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信じているもの

 出会った時のことを思い出す。


 山崎アトムと森永ココアは、遠方からの受験のために同じ宿泊所に滞在していた。そこは受験生に特化した安価な施設で、眠る部屋こそ個室であったが、食堂や風呂は共同であった。


 様々な受験生が入れ代わり訪れるうち、やがていくつかのグループができはじめる。そのうち、陽気なグループのメンバーの一人が、大々的な打ち上げ会を企画した。

 試験の予定も全て終わり、あとは帰るだけとなっていたアトムやココアは、流れでなんとなく参加することにしたのだった。


 居酒屋の大部屋。未成年ばかりなので酒はないものの、そんなものはなくても若者のテンションは上がるのだ。大声で笑い、歌い踊ってバカ騒ぎをしている。

 一方、そのノリにイマイチついていけなかったアトムやココアは、端の方でこじんまりと料理を食べていた。


『私、甘辛く煮た手羽先って大好きなの』

『そ、そうなんだ……』


 山盛りの手羽先を片付けるココアを見ながら、アトムは「よっぽど大好物なんだな」と思っていた。実際は、ただ大食いだっただけなのだが。

 ココアの顔は可愛い。何人もの男が彼女に話しかけてくるが、手羽先しか見ていないココアは彼らを軽くあしらっていた。



 会計のときの出来事だった。


『はーい、じゃあそろそろお開き! 各テーブルお金集めてー!』


 幹事の呼びかけに、皆が騒ぎの余韻を楽しみながら財布を出していく。アトムとココアのテーブルでも、眉毛のつながった顔の濃い男が金を徴収していった。


 あとは帰るだけだ。

 皆が気を緩めていた、その時。


『なぁ、一人分足りねえんだけど! 誰か金払ってない奴いるだろ!』


 顔を赤くした幹事が怒鳴り始める。

 あたりはざわつき始めた。


 幹事グループが部屋の隅に集まって何やら相談をしている。取り残された者たちは、帰るわけにもいかずに戸惑っていた。店員も、次の予約が入っているらしく早く退出してほしそうにこちらを見ている。


 ココアは部屋の中をこっそりと移動し、幹事の持つ伝票を盗み見る。そして、すぐに気がついた。払っていない者がいるのではなく、前提となる人数を数え間違っているのだ、と。


 謎は全て解けたっ!

 ココアが探偵トークを始めようとした矢先だった。


『ご、ごめん、俺払い忘れてた、かも……!』


 そう言って名乗りを上げたのが、他でもない山崎アトムだった。


 不機嫌そうな幹事は、舌打ちをしながらアトムの金を受け取る。周りの皆も、アトムに不快そうな視線を向けながら居酒屋を去っていく。

 アトムの行動は、ココアには理解できないものだった。


 仲良くなった者同士、二次会に行く話も上がっていた。

 その傍ら、アトムは誰にも声をかけられぬまま駅までの道をトボトボと歩いていく。ココアは、彼の真意を確かめようとその後を追った。



 改札まで行ったアトムは、少し立ち止まり、踵を返す。フラフラと駅横の公園へ行くと、ベンチに座って宙を見上げた。


 ココアは彼に駆け寄る。


『隣、いい?』

『あ、手羽先の子』


 妙な覚え方をされていたココアは、ガクッと膝を折りかける。そして、アトムの横に腰を下ろした。


『どうしてお金、二重に払ったの?』

『え?』

『同じテーブルだもん。集めるとき一緒だったから分かるよ。あなたが身代わりになる必要はないし、もしかしたらはじめから人数を数え間違ってたのかもしれない。どうしてあんなことを?』


 正直、愚かな男の子だと思った。

 ココアはこれまで、僅かな手がかりから真実を明らかにする、という仕事をずっとしてきた。真実を捨ててまで泥をかぶることが正しいとは、どうしても思えなかったのだ。


『バカだよな』

『うん!』

『ハッキリ言うなぁ……』


 アトムは小さく笑う。

 そして、自分はバカなのだ、と言った。


『想像しちゃったんだ……払えなかった奴のことを。楽しい打ち上げ会で、仲の良い友達ができて、盛り上がって。でも会計のときになって、実はお金を持っていないことに気づいてしまった。誰にも言えないまま徴収が終わって、案の定お金が足りない。犯人探しが始まる。それって結構辛いよな』

『それは、うん』

『あの中に一人、そういう奴がいるんだと思ったら、なんか可哀想になってきてさ……それでほら、俺はあの場で特に友達もできなかったから、誰に何を思われても良いかなぁって。気づいたら手上げてたんだ。まったく、何やってんだろな』


 誰もいない夜の公園。


 ココアは、バカだね、と言う。

 アトムは、ホント後悔してる、と答えた。


『それで、電車代まで空っぽなの?』

『うぇぇ!? なんでそれを』

『改札に入れなくて戻って来たの、見たよ』


 ココアは自分の財布を取り出し、お金を押し付ける。アトムは少し考えて、小さく一言謝ってから、それを受け取った。


『もうこんなことしちゃダメだよ』

『懲りたよ。絶対しない』


 二人で改札に向かいながら、雑談をする。第一志望の大学はどこなのか。将来なりたいものは何か。地元はどのくらい遠いのか。


 帰る電車は逆方向だ。

 ホームに向かう階段の前で、ココアはアトムに笑いかける。


『人が良すぎるのも考えものだよ。世の中、そういう人を騙そうとする人はすごく多いんだから』

『だよなぁ。うん、気をつけるよ』

『でもさ……もし将来、誰かと結婚するなら。私は、あなたみたいな人がいいな』


 その言葉に、アトムの顔は爆発したように真っ赤になる。ココアはなんだか可笑しくて、腹を抱えながら手を差し出した。


『二人とも合格してたら、仲良くしてね』

『お、おう。その時はよろしくな』


 そう言って、握手をして別れた。

 この時から既に、ココアの心の中にはアトムが居座り始めていたのだ。


 だから──。


『あ、あのさ。一緒に手羽先でも食べに行かないか。甘辛く煮たやつを出す店が、あるんだけど……』


 新入生交流会で、初対面のフリをしたイケメンに話しかけられたココアは、満面の笑みで誘いに乗ったのだ。



 アトムの腕の中で思い出し笑いをしながら、ココアは静かに目を閉じた。


「アトムくんの本体を殺したのはきっと、前のアトムくんじゃないよ。恨んだかもしれないし、妬んだかもしれない。それでも、幸せそうに暮らしている誰かを害そうだなんて……そんなこと、できる人じゃない」

「そんな。買いかぶり過ぎだよ」

「ふふ。私は名探偵だよ。それに恋する乙女なの。アトムくんのことは、アトムくんより詳しいんだから」


 そう言って、すーすーと寝息を立て始めたのだった。


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