2章1 転び出た女性
2日目の朝、商隊とその護衛と別れて先日コボルトを見かけた場所を目指す。
商隊の馬車の方が速く、商隊は先に行ってしまった。
そのためスケルトンのみを引き連れての道中である。
普通に25体ものスケルトンを展開していると正面からくる馬車に迷惑をかけるので、3列縦隊を組む。
俺を中央にして前後左右に大楯を斜め4方向に弓を、大盾、弓の向こうに両手武器のスケルトンを。普通のスケルトンを前に7体、後ろに6体それで25体。
それだけ引き連れていると目立つ。
先日の遭遇ポイントに近づいてきていた。
街道の先方、少し高くなっているところにコボルトを発見した。
こちらを見られたと思ったら、後方に叫び声を上げて引っ込んでしまった。
街道の高くなっているポイントまで急行したら、道に馬車が倒されているのが遠目で見て分かった。
馬車の周囲で戦闘があった様子で馬車の幌は無残に引き裂かれ、人間もコボルトも倒れているのが見て取れた。
さっきのコボルトは偵察だったのだろう。コボルト達は街道の南に足跡を残して撤退してしまったようだ。
商隊は今朝まで一緒にいた人たちだった。
商人も馭者も護衛の人たちも皆亡くなっていた。
小型の刃物でめった刺しにされた遺体あり、トゲ付きの棍棒で頭を潰された遺体ありととても直視に耐えられたものではない。
先程まで生きていた人が亡くなってしまう。
この世界の過酷さに打ちひしがれてしまいそうになるが、それでも俺はこの世界で生きていかなければいけない。
どんなに悲惨な光景を目にしようとも。
何とはなしに胸の前で十字を切って冥福を祈る。
別に神様を信じている訳じゃないし、俺自身クリスチャンって訳でもない。
手を合わせて黙祷でもよかったんだろうが、何となくそんな気分だったとしか言えない。
そういえばこの世界には神様がいるんだから何とかしてやれよと思ったんだが、そいつはブーメランだと気が付いた。
そのために俺を召喚したんだと言われたらぐうの音も出ない。
取り敢えず全てを時空間倉庫に収納する。
人間の遺体12体、コボルトの死体14体、壊れた馬車3台分、馬車に残されていた積荷。
馬は解体されていて要らない部分、内臓とかしか残っていなかった。
馬の残骸は道の脇の目につかないところに置いていくしかなかった。
これからどうするか?
1、撤退したであろうコボルト達を追って街道を離れて南に向かう。
2、あくまで当初の予定通りに先日のコボルト遭遇地点まで行って北側にある薬草の群生地を目指す。
3、不測の事態(商隊の襲撃)の為、グリンウェルに戻り報告する。
う~ん、3は無いな。
依頼として薬草採取を受けて無かったら3も考えるが、依頼を受けているんだから途中で放り出せなくなった。
入街税の節約の為だったんだが選択肢を狭くしてしまったかもな。
1か……南に向かった足跡から撤退したコボルトは20体位はいるだろう。
撤退した先にもっと多くのコボルトのいる可能性も高そうだし、討伐に失敗したパーティがいるってことはもっと強いモンスターがいる可能性も高い。
コボルトだけが50体程度なら勝てるだろうが、100体近いとちょっと辛い。
もっと強いのがいると更にヤバい。
……情報不足だな。無茶はできん。
2かな。
他は積極的に選択できる要素が無い。
予定通りに動くことに決め、目標地点まで2~3km行進する。
後300m程で目標地点となった時にそれは起こった。
青天の霹靂である。
ことわざとしても、実際に起こった事も。
街道の南側に少し分け入ったところに天から雷がヴァリヴァリと落ちたのである。
ちょうど先日の遭遇ポイントの辺りだった。
何が起こったのかって何者かが雷系の魔法を使ったんだろう。
他には考え難い。
つまりは何者かと何者かが戦っている。
片方、又は両方が魔法を使うかもしれない。
ここで急いで駆け付けるのは愚か者だと思う。
どちらか人間サイドに助勢するのはやぶさかではないが、状況も分らずにいきなり渦中に飛び込むものではない。
慎重に隊列を組み換えながら近づいていく。
喧騒もこっちに近づいてきているようだと思った時、10m位先の街道脇の下生えがガサッと音を立てて揺れた。
下生えを乗り越えようとした何者かが足を取られ、そのまま街道に顔からダイブした。
正直に告白しよう。
その何者かの第一印象は『派手にいったな』の一択だった。
だがよく見るとそんな事を思っていられない程に逼迫した状況だった。
その何者かは茶色のフード付きローブを着ていたが、ローブは原型を留めておらず刃物で切り裂かれ血が滲んでいた。
だがまだ人間かどうか、盗賊でないかも分からない。
鑑定すると名前フランシス、人間、女、年齢18と表示された。
俺は4体の大楯スケルトンでローブを囲ませて護衛兼拘束とすると、もう片方の登場を待った。
それは間もなく飛び出してきた。
コボルト達は下生えを飛んで街道に降り立つと俺とスケルトン達、ローブを囲むように登場したが13体しかいなかった。
こちらのスケルトンが自分達より遥かに多い事に動揺していた。
これだよ。
状況を確かめずに飛び出すとこうなってしまうという分かりやすい例だった。
強さも数も劣るコボルトに掛ける時間は無い。
あっという間だった。ファンファーレが鳴った。
息のあるコボルトがもう残っていないのを確認するとローブの様子を見に近寄った。
ローブを守っていた大楯を少し下がらせて近づくとローブはうつ伏せのまま気を失っていた。
頭を覆っていたフードを外すと茶色の髪が零れた。
三つ編みのワンテイルが力なく垂れさがっている。
髪の毛の力が漲って立ち上がっていたら問題だが。
顔は見事な紅に染まっており、額の中央が奇妙に盛り上がっている。
角ではなくたん瘤だけどな。
ローブは切り裂かれていて隙間から覗く肌まで血に染まっている。
足は右足首が捻挫しているようだ。赤く腫れあがっている。
あられもない姿って言うのはこういうのを言うのよと全身で主張しているような姿だ。
治療しないといけないんだがポーションを自力で飲めるような状態じゃなさそうだ。
ゴクリ、ここはあれしかないか。
フランシスの顔を見る……
……
……
白目を剥いているな。
……
……
顔も擦り傷だらけだ。
どうしてこの世界のポーションはもみ薬……いや、飲み薬なんだ。
……
……
覚悟を決めるか。
俺はポーションを手に取るとキュポンとふたを開け中身を口に含む。
ポーションが口に中でシュワシュワと音を立てて俺に『やっちまえ』とささやきかける。
俺の目がフランシスの意外に艶かしい唇にロックオンされ、俺の口がフランシスの半開きになった口に……くっつく前に俺の喉がゴックンと鳴った。
俺はコンソールを開くと余っていたスキルポイントで回復を5レベルまで上げ、フランシスに向かって『ヒール』を唱えた。
ヘタレと言いたければ言うがいい。
伊達に幼馴染を失ったのではないのだ。
ローブをこのままにはしておけないので俺のフード付きローブを倉庫から取り出して着せる。
役得役得。
コボルトの遺体を倉庫に入れる。
フランシスが目を覚ますまでここで待っている訳にもいかないので移動する。
森の中で2m程の長さのなるべく真っ直ぐな棒を2本と倉庫から毛布を出して簡易な担架を作るとスケルトン2体で運ばせる。
フランシスは着ている服と40cmくらいのワンドしか持っていなかった。
街道をコボルトが出てきた方とは反対側に分け入っていく事しばし、少し広い場所に出た。
日もだいぶ傾いてきたしちょうどいい。
ここを野営場所に定めよう。
倉庫から必要な道具を出していく。
煉瓦、鉄の棒、テント、鍋、フライパン、薪、樽、食材。
テントを立てて毛布を敷いてその上にフランシスを寝かせる。
ボロボロになってしまったフランシスのローブは枕代わりに。
煉瓦と鉄棒でかまどを作り薪に火を点ける。
樽に水を作り、鍋に水を入れる。
今日もまたシチュー。加工肉だけどね。
あと野菜炒めを作る。
パンと果物少々。以上だな。
調味料が増えないと厳しいな。
「ヘックシ」
あ~、フランシスが目を覚ましたみたいだな。
……聞かなかった事にしてやろう。
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