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見えざる第三者  作者: ザ・ディル
一章 二〇一六年
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二十一話 明確な殺意


 彼女は--桜田ライムは戻ってきた。この教室に、厚芝先生がいるこの場所に。


 彼女の左手はやはり手として機能しておらず、しかしながら痛みは不思議と感じていない様子だった。暴れないし狼狽えない。それが今の桜田ライム。


 「…………」


 担任はただ、ただただ黙って彼女を見る。悲鳴を上げることはない。自分は傷ついていないし、危険だとも思えていないのだから。


 「先生。私、一つ間違っていたことがあるんですよ。そしてその間違いは私ならどうにかできます」


 彼女の瞳は冷酷で、しかしすぐにシニカルな笑いを浮かべる。


 「すべてが勉強で回るこの世界はおかしくて、異常で、気持ち悪くて吐き気がするけど、ようやく私は大丈夫(・・・)になったんです!」


 何が大丈夫なのか? 先生は何も分からない。でも、何かが大丈夫になったのだと異常(先生)もまたそう思った。この苛烈極まりない異常な状況でそう思った。

 彼女は先生に向けて歩み寄る。


 「私、ようやく気付けたんです。何が悪なのか? それは日本の社会です。これほどまでに異常に勉強を押し付けてるのは日本のお偉いさんたちがそういう政策とか、考えを実行しているからだとか、そういうことなんですよね? それで先生は従うことを強制させられている。ああ! どうしてこんなにも不条理な世の中でしょうか? でも私たち庶民はそれに蔑ろにするなーだとか、まあいろいろ、いろいろと考えてしまうわけですよね? だから先生の今までやったこといくらかは仕方ない」


 それはどうでも良くて、やっぱりどうでもいい戯言。


 彼女は狂う。怒る。非常に異常に不可解な怒り方をする。


 「でもだからと言って、クラスメイトを勉強で縛り付けながら傷つける理由にはならない。先生なら尚のこと、なおさらに知っておいたほうがいい。だから私は先生に制裁を下す」


 そう言って彼女がしたのは……自害。

 彼女が持っているコンパスを左腕に思いっきり刺し、上へ上へと血を吐き出しながらのぼり、首を切り裂き動脈を破壊する。

 普通であれば死ぬ。にもかかわらず彼女は死ぬことはない。

 さらに、彼女は血の部分から何かを形成する。腕から首の血を集め、何故か肥大化してできたものは巨大な『手』だった。赤黒く、人間の生き血をすべて啜り上げたそんな『手』がライムの身体から形成されていた。


 その『手』を振るう。先生を壁に押し付け、押し上げ、先生は足をジタバタと必死に動かすが、音はしない。そして壁に押し付け、押し上げた時にも音は発生しなかった。


 「先生は死ぬべきではないにしろ、非道で極悪な行為をしてきました。それは罪です」


 「--っ!!」


 『手』は厚芝先生の首を絞めている。

 そしてもがき苦しみ叫んでいる。しかしその叫びは反響することはない。まるで声が聞こえたことをかき消したように、声が誰の耳に入ることもなかった。

 ライムは先生の恐怖している瞳を見て悪戯に笑う。


 「あ゛ーおっかしー! 先生は考えたことあったんですか? この状況になったことを、そしてこの状況を引き起こしたのが自身の怠慢だと、理解はしたことがおありでしょうか?」


 尚も彼女は口から言葉を吐き出す。


 「厚芝先生は嫌われていてその原因が先生の今までの行いと、そして生徒たちの心を勝手に解釈して、読み間違えて、だから今私がクラスメイトの代わりにこうしてるの! 理解したほうがいいですよ、先生」


 彼女の声は教室中に響き渡るが、しかし教室以外にはまったく響き渡らない。それが彼女なのだから。それが彼女の『契約の』効果なのだから。

 先生は素すでに『手』から逃げることを断念して、ライムの話を聞いていた。


 「私は……何を……」


 「何を……、もしかして何をすればいいかと、そう聞いたんですか? 先生ともあろう人間が? 自分で考えるのが当たり前だとして、私に絞め殺されかければ命乞いですかあ?」


 「違う。……貴方を"それ"から助ける方法」


 「それ? この場合のそれとは?」


 「この『手』を、いいえ、貴方を助ける方法よ」


 「へえー。今までもユニークなクソ先生かと、クソ担任なのかと思っていたんですが、これはまた別ベクトルで面白いことを言いやがりますね」


 そう言いつつも、桜田ライムは首を締めあげる力を強くする。


 「ですがね先生。先生のやってきたことは当然私みたいな異分子を現出させるんですよ。先生のせいなんですよ。先生のせいで私がこんなんになって、異常になって、異様になってしまったんです。それを反省する気はありますか?」


 「ある」


 ギリギリと、首を絞められているこの異常な状況で、ライムの意味不明な言葉でも先生はそう言った。なんの淀みもなく、なんの躊躇いもなく。


 「じゃあ先生。もしよければ私の今後の成長を見ていてくださいね」

 「あ゛あ゛」


 そして先生の首を折った。さらに首を切り裂いた。

 当然、死ぬ。


 「アハハ!」


 笑い続けても、どんなに声を上げようとも、教室外では何も聞こえない。

 それを知ってか知らずか、彼女は笑い続ける。


 「殺したいけどなあ、でもなあ、"まだ"らしいから生き返らせないとなあ。面倒ね」


 そしてライムは部屋を出ていく。先生を治して。完全に完璧に先生の首は元通りに治して、この場合は治すというよりも間違えて首を切り落としたことをまるで無かったかのようにした。そう言い伝えるべきなのかもしれないが、とにかく先生の死を『無』くした。

 取り残された先生は目を覚ます。


 「アレは……何だったの?」


 まるで夢でも見たんじゃないかと思う先生はそう呟いた。

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