2章16 悩み多き年頃?
タチアナさんの食事はなかなかの物だった。
この道具も材料もスペースも限られたこの場所で作られたものとしては尚更であろう。
勿論『料理』スキルが20レベルある俺ならもっと美味しく作れるだろうが、自分が作る料理と他人が作ってくれた料理は別物なんだ。
「タチアナさん!うまいッス!」
タチアナさんに向かってサムズアップ。
人をほめる時にはしっかりと口に出して褒める。
人間関係を円滑にするにはこれも大切。
「ありがとうございます」
「今日は食事の用意を全てお任せしてしまって申し訳ありませんでした。明日からは私もお手伝いさせていただきます」
「いえ、お構いなく」
「試したい料理もありますので是非手伝わせてください」
遠慮と言うよりちょっと引き気味になっているタチアナさんを半ば強引に手伝いを承諾させた。
さて、やる気になっている所で足りない物を用意しなくっちゃ。
先程切り倒した木の枝の良さそうな部分を何本か切り出す。
良さそうな部分とはちょうど何本かに枝分かれしている部分。
それを切り出すと木の皮を剥いて何本かを束ねる。
この世界の料理には現代に比べて足りない技法、調理法が沢山ある。
例えば揚げたり、蒸したり。下味を付けたり、下茹でしたり。
少なくとも一般人の間には足りない。
何故か?道具が無い。時間が無い。食材が無い。
色々な理由はあるが一番は食事を楽しむ余裕が無いのだろう。
今ある食べられる物を食べるという生活を送っている人にとって味なんてどうでもいいと……
飢えて死なない事が大切な人にとっては美味しいかどうかはそれ程重要では無い。
こうして俺たちが美味しさに拘れるのはその余裕があるからなんだと思う。
道具を作っていると興味を持ったのかベルナリアが話しかけてきた。
「何をやっているの?」
「ちょっと道具を作ってるんだ。まぁ明日の朝食を楽しみにしていろよ」
そんな感じにその道具を3つ程用意する。
「お嬢様の悩みは解決したのか?」
食後の紅茶のような物を飲んでいたカップに目線を落としていた顔が左右に振られた。
ベルナリアは背中を丸めたからか、一層小さくなったようだった。
「私何がしたいんだろう?」
「?」
「私親に学校に行けって言われて気付いたんだけれど、今まで何も考えていなかったなって」
俺の目からは見えないがベルナリアの手の中でカップの紅茶(?)が波紋を立てているのだろうか?
ベルナリアはカップをじっと見つめたまま独白するように呟いた。
「お前さんの父親、カークス=ウェスタ―はグリンウェル辺境伯に仕える地方領主で爵位の無い下級貴族だ。ウェスタ―家にとっての最高のシナリオとしてはお前さんをグリンウェル家の誰かに嫁がせられたらと考えるだろう。それがだめならグリンウェル辺境伯領の領主の家の誰かに嫁がせて、辺境伯の家臣の中での立場を安定させられたらと思っているんじゃないか?」
俺はお嬢様相手にこんな口調で大丈夫か?と思いながらも続ける。
「お前さんは器量はまぁ悪くはない。なら教養、所作と言った格式を上げてより良い相手に見初められる力を付けてグリンウェルの社交界にデビューさせれば……と」
「……」
「このまま親の言う通りに動いていたら嫁ぎ先はどこになるかは分らんが、そんなに違わない結果になると思うぞ。不満か?どうする?どうしたい?」
「……」
そう簡単に結論なんか出せないよな。
ちょっと前の俺は右腕のケガによって目標を失って同じようにやりたい事まで見失ってしまっていた。
で結局そのままこっちの世界に来てしまった。
お嬢様の事に偉そうに口を挟めたもんじゃない。
俺が今、冒険者をやっているのだって俺が悩んで決めたわけでも何でもない。
そうしないといけないような状況に放り込まれただけだ。受け入れただけだ。
……俺はまだ何も決めていない。
「自分の考えをまとめておくといい。何が許容できなくて、何が妥協できるのか。俺はお前が100%お前の望む様な人生が送れるとは思わない。だから後悔が少なくなるように予め決めておけることは決めておくとすぐに動ける」
そう俺はあの事故の時、美樹が傷つく事を許容できなかった。
だから動いた。飛び込めた。
その事に後悔は無い。
誤算だったのは美樹にとって「美樹の所為で俺の腕が不自由になる」事が許容できない事だった。
俺は後悔しなかったが、美樹には後悔させてしまった。
あの時は自分自身をも守れる力が無かったのが返す返すも残念だった。
「この旅の間なら手伝ってあげられる事もあるかもしれないから、良く考えるように」
そう伝えるとベルナリアは疑問符を頭に浮かべて、
「手伝うって何ができるの?」そう訊ねてきた。
「そうだな~、例えば一般魔法を使えるようになるとか?」
そう言うと聞いていたベルナリア、テレーゼにタチアナまでが驚いた顔で、
「「「えっ?」」」って声を上げていた。
「一般魔法って使えるようになるんですか?」
何故かタチアナさんが両手を前で組んだ体勢で食いついてきた。
俺は余りの食いつきに若干引き気味に、
「おっ、おう。才能の関係もあるから絶対とは言えないが、多分な。試してみる価値はあるよ」
「どんな訓練をするのですか?修行ですか?滝行ですか?」
タチアナさんが手を組んだままの姿勢を崩さずグイグイ来る。
それ以上来ると俺の背骨が悲鳴をって言うか絶叫を上げちゃう。
「落ち着いてください、お願いしますから」
タチアナさんにそう言うと自分の体勢に気付いたようで恥ずかしそうに少し下がって俺の背骨を開放してくれた。
助かった~。
「修行は必要ないかと。レベルアップしたらスキルを設定するだけだし」
「レベルアップ?スキル?設定?」
あ~、ぽっかーんしちゃった。
え~、レベルアップが分からないって?
『サーナリアさん。もしかしてこの世界の人ってレベルアップしないの?』
『いえ、レベルアップはもちろんします。ただ一般の人は告知の為のファンファーレもステータス、スキルを見ることもできませんが』
『余計なことを言っちゃいましたかね』
『とんだ禁則事項バラシ野郎でしたね』
『えっ?サーナリア様?もしかしておこですか?俺、何かしちゃいましたか?』
ウインドウの中の顔が微笑む。
顔は笑顔でも目が笑っていない。
言っちゃダメだったみたいね。ははは……
「ああ、タイミングが合えば一般魔法を使えるようになるかもね」
タチアナさんの目がキラキラしてる。
ですよね。浄化なんて超便利ですもんね。
水作成があれば水汲みが楽になりますもんね。
分かります。
「そうなんですね。ウフフ」
ウフフって言っちゃったよ。リアルでウフフって聞いたの初めてだよ。
「分かりました。タチアナさんは一般魔法希望っと。ベルナリアはどうする?」
「……」
ベルナリアは考え込んでいる。
「そうだったな。考え中だったな」
ベルナリアから顔を背けた所にテレーゼさんの顔が……飛び込んできた。
「いや、貴女は違うでしょう?」
テレーゼがタチアナさんと同じ手を組んで迫ってくる。
「貴女は護衛としての能力を……」
「魔法少女……」
目をキラキラさせて迫ってこないで~!
怖いから……
「分かった。分かりましたから」




