酒
なんか二階で賑やかな音が聞こえる。
入ろうとしたが、やっぱりちょこっと入りそびれて、
ウロウロして、入り口で様子をうかがっていると……。
若「さあさあさあ、大きいのをグーッといきなはれ、大きいのんで」
踊り子「もう王子様は、わたいにばっかり飲まさんと、あんさんこそもうちょっと」
若「あほらしい、今時分からそないに酔ってたらもたへんがな。
もうちょっと日が暮れてからもっと大きいのを飲もうと思っているのに
それより、明日は結婚式や、めでたいでめでたいで」
踊「あきまへん、もう堪忍しておくんなはれ。
昼から飲み続けて、もう声もなんもでしまへん」
若「はじめから良へ声やあれへん、何をいうてんのやいな、弾いてや」
踊「姉さん、ほなたのんまっせ」
若「さあさあさあ、いこうやいこうや、ああ、受けえな、受けえな。
ええ、……ああもう盃が帰ってきたんかいな、ああ、せわしないな……」
賢「御免、お邪魔します」
仲居「はあ、おこしやす」
賢「あの、こちらにな、王子様お越しになってはらしませんやろかな」
仲「はあ、いいえ、あのどなたもおこしになっておまへん」
賢「隠してもらっても困りますな。私は東町の呉屋丈次郎と申すものです。
えー王子様と約束をしてましてな、御取次を願いたい」
仲「ああ、さようですかそれなら居てはるかもしれませんな」
賢「それなら、ちょっと御取次を願います」
仲「呉屋さんですな。ちょっとちょっとまっておくれやす……王子様、もし王子様」
若「なんやいな」
仲「今下にお人が見えられてな、東町の呉屋丈次郎さんというお方が、
あの、王子様にお目にかかりたい、お約束がでけてはるとこう……」
若「呉屋さんか、うーん、おかしいな、ええーああそうか、
いつもの中町へ行ったんやな、
それでここやちゅうこと聞いて来やはったんやろ。
ああそうかそうか、
うんうん、一也、茂也、わしのな古い友達やねん、ちょっと迎えに行って、
ここまでお連れせい、お連れしてきてくれや」
一「あ、さいでおますか、へいわかりました。
……ええー、これは呉屋のご主人さまでございますかかいな
まあ王子様はお待ちかねでございます、へい。
私が一也、此方は茂也、両名使者の役目と致しましてお迎えにあがりました。
どうぞおあがりを、どうぞおあがりを」
賢「いやいや、あのうそうしていただいては困りますのでな、
ちょこっと此方まで降りていただきまして……。
いえ、私が通りますと、お座敷がちょっと白けてもいけまへんので、ちょ―っと下まで」
一「いやー、そんなこといわれましても、我々両名、使者の役目がたちまへん……、
おい、茂、ちょっと茂、お手を、お手を」
賢「ああ、そのような事をされても困ります。」
一「まあまあ、そうおっしゃらずに、まあまあ階段を上がったところのお部屋でございますがな、まあまあ」
賢「そう、いやいや……押されては迷惑でございますが、これはこれは、いや」
若「呉屋さん、びっくりしましたがな。思いがけない、わー、ありがたい御入来や。
さあさあ、こっちにこい。
そんなところで頭を下げて何をしてはるねん。
お手をあげておくなはらんかいな、こっちへ。
これは呉屋さん……お前は賢介」
賢「お遊びの途中にお邪魔を致しまして申し訳ございません。
ちょっとお隣の部屋へお願いいたします」
若「……わかった、わかった。何もいいな。……何もいいな、何もいいな。
ああーびっくりした。ちょっと皆、これは呉屋さんて嘘やがな、大賢者やがな。
ほんまに粋な男やで。
わたいの友達の名前かたって、調伏にかけやがったんやがな。
ほんまにまあ……盃もっていきんかいな」
一「まあ、うっかりしとりました。さあ大賢者様、どうぞ一つ」
賢「いや、お酒をいただきにきたんやございませんので、
王子様ちょっと隣の部屋まで」
若「わかったある、まひとつ受けてやりて、受けてやりてひとつ……
話はあと、話はあと、まあ、まあ一つ、芸人が照れるがな」
賢「……芸人が照れるやなんて、情けない、王子様」
若「わかったある」
賢「もうし、王子様」
若「わかったある」
賢「あなた様は」
一「チャチャチャチャチャンリンリン」
賢「誰やそんな芝居の真似みたいに……。
わたいは歌舞伎役者の声色使うているのやおまへんのやがな。
王子様、あんたはまあ、なんという事を……もうこんなところでおますけどもな、
今朝王様にあれほどお怒りあそばして、
わたしが仲にたって涙とともにご意見を申し上げたのは、つい今朝のことでっせ。
今日一日だけはどうぞ、御辛抱をと、お願いしたのに、
護衛をたぶらかしてでてくるとは」
若「わしが悪かった。わしが悪かったんや、そらもう解ってるねん。
悪い事は重々承知やさかいな、今のところは……帰るがな、帰るがな。
そやけどまあ一つ」
賢「あのまあ物堅い王様の陰になり日向になりして、わたしがまあなんぼ……」
若「そらもう、お前さんには迷惑掛けてるねや。
わかったある、お前さんには迷惑掛けてることようわかった……、わしが悪いんさかいな。
そやさかい今日のとこは、とにかく一つ受けて、それからのこと、
まあ……、じゃかましいわい、帰にさらせ」
賢「王子様、なんと大きな声で」
若「おい、良い加減にせい、ほんまに。
向こう先の見えん餓鬼やな、こんなときに……。
こんなところまで来て、俺に恥をかかしやがってほんまに、
おのれみたいな奴、……おい。
賢者賢者の奉ってりゃええかと思って、賢者が何や、ただの年寄やないかい
実の親の言う事をきかへんわしが、お前らが何万回言うたかて
蚊が刺したほどにも思わへんわい」
賢「そんな無茶な」
若「お前みたいな奴は……もう胸くそ悪い、酒が悪酔いする。
帰れ帰れ帰りさらせ、帰りやがれ」
賢「何をなさる」
茂「賢者様、早く逃げておくなはれ、早くにげておくなはれ」
賢「はいはいはいはい」
ダダダダダダダダー。
若「帰れ帰れ、帰れ帰れ」
廊下を走って抜け出て、階段の所でガラガラガラガラドシーン。
仲「まあ、あんたお怪我はございませんかいな」
賢「あ痛い、ああ……おおきに、……不器用な者で怪我一つようしません」
仲「そんな、不器用なほうがよろしおまんねん。
もうな、あの王子様、今日はだいぶお酒も入ってますし、
機嫌が悪うございますんので、
今日の所はもうお帰りになったほうが良いとちがいますかいな」
賢「こうなるといかんと思いましたんで、
ちょっと下へ降ろしていただくようにお願いしたんですが、
無理やり引っ張り上げ……こらまあ愚痴な事をもうしました。
実は今日は王様のほうがあんまり良い事がございませんのでな。
なるだけ一つ早く帰していただきますように、
どなたはんもお願いを致します。お願いを致します。
えらいお邪魔いたしました」
表にでると二階では何が面白いのかウワアーと笑い声。
賢「お若いよってに無理もないが……。」
肩を落として歩いて……。




