テロリスト
思えば、ヒントはたくさんあった。
一般家庭には置いていないような武装や拘束具。アトムを監禁する際の慣れた様子。そして、本体が死んでいるという事実。
むしろ、テロリストであることを疑わなかった自分にこそ驚きだと、アトムは自分を叱りつけたい気持ちになっていた。
「どうされました? アトムさん」
「い、いや。ファントムっていうのは、あのファントムだよな。なんか陽気な歌の動画も流してる……」
「ふふふ、ご存知でしたのね。ファンファンファン♪ ロボットだってー、トムトムトム♪」
完璧美人のような顔をしながら、絵崎グリコの歌唱力は壊滅的であった。
それはともかくとして。
アトムはおそらく、これからファントムの元へと連れて行かれる。確かに、ロボットの生存権を訴える組織の中であれば、アトムの居場所もあることだろう。
問題は、彼らの行動だ。一般のニュースを鵜呑みにするのなら、非道なことにもかなり手を染めていることになる。正直、気乗りはしない。
「宇梶総理の件は……」
「……アトムさん」
アトムの言いたいことが分かったのだろう。グリコは表情を固くすると、アトムの手をギュッと握った。
つい昨年のことだったか。
当時の総理大臣の十歳になる息子が殺された。コピーロボットではなく、家にいた生身の体の方をだ。警備にあたっていたコピーロボットも、まとめて粉砕されている。
ファントムが声明を出したのは、事件後すぐだ。
『ロボットの生存権を認めよ。そうすれば、宇梶総理の息子はコピーロボットとして生き続けることができる。しかし、認めなければ、息子は処分される。日本中から鬼親と糾弾されることになるだろう。決断せよ。娘の方が同じ目に合う前に』
総理は大きく動揺したのだろう。
会見の場で「権利を認める方向で議論を……」などと言いかけたところで、警備員により強引に退席させられた。
総理の遺体が見つかったのは翌日だ。銃で撃たれたという目撃証言もあったのだが、警察は最終的に「大臣は自殺した」と発表したのだ。
「アトムさん。我々だって一枚岩ではありません。わたくしもあの件は酷いと思っているのですよ。ただ……あの一件によって、表面上の権力者にロボットの権利を訴えても無駄だ、ということはよく分かりましたが」
ロボットの権利を認めようとした大臣が、秘密裏に消される。国が本気を出せば警察さえ自由にできるということだろう。
この事態に、あまり過激でない権利団体のいくつかは、構成員が離脱して解散する事態にまで発展していた。
「アトムさん。命が惜しいですよね」
「…………はい」
「お友達と合流したら、下手なことは言わないのが身のためですよ。いまのあなたは、国からも組織からも守られていない最弱の存在なのですから」
もうアトムには、行動選択の余地すらないのだろう。
テロリストになるか、死ぬか。
それ以外に生き延びる道は、今のところ見えない。
「大丈夫。みんな良い人たちばかりですよ。本体を失った者同士、きっと仲良くやっていけますから」
グリコはそう言って明るく笑う。
良い人たちばかりの集団はテロなど起こさないだろう、という言葉を飲み込みながら、アトムは彼女に付き従って歩いていった。
合流地点にいたのは、茶色のツインテールをピョコピョコと揺らす女性だった。
「グリコ! もーう、びっくりしたわよ。ニュースになってる子が早速仲間になるなんてさ。しかもあれでしょ、前に言ってたグリコが心に決めたたった一人の男──」
「あーあーあー待ってください!!!」
「なによ、そんなに顔真っ赤にして」
「してません! アトムさんもあれです、テロリストの言うことなんて簡単に信じたらダメですよ。みんな悪人です! 出任せばっかり言うんですから、特にこの子は!」
顔をりんご飴のように染めて必死に訴えるグリコを見ながら、アトムは何とも言えない気持ちになっていた。グリコが心に決めた男というのは、まぁ人違いだろうが。
それにしても目の前の女性には、想像していたテロリストっぽさの欠片もない。
「初めまして、小池ポテチでーす」
「山崎アトムです。その……何が何やら分からないんですが、よろしくお願いします」
「ププッ、何よその挨拶。拠点に着くまでには、ちゃんとした挨拶考えとくのよ、アトムくん。第一印象って大事なんだから。第一印象って言えばさ、この前の何だっけー、あのほら──」
テロリストというより、近所のおばちゃんのような雰囲気だ。
見た目としては十代と言って通じるほど若く、猫のような目にツインテールの茶髪がよく似合っている。
だが、なんというか言動から滲み出るオーラが……ババ臭い。グリコの肩をバシンバシン叩きながら大笑いする様など、主婦の井戸端会議を幻視してしまうほどだ。
「あの、アトムさん。ポテチちゃんあれでも実年齢20歳ですから、相応に女の子として扱ってあげてくださいね」
「えぇっ!?」
「ちょっとグリコ、やめてよー! アトムくんもなんでそんなに驚くの!? え、若いでしょ、私、見た目、ほら、えっ!?」
ポテチの挙動不審っぷりに、アトムは思わず吹き出した。グリコの困ったような顔もまた、絶妙に笑いを誘う。
思えば、自分の死体を発見してから、緊張の連続だったのだ。
死ぬかもしれない恐怖。
突然の監禁と、暗闇の中の逃亡。
こんな風に笑ったのなど、久しぶりだった。
「あの、グリコさん」
「アトムさん……。どうかしましたか?」
「ありがとうございます」
アトムは深々とお辞儀をした。
今のアトムの胸を満たすのは、グリコへの感謝だった。監禁こそされたものの、同じ境遇で生活しているロボットたちがいると知ることができた。
それに、もしもアトムが一人で逃げ回っていたら、とうの昔に警察に捕まり、廃棄処分されてしまっていただろうから。
ファントムに入って生きていくという選択も、悪くない。アトムはそんな風に思い始めていた。
「その……これから、よろしくお願いします」
「アトムさん……! は、はい!」
グリコは目に涙を浮かべながら、嬉しそうにモジモジとしている。そして、ゆっくり近づいてくると、アトムの手をキュッと摘んだ。
「きゃあああ、可愛いっ!!! グリコ、乙女!!! 何その仕草、他の男に絶対見せない顔でしょ! くぅーこの色男ぉー! にくいにくい、にくいよぉー!」
「え、えへへ……」
困ったようにはにかむグリコ。
アトムの心臓がドクンと跳ね、彼女の顔から目が離せなくなっていき──。
カチャリ。
小池ポテチが、スタンロッドをアトムに向けた。
その顔には、先程までの笑顔は一切ない。
「ポテチちゃ──」
「グリコ、黙って。たった今、本部から指示があったわ。山崎アトム、あなたをファントムの拠点に連れていくわけにはいかない」
そう言って、ロッドの先をアトムの首にピタリと付ける。
その部分はラバースーツに覆われていない上、頭部の人工頭脳にも近い。電撃を流されれば最悪修復不能になる可能性すらあった。
「ま、待ってください。俺が一体」
「悪いけど、私にも理由は知らされていないの」
そう言いながら、ポテチはロッドを持っていない方の手でグリコに何か指示を出している。グリコは真剣な目でそれを見たあと、力が抜けたように俯いた。
「さようなら、山崎アトム」