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翌朝。
寝坊した。試験期間中に寝坊するというのは想像以上に焦る。まあ、そんなに致命的というレベルではなく、急げばまだ何とか間に合う程度の寝坊だった。
要するに、今朝は昨日の出来事を思い出す余裕がなかった、という話だ。しかし、それも学校に着いて朝礼が始まるまでの話だった。
川島が、来なかった。
「川島は体調不良で欠席だそうだ」
担任のそんな言葉で、昨日の記憶が一気に蘇る。
いてもたってもいられなくなり、朝礼が終わってすぐ後、俺は川島に電話をかけた。
携帯は持ち込みからして禁止されていたが、素直に守っている生徒は少なかったし、階段の屋上に通じる部分や特別教室のある校舎など人目につかず使える場所についても生徒の間では常識だった。
呼び出し音の鳴る時間が永遠のようにも感じられる。
もし万が一、昨日ルカが言ったことが事実だとしたら。
ルカは、昨日神社で倒れたのは川島だと言った。もしそうだとしたら、意識が戻らなかったのも川島ということだろうか。
「悟?どうしたの?」
川島は思ったよりもあっさり電話に出た。安堵すると同時に、続く言葉を考えていなかったことに気づく。
「あ、いや。元気?」
「何それ。心配してくれたの?」
「や、まあ、そうだな」
実際心配していたわけだが、急に恥ずかしくなる。川島はあははと笑った。
「まだ学校でしょ?そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そうか。ならよかった。……じゃあ、もうテスト始まるから……」
昨日なにがあったんだっけ、とか聞ければ早かったんだろうが、聞けなかった。
「うん。がんばってね」
ああ、と返して電話を切る。
結局、電話では昨日倒れたのか、ただの体調不良なのか判断がつかなかった。と、思っていたら直後に川島からメッセージが届く。
『あ、407号室ね 待ってるから』
息が出来なかった。
放課後、俺はまっすぐ病院に向かった。場所は聞いていなかったが、迷うことはなかった。このあたりで一番大きな総合病院。昨日ルカが運び込まれた病院だ。
実を言うとこの病院ではないことに期待していた。受付に行き、名前と部屋を確認する。
看護師の返事は残酷だった。
「確かにいますよ。入館証をつけてあちらにお進みください」
407号室は個室だった。集中治療室、というほどではなかったが、個室というのはあまりいい予感はしない。
ノックして、扉を開ける。
「あ、来た来た」
なんだ。元気そうじゃないか。
どういう事情があるのかはわからなかったが、その部屋は他の相部屋の病室と変わらない広さであるにもかかわらず、ベッドは川島が使っている1床だけだった。やたら広いだけで何もないスペースに川島が一人ぽつんといるだけのその部屋に、どうしても良くない想像をしてしまう。
「おう。元気か?」
努めて何でもない風に。『大丈夫か?』とは聞かずポジティブに。
「うん。退屈なだけ」
それからの川島はとにかく喋った。今日一日本当に暇だったとのことだ。
川島が話すには、昨日倒れた理由は医者にもわからなかったらしい。つまり、川島の入院はあくまで検査のための入院で、このまま何もなければ明後日にでも退院出来るということだった。個室にいるのも川島に原因があるわけではなく、単に部屋が空いてなかっただけだったらしい。
結局、一時間以上は話し込んで、さすがに話題が尽きたところで今日はもう帰ることにする。
「じゃあな。明日も来るよ」
「うん。今日はありがと」
つとめて笑顔で、病室を後にした。
ルカが言ったことは本当なのだろうか。確かに、川島が倒れ、病院に運ばれたところまでは本当だった。でも、少なくとも今はこんなに元気そうじゃないか。ここにいる理由も単なる検査だ。
だが、もし本当だとしたら。嘘だと決め込んで何もしなかったとして、本当に川島が死んでしまったとしたら最悪じゃないか。
加えて、自分が川島が死ぬと思って行動すること自体がその運命を肯定してしまうようで、なんというか、認めたくなかった。
それも含めて、もう一度ルカに会って、話がしたいと思った。
「お悩みのようだな」
急に声をかけられたのは、病室の扉を閉めた瞬間だった。