記憶はほんの些細なことで。
はじめまして。初投稿です。
ゆるやかに投稿させていただきます。
瞬間、電撃が走ったように感じた。ビリリ、と脳天から足の指先まで駆け抜けたそれに目を丸くすると、目の前には同じように目を丸くしている婚約者……になるかもしれない少年。
そう、今日は顔合わせの日だ。決して一目惚れをしたわけではない。前々から王族が表に出るときは拝見していたし、釣り書きの絵も見ている為、幼いながらも整った顔立ちだったのは知っているのだ。
だが、彼の顔を見た瞬間、なぜこんな風に衝撃が走ったのかというと、幼少期よりもずっとずっと昔の、この世界とは別の世界で生きていたことを思い出したのだ。
そして恐らく彼も同じような顔をしているので、きっと似たような事を思い出したのだろう。
「…サラ・アーガイルと申します。国王陛下、王妃殿下、本日はこの様な場にお招きいただき誠に光栄に存じます」
動揺を隠しつつ、ドレスをついと摘んで会釈をすると、
「グレイグ王国第一王子。レオナルド・ジュニータ・グレイグと申します。婚約者候補の方がこんなに可愛らしくて嬉しいです。お母様…ぜひ彼女の事を知りたいので、少し庭園を散歩して来ても良いですか?」
会釈をしチラッと盗み見ると、相手は真っ赤な瞳を細めてにこりと微笑む。絶世の美少年。
―――私は知っている。彼がこの先、私をこっぴどく振る存在であることを。
「あら、まあ。ふふ、それは良いわね。ふたりで少しお話していらっしゃい」
そう王妃様が告げるので、私とレオナルド殿下はふたりで王宮のサロンから庭園へと出る。少し歩いたところで、殿下がピタリと歩みを止めた。振り向くと、きれいに切り揃えられた黒髪がサラリと揺れる。
「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど…」
「…何でしょう」
「君も?」
砕けた口調でそう問われ、私はやはり、と思う。やはり彼も先程、思い出したのだ。
「……キラメキ☆学園物語」
「エトワール学園で愛を紡ぐ……」
ボソリと呟けば、そのタイトルに次ぐサブタイが殿下の口から紡がれた。
『キラメキ☆学園物語〜エトワール学園で愛を紡ぐ〜』はいわゆる乙女ゲームで、聖女に選ばれた平民の女の子が学園に通いながら攻略キャラクターと恋愛をする。…まあ、ありきたりなゲームだ。
そして目の前にいるレオナルド王子はゲームのメイン攻略キャラクターで、パッケージの中央を飾っている。ちなみに好感度が低いとあまり相手をされないものの、好感度が上がってからの甘々ぶりのギャップに心を掴まれた乙女が多く、常にランキング一位をキープしていた。
そんな彼と今さっき婚約した私は、いわゆる悪役令嬢。彼女自身は王子にちょっかいを出す主人公に毒を吐くくらいだが、学園を牛耳る彼女に取り入ろうと取り巻きが彼女の教科書を破いたり、水をかけたり足を引っ掛けたりし、それを知った上で止めなかったことで王子ルートでは婚約破棄を言い渡され、良くて国外追放…となる。
「やはり…殿下も思い出されていたのですね」
私を見た時の反応でほぼ確証はあった。やはり彼もまた思い出したのだ。前世を。そして、この世界のことを。
「その殿下っていうの、やめてよ。レオで良いよ」
その言葉に、一瞬固まる。そのセリフは何度も聞いた。前世の乙女ゲームの中で、ヒロインとして。まさかそれを悪役令嬢として聞くとは思わず、私は躊躇しつつもレオ様、と続けた。
「…レオ様も、思い出されたんですね」
言い直すと、殿下は深くため息をついた。
「ここがゲームの設定通りの世界で、僕とサラは10歳の頃からの婚約者。そして君は悪役令嬢…。今日がその婚約の日って事か…」
「そのようですね。ちなみにレオ様はご自身のルートを攻略されたことは…」
「あるよ!全スチル回収の為にノーマルエンドもハッピーエンドもクリアしたよ!」
試しに聞いてみると、ぐっと右手を握りしめた殿下はワナワナと震え、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。せっかくのイケメンが台無しだ。
「あれには苦言を申したい……ノーマルエンドは良いよ? 断罪後、その後どうなったのか妄そ……想像が掻き立てられるし! けどハッピーエンドでサラを処刑ってあれどーなの?!」
そう、キラメキ☆学園〜エトワール学園で愛を紡ぐ〜略してエト学では、ハッピーエンドでサラ・アーガイルは処刑される。
王子との高感度をマックスまで上げると追加のエピソードを見ることができるのだ。そのエピソードとは、結婚式の前に国外追放されたはずのサラが舞い戻り主人公を暗殺しようとするもの。暗殺未遂後、王子とヒロインは結婚式を挙げ、悪役令嬢である私はというとエピソードを語る部分で「サラ・アーガイルは王妃殿下殺害未遂により処刑される。」の一文で片付けられるのだ。
やだ、我ながら切ない待遇…。
もちろんサラを退ける王子のスチルと結婚式のスチルを手に入れる為に誰もがハッピーエンドを目指すのだが、高感度マックスかつ2週目でしか手に入らないためなかなか苦戦した人も多い。
「私、サラ好きだったのにーっ!」