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狂笑と慟哭

 忍者、といってもその姿はコスプレめいていた。

 忍者衣装は闇に紛れるつもりなど一切ないらしく、赤や黄色、ピンクや黄緑などの明るい色も数多く混じっていた。彼らが入り乱れて移動しているのを見ていると、目が痛くなりそうだ。

 また、よく見ると男女両方の忍者がいるらしく、同色の男女二人組が協力して戦闘を行っている様子である。


「な、なんだお前らは」


 テロリストの叫び声に、朱色の男忍者は立ち止まり、両手の短刀を構え直してポーズを取った。


「……朱影と朱月。今宵、お前たちの血を吸う者」

「言ったよな、朱影! そのポーズ恥ずかしいからやめようって。この前言ったばっかりだよな!」

「照れるな朱月。今宵のお前も可愛いぞ」

「ば、ばかやろう!」


 男忍者は影。女忍者は月という字が名前の最後につくらしい。

 朱影と朱月。翠影と翠月。桃影と桃月。他にもたくさんの色の忍者たちが、それぞれ二人組でイチャつきながら素早い動きで戦闘を続けている。現実感の薄い光景だった。


 人数で言えば相手の方が多いが、巧みに連携を取っているためだろう、忍者の方が押している。


「アトムくん!」

「ココア。大丈夫か?」

「うん。行こうっ!」


 森永ココアは荷物を持ち、山崎アトムは眠っている絵崎グリコを背負う。森永ベイクは手ぶらであるが、手甲を身に着けてアトムとココアを守る位置に立っていた。



 戦闘の騒がしさが遠くなっていく。

 走りながら、ベイクは順を追って説明する。


「アトムを逃がすためには、俺たちの力だけでは足りない。だからずっと探していたんだ。前にアトムを助けてくれた忍者・青影をな」


 捜索はずいぶんと難航した。

 だが、僅かな手がかりからやっと彼らにたどり着き、協力を得られるよう交渉。紆余曲折を経て今に至るらしい。


「理想郷アガルタという組織にたどり着いたのも、あの忍者からだ。彼らはテロ活動をしているわけではないが、破棄されたロボットを拾って匿う活動をしているらしい。それ以上の情報にはたどり着けなかったが、他に道はないからな」


 この先の山の上にはVTOL機があり、空を飛んでアガルタに合流する予定だ。とにかく今は、格納庫にたどり着かなければならない。



 獣道を通り、山を登っていく。

 あたりに人影はなく、生ぬるい風が頬を撫でる。虫や鳥の声が小さく響く中、3人分の足音が静寂を引き裂いていく。


「…………あ」


 ふと気がついた事があり、アトムは思わず声を出していた。

 ココアやベイクの視線を感じ、照れながらも言葉を続ける。


「いや、たいしたことじゃないんだ。ちょっと、あの忍者たちの元ネタに気づいちゃって」

「元ネタ?」

「うん。青影だけのときは気づかなかったんどけどさ、あの大量のカラフル忍者を見てたら思い出したんだよ」


 それは、アトムが小学生の頃にハマった動画番組だった。忍者の末裔である少年少女たちが集められ、スーパーパワーでカラフルな現代忍者に変身、地球征服を企む宇宙帝国インベルダと戦う、という内容だったはずである。


「月影戦団シノビ、だったかな」

「へぇ! アトムくん、そう言うの好きだったんだ。知らなかったなぁ」

「子供っぽい自覚はあったから、当時も周りには言わなかったし、すっかり忘れてたけどね」


 あの番組のメインの視聴者層は、少なくとも当時のアトムより5歳は年下のはずだ。忍者たちの中身は、思ったより若い子たちなのだろうか。

 なんとなく懐かしい気持ちになりながら、アトムは山を駆け上がっていった。



 山頂に近い、開けた場所。

 VTOL機が隠してあるというその場所には、一人の老人が切り株に腰掛けていた。


 老人を見つけたアトムたちは、その場に静止する。


「ふぉふぉふぉ、待っておったぞ、山崎アトム」


 白く長いアゴ髭を撫でながら、その人物はヨロヨロと立ち上がる。杖をつきなんとか体を支えているその姿は、今にも折れてしまいそうだ。


 味方だろうか。

 敵だろうか。


 困惑するアトムに向かい、老人は人の良さそうな笑い顔を浮かべながら、ちょいちょいと手招きをした。


「そう警戒するでない。近くに寄りなさい」


 どうしようか。

 戸惑うアトム行く道を塞ぐように、森永ベイクは一歩前に出た。


「ひとつ聞きたい」

「うむ。何じゃ」

「貴方は……富士ミルキ博士、か」

「だったらどうした?」


 その返答に、ベイクの怒気が膨らむ。

 ココアはアトムに駆け寄り、彼を庇うように立った。


「アトムくん。あれが黒幕よ」

「えっ……」

「国・警察を裏から動かす【楽園】の管理者。アトムくんの本体を殺害するよう指示を出した、この事件の元凶。そして、この世界にコピーロボットを生み出した()()()──富士博士」

「ふぉふぉふぉ。わざわざご丁寧に、紹介すまんのぅ。可愛いお嬢さん」


 老人は否定しなかった。

 それどころか、頼りなさそうに体を揺らす演技をやめ、背筋を伸ばして真っ直ぐ立った。


 アトムは驚愕していた。

 コピーロボットは世界的な発明にも関わらず、その発明者は頑なに秘匿されていた。これは発明者の生命を守るための措置である。発明者公表は、その者の死後に各国政府が同時発表する取り決めとなっており、発明者の国籍すら不明だったのだ。


「アトム、俺が隙を作る。格納庫へ急げ」


 ベイクはふぅと息を吐き、富士博士に向かって走る。大きな筋肉が、敵を打ち倒そうと躍動する。


 鋼鉄製の手甲。

 ベイクの突き出した右腕が、富士博士の腹に刺さったように見えた。


──次の瞬間、ベイクは宙を舞い、背中から地面に叩きつけられていた。


「がはっ」

「まったく、甘いのぅ」


 富士博士は倒れたベイクを一瞥する。

 ベイクはうまく息ができないようで、咳き込みながら身をよじっていた。


「ベイクさん!!」

「お兄ちゃんっ!」


 アトムとココアの叫び。

 それを聞いた富士博士の顔が、なにやら嗜虐的に歪んだ。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん、か」


 くくく、と笑いながら、ベイクをその場に残し、ゆっくりと二人の方へ歩いてくる富士博士。その様子に、隣のココアが震え始める。


「ア、アトムくん。格納庫へ!」

「うん」


 背中のグリコをおろし、二人で地面の扉を開ける。この階段を下れば、VTOL機の格納庫へと行けるはずだ。


 だが、それを許す富士博士ではない。

 彼は一瞬で近づいてくると、両手で二人を跳ね飛ばした。


「きゃっ」

「っぐ」


 ココアは離れた場所に横たわっている。

 アトムは地面から立ち上がりつつ、富士博士を睨みつける。


「年長者の話はちゃんと聞くものじゃよ。それにのぅ、お前はこの()()をやたらと信用しているようじゃ。それに妹の方を恋人と呼んでおるようじゃがな……まさかとは思うが、気づいとらんのか? この二人の()()に」


 そう言って、ニヤニヤと笑う富士博士。

 この話を聞いてはいけない。そう思いながら、老人の口元から目が離せない。


 その言葉は、やけに大きく聞こえた。


「森永ココアの中身は男。森永ベイクのコピーロボットじゃよ」


──夜の森に響く、狂ったような老人の笑い声。そして森永ココアの絶望にまみれた慟哭が、それが真実であると告げていた。

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