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真実を求めて

 布団の中に妙な温もりを感じ、ぼんやりと目を開けた。あたりはまだ薄暗く、早朝と呼ぶにも早すぎる時間だ。


 掛け布団をそっとめくる。

 そこにいたのは、猫のパジャマを着て丸まっているココアだった。ずいぶん幸せそうな顔をして、アトムの腹のあたりにおでこをつけている。


「あとむ……きゅん……むにゃ……」


 ほんのりニヤけながら、舌足らずな寝言を言っている。その無防備な頭をアトムがそっと撫でると、彼女は半笑いを始めた。


「ふひひ……ふへへ……」


 ココアはアトムの手を取り、小さな口でペロペロと舐め始める。


 アトムはドキリとして、ゆっくりと手を引っ込めた。そんなことをされると、変な気持ちになってきてしまう。なんとなく恥ずかしくなって、誤魔化すように反対向きになった。


「すー……すー……」


 ココアの小さな寝息が、アトムの耳にいやに大きく響いた。そして、気がついたら再び眠りについてしまっていた。




 森永家で数日過ごすうち、いくつかの疑問は解消した。


 アトムを助けてくれた忍者については、森永兄妹も正体は知らないらしい。アトムを探しているときに突然現れ『山崎アトムをしばらく匿ってくれ』と頼まれたそうだ。言われたとおり港で待っているとアトムがやってきた……ということだ。


 それから、ココアの本体は家の奥の方にいるらしい。


「もう分かってると思うけど、あそこのドアから先は絶対入っちゃダメだからね! 私まだ、アトムくんに嫌われたくないの。ね、お願い!」


 恋人の破局理由ランキング1位は伊達じゃない。

 本体の姿を見られるというのは、裸を見たり性行為をするよりも恥ずかしいものである。世の中の夫婦には、互いに目隠しをして子作りをする夫婦もいるほどだ。


 アトムとて、本体よりかなり盛った外見にしている。ココアの本体がどんな見た目をしているのかは分からないが……あれだけの量を食べる子なのだ。それはもう、体型などは推して知るべしといったところか。



 ココアの兄ベイクはよく外出をする。

 山崎アトム殺害事件の犯人を独自に追っているらしいのだが、現段階でアトムに詳しいことは知らされていない。


「今は混乱させるだけだからな。確証が得られたら、アトムにも説明するさ。少なくとも、お前の周りは相当ややこしいことになっているようだ」


 出かけたり帰ったり、ココアと相談したり。

 漏れ聞こえてくる会話からは、ファントムやスペクターなど有名なテロ組織の名が上がってきており、とても安全な捜査活動とは言えなさそうである。


 ココアはその間、アトムと共に家にいる。

 二人で家事をしたり、イチャついたり……アトムとしては、外で危険にさらされているベイクに申し訳ないと思ってしまうのだが、彼は「気にするな、今のうちにいっぱいイチャついとけ」と大笑いしていた。


 今の平穏は、嵐の前の静けさ。

 そういうことなのだろう。



 警察も、何度か家に訪れていた。

 先日の古田刑事だけでなく、何人もの捜査員がココアの話を聞きたがった。そしてその度、ココアは情報を小出しにしながら警察の情報を引き抜くのだ。


 その日の刑事は、割とフランクに捜査情報を教えてくれる人だった。人の良さそうなおじさん刑事で、汗を拭いながらかすれ声で話をしている。


「森永さん。先日あなたの言っていた、『山崎アトムの破棄されたはずの古いコピーロボット』ですがね。それらしきロボットが、目撃情報に上がりましたよ。何でも、ロボット権利団体スペクターの構成員に似た者がいたとか」

「それは、どんな組織なんですか?」

「表向きは、デモ活動などを行っているだけの奴らですな。ただ裏では、買い替えによって破棄されるロボットを違法に回収してきては、裏仕事の道具として利用しているとか。尻尾は掴みきれてませんがね、多方面から証言が取れとるんですわ」


 もちろん、この組織についてはベイクが調査済みだ。

 これは警察がどこまで把握しているかを知るための質問であり、場合によってはココアから警察へ追加情報を教えることもある。相手方もそれを分かった上で話をしているのだ。


「刑事さん。私、ひとつ思い出しました」

「ほぅ。何をですかな?」

「アトムくんが中学2年生の時に家出をした。その事件のことは、警察もご存知ですよね」

「はぁ。ロボットが地雷を踏み抜いて、という事件ですな。あれがどうかしましたか」


 ココアは刑事の顔色を伺いながら、その情報を提示する。


「地雷事件のあった廃墟を当時拠点にしていたテロ組織が、そのスペクターだったはずです」

「…………それは」

「あくまで噂話ですけれど。その当時何があったのか……洗い直してみるのも面白いかもしれません、ね」

「ほほう」


 刑事はニヤリと笑う。

 なかなか満足のいく情報だったようだ。


「では、私からも噂話をひとつ」

「はい」

「山崎アトムの古い方のコピーロボットですがな。とあるコンビニの防犯カメラに、それらしき姿がとらえられておったんですわ」


 その言葉に、ココアの眉が上がる。


「そのコンビニは、山崎アトムのアパートから近い場所でしてな。彼が殺害された日、殺された時間帯の前後。逃げるように走り去る姿が映像の端に映り込んでいたんですわ……まぁ、そういう噂話ですがな」


 ココアは静かに俯く。この情報は、少し前にベイクが独自入手していたのと同じで、ココアにとって目新しい情報ではないはずだ。

 だがその後、ココアが深刻そうな顔を崩すことはなかった。



 夕飯時。

 帰ってきたベイクは、ココアと同じく浮かない顔をしていた。


「警察は今、真実よりも実利を取ろうとしている」

「お兄ちゃんの方でもそうだった?」

「あぁ。スペクター潰しに、アトムを利用するつもりだ。そのための材料になるなら、些細な矛盾は無視しても、それらしいストーリーを作り込むつもりだろう」


 ベイクの言葉に、ココアもまたため息混じりに答えた。


「こっちもそうだよ。スペクターとアトムくんを関連付ける情報なら、どんな些細なモノでも喜んで受け取る風だった。見返りにくれる情報が大きすぎる。意図するところを考えると、まずい流れだよね」


 アトムはどうにも二人の会話についていけず、山盛りの豚しょうが焼きをせっせと口に運んでいた。よく分からないが、ようは今の警察はあてにならないということだろう。


「アトムくん」

「ん?」

「しょうが焼き、美味しい?」

「あぁ。すごく旨いよ」

「ふふ、良かった」


 ココアはアトムを見つめ、少しだけ表情を緩める。その顔には、何か決意めいたものが浮かんでいた。


「私、頑張るね。真実を明らかにして。安心して暮らせる場所を探して。それで……一緒に暮らそうね。ずっと一緒に」


 そう言って、照れくさそうにはにかむココアに、アトムの頬は熱くなった。


……すぐ横にいるベイクは、少し居心地悪そうにしていたが。

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