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「何か困ってるのかな?」
川島がつぶやいた。
「え?」
川島の視線は神社の境内、俺が見ていたのと同じ女の子を向いていた。しかし、困っているという印象は俺にはなかった。
年は俺たちと同じくらいだろうか。平日のこの時間に私服で神社にいるというのは違和感と言えば違和感だったが、さほど気にすることでもないように思えた。
普通なら気にはなってもそのままスルーしたことだろう。普通なら、というのはつまり、普通ではなかったわけだが。
ふと、頬に冷たいものを感じ、反射的に空を見上げる。
「ん?雨」
夕立だった。
あっという間もなく雨足は強まり、とても外にいられる状況ではなくなる。
俺と川島は慌てて神社に駆け込み軒下で雨宿りした。
結果的にさっきの女の子と一緒に。
「こんにちは」
最初に声をかけたのは川島だった。
「すごい雨だね」
「ええ」
女の子の返事はそっけなかった。心ここにあらず、というべきか。困っている、という川島の予想はあながち間違いでもないようだった。
「何か困り事?」
思ったことを単刀直入に聞くのは川島のいいところだ、と俺は思う。
「え?」
初対面でいきなりそんな質問をされれば驚くのも無理はない。
「いえ。なんとなくそうかなって」
女の子は川島を見つめ、目をそらした。どういうわけかとても悲しそうにみえた。
「ええ。まあ……探し物です」
「探し物?よかったら私たちも一緒に探そうか?」
「私たちって、俺も含まれてる?」
「当たり前じゃん。何?この流れで一人だけ帰るつもり?」
「いや、そうじゃないけど。普通そういうのって一回聞くもんじゃね」
「いいのよ。悟だし」
「え?何が?なんで?」
「ふふ」
俺と川島のやり取りを見て、女の子は笑っていた。笑うところがあっただろうか。
しかし、その笑い声に反して、瞳は依然悲しげだった。
「お二人は仲がいいんですね」
「あ、わかる? まあ、ずっと一緒だったからね。腐れ縁ってやつ?」
「いや、腐れ縁はいい意味じゃないぞ」
という俺のつっこみは完全にスルーされた。
「私は理沙。で、こっちは悟。あなたは?」
「私は……ルカって言います」
「ルカちゃんね、よろしく。それでええと、あ、探し物」
「いえ、一人で探せますから。でもありがとうございます」
「ほんとに? こうして知り合ったわけだし、遠慮しなくてもいいんだよ?」
「ええ。でも本当に大丈夫ですから」
「でも」
「川島」
見かねて俺は止めに入る。誰とでもすぐに仲良くなれるのはいいことだが、急に距離を詰めてしまうのはあまり褒められない。そういうのが苦手な人も決して少なくはない。
「あ、ごめんね。わたしちょっと油断すると突っ走っちゃって」
「いえ、謝らないで下さ」
ルカは言い終わらなかった。言い終わる前に、倒れた。
それからは怒涛の展開だった。
状況が理解できなくて頭は真っ白だったが、結果的に俺たちは119に電話し、救急車が来るまでの間電話の指示に従って応急処置をし、救急車が着いてからは同乗して病院まで行き、処置室の前で経過を見守った。
長い時間ではなかったはずだが永遠に思えるような時間が経過した後、処置室から医者が出てきて、経過を伝える。
「正直に言って、どうなるかわかりません」
医者が言うには、倒れた原因はわからず、意識もいまだに戻っておらず、またそのような兆候も見られないとのことだった。
加えて、ルカは身元が分かるものを身に着けておらず、どこに連絡を取ればいいかわからないそうだ。
俺らだって今日あったばかりで、知っていることと言えば名前ぐらいだ。そう、苗字だって知らないのだ。
気になるのはわかるがここにいても今すぐ事態が変化することはないだろうということで、俺たちは連絡先を伝えて家に帰ることになった。
夕立だと思っていた雨は、今もなお降り続いていた。