第9話☆沼川海湖6
美智子は、箕浦が閉めようとした玄関ドアにしがみつく。
「あの、カツ丼!」
「四谷警察署としては、無実の沼川先生を拘留する訳にはいかないんですよ」
箕浦は、美智子のカツ丼発言は一切聞かず、美智子を締め出すためにドアを閉めようとして必死になっている。
美智子もカツ丼が食べたくて必死になっている。
小川もドアを掴みながら、箕浦と美智子の間に入って言った。
「僕たちは、事件があったスターバックス横の路地に通う事になると思います。ほかの刑事もおりますので、美智子さん、もし何かありましたら、この四谷署にお越し頂いてもいいですし、スターバックス横の路地に来て頂いてもいいですよ」
小川の手がズレて美智子の手に当たって止まり、小川の手の温もりが美智子の手に伝わる。
箕浦にカツ丼を求めていた美智子は、小川を見つめ急に大人しくなった。
「はい。そうします」
美智子は素直に引き下がった。そっと手を動かして、小川の手の下にある自分の手を抜いた。
美智子の手に小川の手が触れていたのはほんの数秒なのだが、美智子にとって小川の手の温かさは魅惑的な刺激となって心はトキメキを感じずにはいられない。
だが美智子のトキメキはすぐに終わってしまう。同僚の刑事が美智子のショルダーバッグとノートパソコンを持って来て美智子に手渡したからだ。
美智子は自分の荷物を受け取ってノートパソコンを抱えると、四谷警察署に背を向けて歩き出した。
外は陽が暮れて薄暗くなっている。
東京新宿の夜の街は、明る過ぎて空の天の川は見えない。
美智子は、店に飾ってある笹と葉ににぶら下がっている短冊を見て、七夕を思い出し新宿の夜空を見上げる。
「もうすぐ七夕か……」
その美智子の目にも天の川は映らない。ビルの衝突防止灯の赤い点滅が見えるだけ。
「年に1度の織姫と彦星の出会い。彼氏のいない私には無縁だわ」
それはいつもの事だと、美智子は気を取り直して自宅へ向った。
その数日後、七夕と無縁だと思っていた美智子は知るのである。
今回美智子が巻き込まれた事件には、悲しみと嫉妬により鬼になってしまった織姫がいた事を。
7月2日。
新宿駅前は今日も晴れていた。
今回の事件は、目撃者がいないため捜査は難航すると思われていたが、事件があった当日に被害者が持っていた携帯電話の通信履歴から7人の容疑者が浮かび上がった。
携帯にあった登録名は、上野美佐、内山陽子、近藤房江、瀬田香織、野口里子、林泉、藤枝典子。全て女性である。野本美智子の履歴もあったが、箕浦の独断で、美智子は容疑者から外されていた。
それともう1つ。遺体解剖の結果、真鍋幸彦の右犬歯の隙間に体毛が挟まっているのが発見され、その体毛は現在DNA鑑定中となっている。
ベテラン刑事の箕浦は、7人の容疑者からDNAを採取するために、若手刑事の小川と共に7人の容疑者の下へ出向く事になった。