2章10 金髪縦ロールとの再会
昨夜あんな事があったにも関わらず朝は普通に始まった。
しかしこのままにできない事もあるので敢えてデンジャーゾーンに踏み込んでいく俺。
「昨夜の傷はもう大丈夫か?」
「傷は魔法で治していただいたので大丈夫です」
俺は朝食を作る手を休めることなく話を続ける。
「この辺にもゴブリンがあんなにも出現するなんて……コボルトだけじゃなくて……」
「女性にとってゴブリンとオークは不倶戴天の存在だからな。心配にもなる。聞くところによるとゴブリンを専門に倒している奴も居るって言うしな」
俺は静かにフランを見つめて、
「フランの事は俺が守る。だけど安全な場所以外で単独行動するときには護衛のスケルトンの数を増やさせてもらおうと思う。昨日は怖い思いをさせて済まなかった」
「ありがとうございます。私も夜の単独行動は危険な行為でした。気を付けます」
俺たちのパーティ、世界樹の若枝はまだ2人しかいない。
フランと呼び、ユウキと呼ばれるようにしたとは言えまだフランの口調は固い。
焦って何かをするつもりは今のところは無いが、もう少し砕けた感じの関係を作りたいと思っている。
それには足りない物がまだたくさんあるのだろう。
美樹の様にはいかない。
美樹との関係はそれこそ10年以上掛けて作られた物だったのだから。
その美樹との関係ですら失ってしまった。
その時自分に何が足りなかったか?正解は無いかもしれないが考える時間は充分にあったと思っている。
最早美樹に会う事は無いと思う。
だからこそこれからの相手には間違えられない。
同じ間違いをしたのではそれこそ美樹に顔向けできない。
フランとの関係がどうなるのかは分からないが今度は、今度こそは後悔の無いようにしたい。
ノーラタンの街壁の中に入ったのは傾いて少し赤み掛かった太陽に照らされ始めた時間だった。
ノーラタンの街では商店が閉まる前に駆け込みたくて急ぐ人の中を縫って歩くような状態だった。
道行く人々が力強く生きており、良く食べ良く飲み良く笑う。そんな雰囲気が漂っている。
この街には冒険者ギルドは無い。
だからこそテサーラの冒険者ギルドに依頼が廻ってきたのだろうし、殆どの事はノーラタンの中で片付ける事が出来ていたのだ。
今回の依頼も長期でノーラタンを離れると言う事情が有るが護衛の人員に余裕があるわけでは無いと言う事で冒険者に依頼が廻ってきたという事らしい。
俺は街の門番に話を聞いておいた領主の屋敷の位置に足を運び、どうやら間違わずに目的の建物を探し当てたとホッと息を付いた。
領主の館は人が住む建物としては一番大きいが、街の中で一番大きい建物は断然教会である。
祈祷や祭礼の為の場所だけでなく、修道士達の生活の場や修行の場、併設された孤児院にもかなりのスペースを割いている。
領主の館はそれよりは小さいがいざという時の為に必要になる部分もあるために、客室や集会室、広間等の普段使わない部屋も広く必要だ。
おそらくユウキとフランも今夜は客室を宛がわれて過ごすことになるだろう。
屋敷の玄関ホールにてギルドからの紹介状を執事に渡し応接室に案内された。
屋敷の全体的な印象は華美ではなく落ち着いた感じにまとまっており、装飾は最低限に抑えられているが丁寧に造られている。
個人的にはかなり好みだ。いい趣味してる。
これは昨日の親父に関する考察は杞憂に終わりそうだ。
ソファーに座ると間を置かずに40代半ばと思われるメイドさんが入室。
紅茶のような飲み物を入れて退出していった。
感想?見事な所作でした。
カップ等の調度品も華美に走らず、品の良い白磁を出してきた。
一介の冒険者に出すには過ぎた品だろう。
現にフランも口を付けていいのだろうかと戸惑っているようだ。
しばらく待っていると40代半ばの男性が応接室に入って来た。
品の良い仕立ての衣服から見るとこの人が領主のカークス=ウェスタ―卿だろう。
領主は辺境伯よりノーラタンの街と周辺の小さな町や村の統治を任されている。
一応貴族階級の最下層ではあるが、爵位は無く言わば騎士爵というやつで領主は世襲という決まりは無いものの、このところの何代かは世襲されている。
領主と思しき人物は迎えて立ち上がろうとした俺達2人を手で制すると、
「君たち2人だけかね?」
「はい。戦力としては私がネクロマンサーなので馬車1台ならば2人で充分と考えています。確認なさいますか?」
特に反応が無かったのでスケルトンを倉庫から待機状態で召喚。
ターンエンド。
思わず腰を浮かしかけた領主を今度は俺が制して、
「大丈夫です。スケルトンは私の制御下にあります」
領主は小さく頷くと話し始めた。
「今回君達に依頼するのは王都へ向かう娘の護衛だ」
詳しい話を聞くとこういう事らしい。
領主には2男1女の子供がある。
2人の息子は既に両方とも成人しているが今回末娘のベルナリアが成人までの2年間、王都にある学校に通う事を領主は望んでいるのだそうだが本人が乗り気じゃない。なら実際の入学は半年後だが入学前の見学を受けさせてはどうかという事になった。
受けた上でそれでも気に入らなかったら別の道を探すそうで早めに判断したいのでこのような状況になったと言う。
この世界で往復に40日も掛かる旅に娘を送り出せるというのは凄いな。
その後詳細を詰めていく。
護衛対象の優先順位はもちろんベルナリアが一番。以下専属メイド、馭者、テレーゼ。
馬車馬2頭、積荷、馬車のカーゴ。テレーゼが人の中で一番下なのは自分で自分を守る力があるからで他意は無い。
ノーラタンの街を出て北に行き、街道を西に向かいテサーラへ、順にエメロン、バリーモアを経て王都に至る。
途中のそれぞれの街では宿に1泊、費用は報酬とは別にする。
食料も報酬とは別に用意してくれるそうだ。
俺達は一般魔法は2人合わせれば全て使える。
万が一には回復も使える。
それらの情報を元に積荷等を精査してもらい準備を依頼する。
食堂とは別の部屋に食事を用意してもらいフランと2人で取った後、部屋に案内してもらう前に夜のお茶会に誘われた。
もちろん誘ったのはベルナリアお嬢様だ。
断る理由も無かったので謹んでお受けすることにした。
案内のメイドさんに連れて来られたのは食事をいただいた客室の近くの言わば外向けの場所からしたらかなり内にある家族向けの談話室と言った部屋だった。
ドアをノックして入っていったメイドさんに続いて入ると待っていたのは予想通り、ベルナリアとテレーゼの2人だった。
ベルナリアは相変わらず見事な縦ロールで、道具が充実しているとは言えないこの世界でどうやってロールを作っているのか教えていただきたい物だ。いや本当に。
衣装はと言うと白地のドレスに上に赤いペルシャ風のガウンを羽織っている。
体の線はまだ控えめでもう少し頑張りましょうだが、ベルナリアの歳はまだ13との事なのでまだこれからも美しく成長するだろう。
嫁ぎ先の選定は領主には色々と頭が痛い問題だろう。
貴族として生きると言うのは現代世界の俺からしたら面倒くさく煩わしいとしか思えない。
一方のテレーゼはまだ護衛中で、防具を付けている訳では無いが帯剣している。
長めの緑の髪を後ろでまとめ、シニヨンにしている。
テレーゼはこの世界の人間女性としては背の高い方だが体は全体的にスリムだ。無駄なゼイ肉が殆ど無いと言う意味では。
胸?胸は必要なゼイ肉だろ?
鍛えられた胸筋に支えられていて、とても満足です。
今テレーゼはベルナリアの後ろに一歩下がって立っている。
明日からは俺とフランの立ち位置もそこになる。
「明日からの護衛がネクロマンサーじゃと聞いたが、やはりお主であったか」
ベルナリアお嬢様は何がそんなにうれしいのかずいぶんと興奮した様子で『ムフーッ』と鼻息を出しそうな勢いではしゃいでおられた。
「前回お会いした時には名乗る間もなく失礼しました。冒険者パーティ『世界樹の若枝』のユウキと申します。こちらにいるフランシスと縁がありまして一緒に行動させていただいております。フランシスのお陰様で今回の依頼を受けさせていただくことが出来ました」
ちょうどいいタイミングだったのでフランへのフォローもしておくことにした。
昨夜の事、俺との事で悩んでいるのでは?と感じていた。
俺が言う事では無いが俺のチート能力の所為で戦闘においてフランの出る幕は殆ど無い。
おそらく戦闘以外でも俺はフランにできる大抵の事はフラン以上にこなしてしまうだろう。
それではフランの立場が無い。
このままではフランは悩み苦しみ、いつか俺の元を去ってしまうだろう。
それを俺は望まない。
そのため俺の元にフランの立場を築く。
積極的にフランがどう役に立ったのかを開示していく。
俺にはフランが必要なのだと言葉に出す。
それは美樹にしてやれなかった事だ。
俺は2度と失いたくない。
大切な物を。何一つ。
「その娘のお陰で?」
ベルナリアもテレーゼも、もちろんフランも頭の中で『?』が踊っているようだ。
「はい。おそらく私一人では御父上はなんだかんだと理由を付けて断られてしまっていたかもしれません」
みんなまだ分からないようだ。
大丈夫だろうかこの人達。
自分達の価値をどう思っているんだろうか?
「依頼には護衛対象が女性であるとは書いていなかったので想定していませんでした」
やっとみんな何かに気付いたようだ。
「私のような男がスケルトンを大勢引き連れてやってきたら怪しいと思うでしょう。ギルドの信用はあっても娘の将来を心配したら任せるなんてできない相手でしょう」
3人は納得できる話だと思ったのだろう。
だが俺のターンはまだ終わらないぜ。
「そこにこのフランです。そんな俺の横にこれほどの美人がいたらどう思うか。きっと御父上は私とフランが『そういう関係』だと考えているでしょう」
フランを見つめてそう言うとフランの顔にスッと朱が差した。
それは美人と言われたからか、それとも『そういう関係』と言う言葉を想像したからか。
他の2人も少し赤い。
これぞ朱に交われば赤くなるってやつだろう……んな訳無い。
部屋の入口の脇に控えていたメイドさんに確認したら、この後少し大きめの客間に案内するようにと指示を受けていた。2人を一緒に。
「出発するまでは御父上にこのまま誤解しておいていただきたいのだが……」
チラッとフランを覗き込むと俯いて真っ赤だった。
これ以上はイジメ過ぎだろう。イジメだめ、絶対。
「御父上に内緒でもう一部屋用意してもらう事は可能ですか?」
ベルナリア嬢に可能だとの返答を貰って、メイドさんに余計な手間を増やした事を詫びてお願いする。
旅についての打ち合わせを少々して最後に旅に持っていくパンを焼く時間を確認して今日のお茶会はお開きにする。
ベルナリアも満足いただけたようで何よりだった。
客間には浴室があった。
準備が終わっていた方の部屋をフランに譲り、俺は浴室の準備は自分の魔法でお湯を作成できるので不要と伝えて下がってもらった。
こちらの世界へ来て最初の風呂だった。
久しぶりの湯舟は俺が日本人だという事を思い起こすには充分な働きをしてくれた。
堪能させてもらった。
柔らかいベッドもあってか眠りに付くのに時間は掛からなかった。




