の事で気が昂ったせいで過去の喋り方が出たのだろう。良かった。もとからあの喋り方じゃなくて…ゲームの中の理想の王子様像まで崩れるところだった…。
「そうみたい。あ、でも安心して。僕と前世が同一化したわけじゃないから…一応、僕自身は心も男だよ」
「それを聞いて安心致しました」
「それで、サラは? 前世では何をしていたの?」
聞いてくる殿下はスッと右手を差し出してくる。どうやらエスコートしてくれるみたいで、私はそれを歩きながら話そうという意味だと受け取る。
「私は…前世では役者をしていました。といっても小さな劇団でバイトとの掛け持ちでしたが」
「役者!すごいね。僕はそういうのをやったことないから尊敬するよ。ちなみに、何歳だったの?」
「26歳でした。セットをバラす際に脚立から落ちて、そのまま」
「…そっか」
思い出した過去はまるで夢のようで、自分としては実際に体験した…という気持ちはそこまで強くないものの、殿下が悲しそうに顔を歪める。話題をミスったかもしれない。
「お気になさらないでください。私にとってはガラス一枚を隔てた過去のようなもの。レオ様がそう悲しむ必要はございません」
「うん…だけどさ、僕もわかるから。唐突に自分の人生が終わる怖さとか、やりたい事が途中で終わってしまう悔しさとか…」
……優しい人だ。他人のために心を痛めることができる。確かに夢半ばで死んだことは無念に思う気持ちもある。これが前世を思い出したからなのかは分からないが、今、目の前で泣きそうなほど顔を歪めている彼の優しさは本物だと思った。
「レオ様にそう思っていただけただけで、私には充分でございます」
キツく握っている手をそっと取れば、殿下はキュッと瞼と唇をキツく結んだ。そして、ふるりと首を振ると綻ぶような笑顔を浮かべて、私の手を優しく握り返してきた。
「……決めたよ。ふたりで運命を変えよう!」
「え……?」
そのまま、ぐっと手を引き寄せられる。私はバランスを崩し、ぽす…と殿下の腕の中に収まる。
「サラが死刑になるなんて、私…僕には堪えられない! この先ヒロインが出てきたとしても、ふたりで運命を変えてバッドエンドを回避しよう!」
端から見たら、お互いが抱き合っているかのような格好のまま、間近で殿下が宣言する。私は思わずその笑顔に、こくり、と頷いた―――。
◇ ◇ ◇
それから私達は庭園にあるガーデニングチェアに腰掛け、お互いの情報の共有と整理、今後についての会議を始めた。
「まずサラがヒロインを虐めるとは思えないし、僕も心変わりしないと思うけど…念の為にフラグを立てないのも必要だよね。ヒロインと出会うのがエトワール学園での入学式だから、約6年後かぁ」
「えぇ、入学式でアリス・モーガンが新入生に配られるコサージュを落としたのをレオ様が拾われ、そこから交流が始まりますわ」
「つまり拾わなければ良いのかな」
「まあ、拾わなければその場での面識は生まれませんが……相手は聖女ですからね。一国の王子である殿下と知り合わないというのは難しいかと……」
「確かに、立場上見て見ぬふりはし続けられないね」
うぅーん、と二人して小首を傾げて頭を悩ませる。当の本人たちは真剣そのものだが、使用人達はそんなふたりを見て微笑ましく通り過ぎていた。
「ところで、レオ様」
ふと思いつき声をかけると、なに?と殿下はにこりと笑った。
「そもそも私達の婚約をしなければ良いのでは…」
「それはヤダ!」
妙案だと口にすると、言い切らぬうちに殿下はぐっと顔を近付けてきた。
「サラは私の推しなの! 推しとリアルで結婚できるチャンスがあるのにわざわざふいにする訳ないでしょ!」
「あ、の…レオ様……?」
「確かにエト学では悪役令嬢よ?! けど、サラは言葉さえキツイけど言ってることは間違ってないのよ! むしろ常識的。ヒロインの方が天然ってワードですべてを許してるけど、あれ非常識だから! 私あーいう「天然だから仕方ないんですぅ」でミスを許されるキャラすっごい苦手なの!
それに少しキツめだけどくりくりした紫の瞳も、このふわふわで、くすみのかかったピンク色の髪も、ちょっと気の強そうなサラが私、大っ好きなのよ! なのにグッズは出ないわ、同人誌でもレオ✕サラはほぼないわで、自分で書いたのよ!」
どうやら熱が入ると止まらないらしく、至近距離で捲し立てられる。
「それを!! リアルで!! 体現出来るのにしないわけないでしょう?!」
ゼーハーと息を切らす殿下。そこではた、と止まり爽やかな笑顔を浮かべて締めに言った。
「取り乱したね、ごめん」
いや、騙されませんから…。今さら取り繕ってキラキラ王子様オーラを振りまいたところで騙されませんから。
表情を読んだのか、気不味そうに顔を背ける殿下。といっても私も追求するわけではないので、ふぅと息を吐き出すと殿下の手を取った。
「レオ様が…殿下が婚約を望まれるのでしたら私は従いましょう。その代わり」
「……その代わり?」
「全力で私の事を守ってくださいませ。追放も、ましてや処刑も御免ですから」
別に殿下との婚約が嫌なわけじゃない。昔全力で攻略しようとした乙女ゲームのメイン攻略キャラなのだから。
だからこそニヤッと笑ってみせると、ぽかーんと開いてた口が弧を描き同じように笑みを浮かべた。
「最初からそのつもりさ。これから入学までは6年もあるし、前世の記憶もある。しっかり準備すればバッドエンドも回避できるはずだよ!」
そういって殿下は歳相応の笑顔を浮かべ、これからよろしくね。と私の手にキスを落とした。
前世が女性の人が攻略キャラに転生したら、普通に喋ってもオネエ言葉みたいになるのかしら?と思ったら、読んでみたくなって自分で書き始めました。