第17話☆その後の捜査状況
7月4日。
新宿駅前は、入梅したした事もあって雨が降っている。
四谷署内にいる箕浦は刑事一課に置かれた自分の席に座り、一課の同僚たちが集めてきた7人の容疑者の資料を見ていた。左隣には小川が座っている。
小川は資料の中から上野美佐の資料を引き抜いた。
「上野美佐は、容疑者から外れたので、この資料は捜査済みとしてファイリングしておきますね」
「上野美佐?」
箕浦は別の容疑者の資料を見ていたために美佐を思い出すのに時間がかかったが、思い出してからはげんなりとした表情になる。
「真鍋氏とも付き合い、同じ東京医科大学に通う男とも付き合っていた女性か。男は最初、美佐との付き合いを否定したが、男の母親からの電話で、事件時間にデートをしていました。今後は正直に答えるので、捜査のためにうちの病院前をうろつくのはやめて下さい。って苦情になったやつか」
「ええ、そうです」
小川がファイリングをしている横で、箕浦はポツリと呟く。
「世の中、医師不足になる訳だ」
「何か言いました?」
「いや、なんでもない」
小川に聞こえなかったようで、別に大した事ではないと思った箕浦は、再度言うのをやめて、さっきから見ていた資料に視線を落とした。
箕浦が持っているは林泉の捜査資料。真鍋の右犬歯の隙間に挟まっていた体毛はDNA鑑定結果から泉のものであると判明したのだ。
ただちに捜査令状を出して泉を拘留する事もできるのだが、泉には真鍋を殺害した動機が無く、箕浦としては納得のいかない結果内容に頭を痛めていた。
箕浦は考えて悩み息が詰まりそうになって、深呼吸ついでに背伸びをする。その後、椅子にもたれて天井を見てから目をつぶり、拳で額の中心を軽くこついた。これは捜査が行き詰まった時に行う、勘を働かせるための箕浦なりの儀式である。
その儀式のあと、小川は箕浦に怒鳴られないように気をつけながら手を伸ばして、箕浦の机の上にあった捜査資料を手に取った。
「藤枝典子も、事件時間にデパ地下の防犯ビデオに映っていたので、容疑者から外しておきますね」
「ああ、頼む」
資料に集中している箕浦からは気の無い返事が返ってくるだけである。
現在の容疑者は、内山陽子、近藤房江、瀬田香織、野口里子、林泉、の5人。
5人ともよく似た風貌で、真鍋から別れ話を持ちかけられているという同じ共通点があるだけに、ベテラン刑事の箕浦でも、そこから犯人を割り出すのはかなり難しい。
その後、捜査が進展するような新しい情報は無く、時間が過ぎて夜になってから、四谷署に林泉が殺されたという連絡が入り、箕浦たちは徹夜同然で捜査を進めることになった。
7月5日。
箕浦たちは、文京区にある林泉の自宅前に来ていた。閑静な住宅街の中に泉が暮らす一戸建てがある。
泉は昨夜の23時ごろに自宅前で遺体となって倒れているのを通りかかった人によって発見されたのだ。
殺害の手口は、真鍋幸彦の殺害状況と似ていて、鳩尾を鋭利な刃物で一突きにされていた。
泉の遺体は遺体解剖のために搬送されたが、夜が明けて朝になった今も捜査のために自宅前に広がる泉のものと思われるおびただしい血の量はそのまま残されている。
現在、殺害現場は野次馬の目に触れないように青いシートに覆われていて、箕浦はその横で聞き込み捜査を行っていた同僚から、集まった情報を聞いていた。
同僚は箕浦に伝える。
「目撃者いました。22時50分ごろ、近所に住んでいる主婦が自宅の2階の窓から、玄関前で帽子を被った女性と話をしている林泉を見たそうです。その女性の服装は、色の濃い婦人用の長袖のビジネススーツに、帽子を被り、帽子の下から肩下まである波のような毛が見えていたそうです」
「肩下の波のような毛か……」
ベテラン刑事の箕浦は4人になった容疑者の顔を順番に思い出していく。箕浦の勘が、犯人は4人の中にいると伝えているのだ。
「小川。今から4人の容疑者のところへ行くぞ」
「はい」
小川は急ぎ足で車のエンジンをかけに行った。