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巨人たちの肖像   作者: 山本 友樹(yamaki)
29/42

第29話 悲劇、始まり。

今回の被害はあまりにも少なかった。人々は続々と避難所へ移り、巨人はそこから遠ざけて戦ったからだ。犠牲者はゼロにすることは無理ではあったがごくごく小さいものであった。




そして襲われた街、安田町の病院はUBによる被害者の治療に追われていた。




そしてまた一人の少女が病院に運ばれてきた。




担架に載せられた少女は中学生位であろう。どうやら頭を強く打っているらしくとても無事である。とは言えない状況であった。医者やナースは担架を病室に運びながらも「大丈夫ですか!」「しっかりしてください!」と彼女を励ます一方、「心拍数低下!」「今は一秒を争う時だ!」と今の状況の深刻さを突きつける言葉も多かった。




少女はやっと病室に運ばれ、オペが開始される。




ピー、ピーと機械の音がなる中、医者はメスなどを使用し、彼女の命を助けようとする。




手術は9時間にも及んだ。おかげで暦は次の日付へと進んでおり、外には朝日が昨日の事など知らなかった、忘れたとばかりに降り注ぐ。




「今日は晴れか。」




手術を終えた医者がコーヒーを飲みながら朝日を覗く。髪は短く、年齢は若く見える。だが、顔は少し日焼けでもしたかと思うほどには黒く、少しだけ老け顔だった。




「ですが今日は午後くらいから雨がどしゃっと降るみたいですね。」




後ろにいたナースが言葉を付け足す。




「雨か・・・・。こんなに綺麗な太陽だが、昼からは全く見えなくなるということか。」




「ええ。そして先ほどの彼女の結果ですが・・・・」




ナースは申し訳無さそうに話を始めるが、




「言うな。俺たちはやるだけの事はやったんだ。」




医者がコーヒーを飲みながらナースの言葉を遮る。




「はい・・・・、はい!わかっていますが!分かってはいますが!」




ナースは泣き崩れ始める。




「俺たちは命を救った。それだけで十分なんだよ。それだけで・・・・」




医者はコーヒーを飲み終える。やるせない事なんてこの世の中にはざらにあるのだ。







1日がたった。




淳は学校に向かう。今回は学校は壊されず、生徒は無事の確認の為にも登校する事が義務であった。




淳は美智子を探していた。




自分のある意味本当の姿を晒す事ができた人間であったのだから。




だが、学校には美智子は居なかった。




「美智子はどこにいるの?」




淳は生徒に聞く。




「あいつ、怪我かなんかしてすぐそこの病院かなんかにいたよな。詳しくは知らねえけど。」




淳は聞いた瞬間ゾッとした。だが、そんなことを気にしている場合ではない。今は早く会いにいかなくてはならなかったのだ。




「あ、ありがとう!」




その生徒にお礼だけ言って淳はそこを飛び出し、病院に向かった。





病院に着く。先程まで全力疾走した為か息が乱れる。ハァハァと息をつく事無く、待合室のナースに聞く。




「ここに長良美智子という女性がいると聞いて聞いたんですが・・・・ 」




息がまだ整っておらず、早口になってしまう。




「長良さんなら二階の1号室ですよ。」




それだけ聞くと淳はありがとうございます!と言い、階段に向かう。




「ちょっと!」




ナースは彼に言わなければいけないことがあったのだが、淳はそんなことに目もくれずに行ってしまった。




奥の階段の駆け上がり、目の前に1号室があった。




ドアを手荒く開ける。




「美智子!」




そこには頭に包帯を巻き、白衣の様なものに身を包む美智子の姿があった。




「大丈夫なのか!美智子!」




怪我をしていることは知っていたが生きているという事だけで十分だった。神様というのがこの世界にいるのであれば感謝という言葉を様々な国の言葉で述べたくなった。




「あなたは・・・・誰?」




は?




美智子のそんな言葉の意味が分からなかった。




「何の冗談言ってるのさ?全く面白くないよ。」




淳は笑い出す。淳は今このように喋れてる事が物凄く嬉しいのだ。だがしかし、




「いや・・・・!来ないで!」




いきなり叫びだし、頭を抱え出す美智子。




「え?」




淳はぽかんとしてしまう。




「私の知らないものは嫌いです!この部屋から今すぐ出ていって!今すぐ!早く!消えて!この部屋から!」




美智子のこの言葉の意味が分からなかった。彼氏と彼女の関係のはずなのに、あんなに笑いあったのに、何がなんのことやら意味が分からなかった。




「何を言ってるんだよ!意味がわからないよ!今までの君らしくないよ!」




「今までのってなに?私はもう昔の私が無いのよ!あなたに!あなたに何がわかるのよ!ましてやあなたは何者なのよ!消えてよ!私の前から消えて!」




美智子はヒステリックになるように淳を突き放す。まるでパニックでも起こしてるようだ。




そしてまたドアが開き、音が重苦しく聞こえた。




「君!少しこっちに来なさい!」




白衣を来た男性に捕まえられ、引き剥がされるように淳は病室から追い出される。




「何するんですか!」




淳は激情していた。意味がわからない出来事が目の前に起こり、病室を追い出されたのだから。




「落ち着いてください!」




少し肌の黒い白衣を着た医者は少し大声を出したあとに続ける。




「彼女、長良美智子さんは我々が発見した時は命の危険に迫られていました。我々はなんとかして彼女の一命をとりとめましたが・・・・」




下をむく医者。




「彼女、美智子さんは今までの記憶がありません。」




医者の一言が淳を遠くへ引き離した。




「つまり、簡単な言葉で言うなら記憶喪失ということですね。」




淳は言葉が出ない。その医者の言葉が淳の声を奪ったようでもあった。




「頭に大きい質量のタイル、もしくはコンクリートをぶつけ、倒壊したビルの下敷きになっておりました。」




「ビル・・・・?」




なんとか二文字の言葉が出る淳。




「ええ。彼女は避難所の真逆、巨人と怪獣の戦いを見届けるかの如く避難所の方向とは違う方向に向かったのでしょう・・・・。そしてビルの下敷きになっていました。」




淳は医者からの言葉に膝が崩れる。へなへなと倒れる淳から生気を感じない。




そうだ。あの時だ。自分が巨人だという正体をバラしたせいだ。彼女は自分だと分かったから僕を心配するようにしてこちらに向かおうとしたのだ。


そして僕がよけたUBのビームがビルを崩した時、彼女はそこにいて・・・・。




脳の処理が追いつくより先に原因が判明していく。僕が悪い。僕がもっとうまく戦えていればこんな事には・・・




考えるだけで涙が出てくる。泣いても何も始まらない、何も変わらないが今の淳には涙を流すこと以外何も出来なかった。




「僕のせいだ!僕のせいで!」




頬を伝わる涙は廊下へと流れ落ちる。うっ!うっ!と嗚咽も漏れる。




「ところで、君、美智子さんとのご関係は?」




医者が言葉を開く。




「彼氏、彼女の関係でした・・・・。」




医者はその言葉を聞いた瞬間態度が変わった。




「ならなんで!彼女に付き添ってやらなかった!あんな怪獣が出てきてる時に!連絡すらしてやらなかった!」




医者は淳の胸ぐらを掴む。




「君に彼女の為に涙を流す資格はない!」







泣いている淳を誰も見向きもしなかった。それよりも周りは自分の事が大切で、彼についた傷などどうでもいい事なのであったのだから。




「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」




心が空虚だった。










夕方になり、大雨が降り注ぐ。




俺は昨日崩壊したビルの写真を取りに行っていた。




レインコートを着ていても雨が体に侵入してきて少し気持ちが悪かった。




何枚も写真をとるが、どれも似たりよったりな気もした。




「こんなの撮って伝えて・・・・。俺は何をしたいんだ・・・・?」




俺はこう漏らすが、写真を撮り続けた。今は考えてる余裕はない。ただただシャッターを切り続けた。




そして俺はもう1つ気がかりな情報があった。このビルから1人の少女が発見されたということだ。その名も長良美智子。俺も良く知る快活な少女だった。病院に運ばれたがその後は知る由もなかった。




このビルからは幸い犠牲者は出なかった。UBがビルを破壊する前に全員が避難所へ向かっていたからである。




「美智子ちゃん・・・・」




心配する声が漏れてしまう。とにかく無事であって欲しい。それだけであった。




写真を取るのもそこそこに、俺はカメラをバックにしまい、ここから退散する準備を行う。




「ん?あれは?」




準備をしている途中、何かに気づく。




この大雨の中、1人の少年が下を向き、足取りもおぼつかないようにフラフラと歩く姿が。




「淳か?」




間違いなかった。淳だ。が、何故ここにいるのだろうか。今普通なら彼は学校にいるはずである。




走ってかけよる。




「なんで土砂降りの中、傘も無いのかよ?」




俺が予備として入れていた折りたたみの傘を差し出す。




「隆さん・・・・。」




涙でぐしょぐしょに濡れ、真っ赤になっていた顔が上がってくる。泣きじゃくった跡か。




「どうしたんだよ・・・・。」




「美智子が記憶喪失になっちゃいました・・・・。僕のせいで!僕が正体をバラしたせいで!」




「美智子ちゃんが記憶喪失・・・・?」




淳は事情を俺に喋ってくれた。自分の正体を明かしたせいで避難所に行かずに自分の方向に向かい、犠牲者を作ってしまったことを。




「美智子ちゃんはお前の為に・・・・」




俺はそこからの言葉が出なかった。ただただ彼女の生真面目な優しさがこの悲劇を招いたのかもしれない。

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