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地下の鉄道跡

「これがラバースーツですわ。ロボット用スタンガンの威力を軽減できます。防弾ジャケットに、フルフェイスヘルメット、保護ブーツと──」

「ちょ、え、は?」


 絵崎グリコに連れられやってきた一室には、見慣れない装備品が山積みになっていた。明らかに荒事を想定した品々で、少なくとも一般家庭でお目にかかるようなものではない。


 アトムは渡された装備に戸惑いながらグリコを見た。彼女はちょうど、着替えのために服を脱いでいるところであったのだが……。


「あ、あまりジロジロと見ないでください。も、もう、えっちなんですから……。アトムさんも早く着替えてくださいね」

「え、えーっと」


 グリコの顔は熟れたトマトのように真っ赤だ。

 昨晩の大胆な誘惑からは想像できないほどの初心な様子で、アトムもなんだか気恥ずかしくなってくる。


 ラバースーツに足を通しながら、先ほど見たニュース動画を思い出す。どうやら、アトム本体の死体が発見されたのは今日の早朝。警察は現在、行方がわからなくなっている山崎アトムB──コピーロボットを捜索しているらしい。


 ブーツを履き、ジャケットを着込む。突然のことに動揺していたアトムも、ようやく少し冷静さを取り戻してきた。


「ところで、グリコさん」


 グリコの顔を覗きこみながら、アトムは先程からの疑問に思っていたことを投げかける。


「どうしてグリコさんまで一緒に逃げるんですか? その、俺の死亡がニュースになったのは今朝のことですし、言い逃れならいくらでもできると思うんですけど」


 絵崎先生やグリコは、本来なら警察から逃げる必要はないはずだ。単に「アトムが死んでいたとは知らなかった」「一晩泊めただけ」と言えば良いだけだ。拘束していたことを抜きにすれば、それ自体は嘘でもなんでもない。


 質問を受けたグリコは、静かに目を閉じながら、短い棒状の打撃武器のようなものを腰に仕舞う。そして、アトムの顔をゆっくりと見返し、小さく笑った。


「そうですわね……細かいことは道中お話しますが。一番大きな理由は、わたくしもアトムさんと同じだからです」

「同じ……?」


 グリコは長い棒を手に取り、アトムへと差し出してきた。スタンロッド──アトムの身長ほどの長さで、先端に取り付けられた球体には、持ち手のスイッチを押すと電撃が流れるらしい。


 小さくため息を吐き、グリコが告げる。


「わたくしも、生身の体はとうの昔に死んでいるのですよ。あなたと同じで……捕まれば、待っているのは廃棄処分です」


 予想外の言葉に、アトムは返す言葉もないままスタンロッドを受け取った。




 マンションのエレベーターの制御盤に特殊な機器を取り付け、地下に潜っていくことしばらく。地の底でアトムが目にしたのは、温かみの欠片もない暗い道であった。


「これは……」

「旧時代の地下鉄道跡ですわ。今よりもっと人類が多かったころは、地上の鉄道だけでは人々の移動をまかなえなかった。その名残りだと聞いています」


 グリコは背負袋から緑色のボトルを取り出し、アトムにも一本手渡す。ラベルには「インスタントエナジー」と書いてあるが……。


「うぇぇ、これマズいやつですよね」

「味のことは言いっこなしです」


 このドリンクはコピーロボット専用のものである。エネルギー効率重視を謳っている商品で、味は度外視だ。一本飲み干せば、ほぼ一週間ほどの稼動エネルギーを摂取できる。

 味だけを再現するなら、ヘドロとプリンを混ぜ合わせて塩と納豆をぶっ込めば概ね似たようなモノが出来るだろう。


 地下道を歩きなから、ボトルを傾ける。

 一口飲むごとに吐き気が込み上げ、気分が沈む。それは隣のグリコも同じらしい。


「こんなの好んで飲む奴いるのかな」

「えぇ、おりますわよ。前にお会いした方は、これがないと生きていけないと仰っていました」

「げぇ、本気で?」

「なんでも、母親の手料理を思い出す、と」

「それはそれで……哀れだな……」


 互いに顔をしかめながら、暗い道を行く。

 あたりに響くのは、二人の会話と足音だけだ。


 光源はグリコが手に持つランタンのみ。パッと見はわかりづらいが、意外と急勾配になっている場所もある。予想以上に歩きづらく、少しでも離れればすぐにでも転んでしまいそうだ。


 錆びついた線路。

 鉄材として盗む者がいないのは、地下から運び出す労力に見合うだけのリターンがないからだろうか。


「へえ、湧き水もけっこう流れてるんだ」

「汚染が酷いらしいので、飲めませんけれど」

「いや、さっきのドリンクよりは」

「お、思い出させないでください……」


 グリコは遠慮がちにアトムの胸部を叩く。

 その様子からは、どうにも男慣れしている雰囲気は感じられなかった。


……足もとが悪いこともあり、いつしか二人は手を繋いで歩いていた。


 聞かなければならないことは山ほどあるというのに、アトムの口から出るのはどうでもいい雑談ばかり。ただ今は、そんなどうでもいい会話が二人の距離を縮めていた。



 2時間ほど歩いたところで、二人は一度休憩を取ることにした。このあたりが中間地点。座っている段差は、昔は駅のホームだった場所らしい。


 グリコがブーツの脇についたボタンを押すと、つま先の隙間から熱気が吹き出す。放熱機能がついているとのことなので、アトムも真似して足を冷やした。


「ところで、絵崎先生は一緒に逃げなくて良かったのか」


 アトムがなんとなくした質問。

 グリコは水のボトルを傾けながら答える。


「父は寝ておりましたので、書き置きを残してきました」

「……寝てた?」

「この頃の父は寝てばかりで、起きている時間がずいぶんと少ないんですの」

「体調が悪いのか」

「おそらく、かなり」


 そういえば、体のあちこちを機械に置き換えていると言っていた。アトムは先生のことを心配しながら、グリコの横顔を見る。彼女の感情は今のところ読めない。


 一昔前なら治らなかった病気も、今やその多くはそれほど苦労せずに治すことができる。また、運動機能の問題であっても、コピーロボットに使われている義体技術を用いることで日常生活を送ることは可能だ。

 恵まれている時代なのだろう。だが、それでもやはり、どうにもならない病気は存在していた。


「書き置きには、アトムさんと逃げることや、今後の合流予定などを書いておきました。あ、警察には読めない暗号で書いていますので、そのあたりはご安心ください」

「は、はぁ」


 わざわざ手間のかかることをするものだ。

 アトムは少し違和感を覚える。



 しばらく歩いた後、グリコは手に持ったボトルをくしゃりと丸めながら、アトムの顔を真っ直ぐ見つめた。


「そろそろ、ちゃんと説明しますわ。アトムさんを捕らえた理由。今までのことと、これからのこと。それに、私たち親子の話……」


 そう言ったグリコは、穏やかな顔をしている。

 だというのに、なぜか少し泣きそうな顔に見えて、アトムは思わず彼女の手をギュッと握っていた。

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