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俺が家に帰り着いたのは9時とか10時近い時間のことだったと思う。雨は相変わらず止まなかった。
偶然、両親とも出張で今日は帰ってこない予定だった。兄弟もいないので、今日は完全に一人だ。あれこれ詮索されなくて気が楽だともいえるし、こういうことは誰かに聞いてほしいことだとも思う。
雨に濡れたから先に風呂に入り、晩飯をカップラーメンで適当に済まし、あとは明日の試験対策をそこそこにやって寝るだけだ、というところまできたが、今日はまだ終わらなかった。
『ピンポーン』
日付が変わろうかというタイミングで唐突に玄関でチャイムが鳴る。
親のどちらかが帰ってきたか、非常識な宅配便か、あるいは部屋を間違えたか。瞬時に様々な可能性が頭をよぎったが、結局頭の中だけでは結論は出ない。
「どなたですかー」
返事もそこそこに玄関を開けようとドアに近づく。
「わたしです」
男の声ではなかった。
「ルカです」
待て。どういうことだ?
ドアを開ける。
「あ」
本当にルカだった。
「あの。あなたに大事なお話があって。川島さんについて」
「川島?」
「はい。あの、川島さんは」
「ちょっと待て」
俺は話を遮った。よくよく見ると、ルカは雨の中を歩いてきたようだ。
「まあ、なんだ。入れよ」
「え、あ、お邪魔します」
「着替えまでは用意できないわ。悪いけど」
俺はルカにバスタオルを渡してやる。
「あ、はい。……ありがとうございます」
「拭いたら、そこらへん座っといてよ」
「……はい」
こういう時は暖かい飲み物でも出してやるべきだろうか。などと考えていたが、正直に言うと時間稼ぎだった。そうしないと理解が追い付かなかった。
なんだ。この状況は。
ルカはもう意識を取り戻したのか?それにしたってこんなにすぐに病院を出られるはずはない。では、抜け出してきたということか?そうだとしても、何のために俺の家に来た?そもそも、どうして俺の家の場所が分かった?何のためにといえば、さっき川島がどうとかいってなかったか?
「お前。もう大丈夫なのか?」
散々考えた挙句、最初に口から出た質問はそんなことだった。
「ええ。私は。それより、大事な話があるんです」
「どんなこと?」
今の状況を説明する以上に大事な話があるのだろうか。
しかし、次にルカの口から発された言葉は俺の想像力をはるかに超えた突飛もないものだった。
「川島さんです。川島さんは明後日、お亡くなりになります」
空気が凍り付いたようだった。
「は?」
「夕方、倒れたのは本当は私ではなく、川島さんだったんです。あの場では私が肩代わりしました。……つらいことだとはお察ししますが、受け入れてください」
思考は完全に停止していた。もともとよくわからない状況で、さらに訳のわからない説明が加わる。
ルカはなんて言ったんだ?川島が死ぬ?なぜ?冗談?でも冗談ならどうして?そもそも冗談だとしても何も面白くない。
そう。面白くない。それどころか怒りさえ覚える。
「ごめん。あんまりおもしろくないわ。その冗談」
「いえ。冗談などでは」
「帰ってくれ」
「え?」
「何しにここに来たかよくわかんないけど、今すぐ出て行ってくれ」
「あ、ちょっと」
俺はルカの腕をつかむと、無理やり玄関まで連れて行って、追い出した。ルカは外でも何か言っていたが、俺には聞こえなかった。
もういい、今日は疲れた。寝よう。
川島が死ぬ。信用する根拠は全くなかったが、ちょっとだけ想像して、それはとても怖いことだと思った。