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家路につきながらもこれからどう行動すべきかについてぐるぐると考えていた。
冷静になったというべきか、カゼと別れて時間が経つにつれだんだんと奴の言うことが信じられなくなってきていた。いや、そもそも川島が今病院にいるということ自体がまた俺の妄想だったりはしないだろうか。そう、ルカの時のように。それを確かめるのは簡単だ。川島に電話一本、またはメールを一通送ればいい。
だが、俺はそうしなかった。もしそうして、やっぱり川島が入院していたなら、もう逃げられない。いや、俺が行動するとかしないとかの問題ではないはずだが、それでもこう、観測されない事象はまだ事実ではないというか、要するに確かめるのが怖かった。
いつの間にかうつむいていたのか気づきもしなかったが、ふと顔を上げると、数メートル先に人影があった。こっちを見ている。
ルカだった。
気づいた以上無視もできず、かといって何を話していいかもわからない。結局俺は立ち止まり、沈黙が流れた。
「川島さんに、会いましたか」
たっぷり30秒は変な空気が漂ったあと、ルカのほうがぼそりと呟いた。
「ああ」
言いたいこと、聞きたいことは確かにあったが、日本語にならなかった。
「ほかに……誰かに会いませんでしたか」
それだけ聞くと変な質問に聞こえる。でもそれはきっとカゼのことを指しているのだろう、と俺は直感する。
「会った」
ルカはハッとしたようだ。続いて何かを言いかけたが、俺はそれより先に言葉を重ねた。
「そいつは、川島を助けられると言った」
「あの人の言うことを信じてはだめです。お願いですから、私を信じて」
ルカの否定は早かった。同時に俺は頭にくる。
「じゃあどうしろって言うんだ?何もせずに受け入れろと?どうして?」
「それは……」
「何もしなくても川島は死ぬ。俺は川島を死なせたくない」
「川島さんを助ける方法を私は知りません。でも、あの人の言うことを聞いてはいけないことは知ってるんです」
なんだそれは。あんまりな主張に俺は勢いをそがれてしまった。
言葉が続かず、沈黙する。そうすると、続く言葉もなんだか言い出しにくくなる。
「……対案を出せよ」
やっと出た言葉に先ほどの語気はなく、ぼそぼそとした独り言のようになった。
「えっ」
「対案だ。あいつの、カゼの言うことに従うなというのなら――お前の言うことを信じろというのなら――俺が納得できる対案を示せよ」
「それは」
「できないなら、俺はカゼの言葉を信じる。それだけだ」
ルカは立ち尽くしていた。俺は意図して振り返らずにその場を去った。
ルカが追いかけてくることはなかった。
しばらく歩いて家にたどり着く。ルカと話して思わず頭に血が上っていたが、今はそれもおさまり冷静になっていた。
やっぱり川島に連絡してみようかと思ってポケットから携帯を取り出す。ここで今までのことが全部俺の妄想だとわかってしまえば、これ以上あれこれ考える必要もない。ふと時刻表示が目に入った。もう7時前だ。
玄関の前でしばらく悩んだが、結局どう聞けばいいかわからなくて連絡は取らなかった。
家には母親が先に帰ってきていた。「遅かったわね」に対しては、「友達と遊んでいた」と返しておく。川島が倒れた、というのは言い出せなかった。
うちの親は、割と放任主義な方だと思う。今だって、「テスト期間中に遊んだりして」などとは言ってこなかった。親としてどうなのか、と自分で思うこともあるが、まあ都合のいいときもあるので黙っている。
翌日も仕事がある都合上早く眠ってくれるし、俺の部屋は玄関に一場近い場所にある。これらに放任主義を加えれば、夜中に家を抜け出すことは造作もないことだろう。
行動を妨げる状況はない。それは、言い換えれば、状況を言い訳には出来ないということだ。あとは完全に俺のやる気の問題だ。