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あのひ(リライト)  作者: 高橋 隆
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 気が付くと、俺は昨日の神社にいた。

 いや、昨日ではない。今日だ。

 長い夢の見ていた気分だ。いや、実際夢を見ていたのだろう。

 身に覚えがなかったが、どういうわけか、顔に涙が流れたような感覚が残っていた。

「悟? 聞いてる?」

「え? あ、ごめんぼーっとしてた」

川島だ。元気なままの川島がいる。

「あはは。雨も止んだみたいだし帰ろ?」

そうだ、俺らは夕立にあって雨宿りしていたんだ。

 ルカは、いない。ふと気づいたが、俺が今腰かけている場所は俺が見た夢でルカが居た場所と同じだった。

 試しに頬をつねってみる。普通に痛かったし、川島から「どうしたの?」と笑われた。

「ああ……ああ、帰ろう」

ルカも居なければ雨も止んだ。あの時とは違う。もう大丈夫だ。

 俺と川島は神社を後にする。

「やっぱりさ」

神社を出て数秒後、何かを決意したように川島が口を開く。

「ん?」

無意識に、俺も川島も立ち止まっていた。

「やっぱり私ライブ行くのやめる」

「え?」

「悟が行かないなら私も行かない。夏休みは、悟と一緒にいたい」

「急にどうした?」

一緒に居たいと言われるのは確かに嫌な気分はしない。

「夏休みはさ、悟とどこかに行きたい」

そう言ってもらえるのは、確かに俺が望んだことだった。でも同時に、何かがひっかるというか、違和感というか。

「じゃあ、どこ行く?」

質問しながら、自分でも考えてみる。川島と一緒ならどこに行っても楽しそうだったが、そう、強いて言うなら。

「うーん」

具体的に考えると案外思い浮かばないものだ、そうだなぁ、映画とかどうだろうか。

「映画とかどう?」

俺の思考とシンクロするように川島が言った。

「映画観て、その話をしながら晩御飯食べに行って」

川島の言葉に合わせてその様子を想像してみる。悪くない。でも、

「でも、別に夏休みじゃないと出来ないことってわけでもないよね」

俺もそう思った。

「ま、いいんじゃない?」

そんなに特別なことじゃなくてもいい。単に特別なことを咄嗟に思いつけないだけともいうが。

「そうだね」

そうして、俺たちはそれぞれの通学路の分岐点まで来て、そこで別れた。

 気分がよかった。川島とこんなにも気が合ったのは初めてのことかも知れなかった。でも同時に、小さな違和感も感じていた。望んだことではあったが、うまくいきすぎてるというか。

 翌日、テスト最終日を思いのほか何事もなく乗り切り、明日からは夏休み。テストも終わったので部活も再開。

 俺の所属するのはソフトテニス部だったが、学校としてあまり強いわけでもなくゆるくやっている。いつも通りに汗を流しそろそろ帰ろうかとなる。いつも通りだ。

 家に帰り着いてからは、川島からメッセージが着て具体的な夏休みの計画を話し合う。

 何の違和感もない。

 翌日早速映画に行くことになった。観る映画は川島が選んだ。今大流行の映画で、俺は個人的にすでに観ていたのだが、川島が未鑑賞でどうしても見たいというのでそういうことになった。嫌というわけではなく、何度も見たくなるタイプの映画だったし実際そうしたかったのでちょうどいいきっかけになったといえる。

 いや、違和感はあった。個々の出来事は何もおかしなところはないのだが、何かが引っかかる。霧の中にいるというか。そして、どういうわけか息苦しさのようなものを感じていた。

 違和感の正体がはっきりし始めたのはそれから3日が過ぎてのことだった。きっかけがあったわけじゃない。だが、なんとなく想像していたものが確信に変わってきた。

 違和感は、起きる出来事に対して生じていたものではなかった。逆だった。つまり、ことが起こらないことが違和感だった。

 ここ5日間で起こった出来事は、すべて予想の範疇というか、今までどこかですでに体験したことの繰り返しばかりだった。つまり、目新しい出来事が起こらない。


 単なる思い込みと言われれば否定できない。そう思って行動を起こしてみた。

 川島に、『何か今までやったことのないことをやってみないか』と持ち掛けてみる。やっぱり夏休みだし思い出を作りたい、と。

 返事は案外すんなり返ってきた。『それならば友達も誘って海に行こう』と。

 返事が返ってきたことで俺の違和感は単なる思い過ごしだったのか? と思えてくる。もちろんそうならばその方がいい。

 ところが、そうはいかなかった。計画を立て、友達を誘うところまではよかった。しかし、直前になって、当日は大雨になるという予報が舞い込んできて、計画が流れる。別の日を模索してみるが、今度はお互いの予定が合わない。

 疑惑はいよいよ確信に変わってきた。こうなると、前から感じていた『なんとなく息苦しい感覚』がいよいよ具体的になってくる。

 疑惑を否定したい一心で、俺は一人でどこかに行くことにした。翌日早朝、行先は決めず、とりあえず最寄りの駅から電車に乗ってみる。どこでもいいから俺を知らない場所に連れて行ってくれ。

 乗った電車には他の乗客が全くいなかった。

 確かに、乗客のあまり多い路線ではなかったが、それにしても全く人がいないのは不自然だ。体験したことのない状況という意味では俺の不安を否定する状況だったが、これはこれで別の不安に駆られる。

「よう」

急に、後ろから声をかけられた。その瞬間、急に現実に戻されるように周囲の音が耳に入ってくる。聞いたことのある男の声。カゼだ。

「カゼ」

「ん?」

「ここはなんだ?」

自分の客観的な部分が、なんて変な質問をしているんだと咎める。だが、カゼはこの質問の答えを知っているという、確信めいた何かが俺にはあった。

「ここはお前の世界だ。お前もわかっているはずだ」

「俺の世界?」

聞き返しはしたが、確かに答えを知っているような気がした。既視感のような、そんな感覚だといえば近いだろうか。

「そう、お前が川島の死を否定した世界だ。だから、川島は生きている。それだけじゃない。ここではお前の望むことしか起こらない」

理解が、カゼの言葉と同時にやってくる。言葉と思考が同期する。カゼの言葉が耳に入ってくる前にその言葉の意味が理解できている。そんな感覚だった。

「違う。俺はそんなことは望んでいない」

「違わないさ。川島の死を否定し、世界を否定するとはそういうことだ」

「俺が望むのはあくまで現実だ。こんな幻じゃない」

「ここが幻だとどうして言い切れる」

「ここが不完全だからだ」

「不完全なのはお前だ」

「そうだ。俺は不完全だ。不完全だから、見たことのないものを見るし、体験したことのないことが起こる」

「それが不確定で予測できなくて不安なことであっても、いや、そうであるからこそ、生きることに意味がある」

 カゼが話しているのか、俺が話しているのかよくわからなくなってきた。その区別はあまり重要なことではなくなっていた。

「川島の死もそうか?」

「そうだ。望んでないし予想もしなかった。だからこそそれは夢でも妄想でもない」

「ほんとにそうか?」

「夢でも望まない事態は起こる」

「それは現実がそうだからだ。夢は現実の再現だ。現実があるから、夢を見ることができる」

「なら、お前はどうしたい?」

 夢は永遠には続かない。現実に戻らなければ、夢を見ることはできない。たとえそれが、受け入れがたいものを受け入れるという意味でも。川島の死を受け入れるという意味でも。

 だが、どうすれば夢から覚められる?

 簡単なことだ。認識すればいい。今見ているのが夢であることを。現実と夢の違いを。

 俺はどこから現実を否認していた? 川島が倒れた時か?


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