第12話☆容疑者:上野美佐20歳
上野美佐は、四谷署の刑事の要請により取調室に入った。
午前、箕浦の取調べに、美佐は東京医科大学に通う20歳の大学生だと答えた。
その発言を気にして小川は質問をする。
「今日の講義に出席しなくて良かったのですか?」
美佐は、付け睫毛とアイラインで瞳が大きく見えるように化粧をしている。その付け睫毛で瞬きをしながら小川を見た。化粧で彩られた顔であるがブスではない。
「今日の講義? 友達がノートをとってくれるから大丈夫です」
美佐は耳に大きな飾りのついたピアスをして、首にネックレス、腕にはブレスレットと派手な時計をしている。それらのアクセサリーにはブランド名が刻印されており、美佐の派手な生活ぶりがうかがわれる。
箕浦は美佐の体から香る香水の強い香りに息を詰まらせながら質問をした。
「殺害された真鍋幸彦さんとは、どのような関係だったのですか?」
「私さぁー、幸彦が殺害されたって聞いてビックリしたのよ」
美佐はマイペースな性格のようで、箕浦の質問どおりに答えたりはしなかった。
「だって、昨日の朝別れるって携帯で話して、その日の午後には殺害でしょ。でも私、無実だから」
箕浦は、例え質問とは違う答えが返ってきても、美佐の言葉を遮らずに首を縦に振って相槌をうっている。
小川も箕浦と美佐の間に立ち、美佐の話を黙って聞いていたが、美佐が話し終えた時に、一呼吸を置いてから美佐に告げた。
「実はその無実についてですが、昨日電話で上野さんから伺った、事件時間に会っていたという男性に、確認をとったところ、その男性は美佐さんと一緒にいた事を否定しました。よって、現在の美佐さんには、無実を証明するアリバイが無い事になりますが」
「はあ?」
美佐の語尾を延ばして驚く姿を見て、箕浦は彼女の美人の面立ちが崩れたな、と思った。
美佐は、本当に男と会っていたのか、それとも口裏を合わせただけなのかは、その男性を取調室に呼ばないと分からないが、美佐の落ち着きをなくした姿を見る限り、男性が美佐を裏切ったのはまず間違いないだろうと、箕浦は思った。
美佐は椅子を後ろに引いてから足を組む。肩まである毛先を弄りながら、机のどこか一点を見つめて、誰も質問をしていないのに勝手に話し出した。
「なんで私といたのを否定するのよ。開業医の息子っていう堅苦しい生活はイヤだって言っていたのはあっちなのに。だから私、昨日幸彦が別れようって言ってきた時にイエスの返事をしたのにさぁー。なんであいつ、私を裏切ったのよ?」
箕浦は、不機嫌に言う美佐を注意深く観察しながら、冷静に返事をした。
「詳しい事が分かりませんので、明日にでもその彼と連絡を取り、事実確認をしてみます。とりあえずですが、上野さんのDNAを頂きたいので、これで頬の内側を擦って頂けませんか?」
箕浦は、胸ポケットから細長いDNA採取キッドをタバコのように取り出して、美佐に手渡した。
「ああ、DNA採取ね。私、医大生だし、法医学にも興味があるから、それ知ってる」
そう言いながら美佐は慣れた手つきで自分の頬の内側を綿棒で擦ると、きちんと蓋としてDNA採取キッドを返却した。若くてハンサムな小川のほうに。
DNA採取キッドを受け取ろうと手を出していた箕浦は、何事も無かったかのように手を自分の膝の上に置いたのだが、中年嫌いの素振りを平気で見せる露骨過ぎる美佐の態度に腹立ちを覚えたのは言うまでもない。